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サリュ 第95号2015年1・2月号

目次

巻頭言
レポート「阪神・淡路大震災から20年」
コラム 戒田竜治さん(満月動物園 主宰)
インタビュー 山岡勇祐さん・Katie Funnellさん・sonsengochabaccoさん・ヨシダダイスケさん
(合同展「対内・体内・胎内-タイナイ」参加作家)
アトセツ

冒頭文

善し悪しと見、好む好まぬと考え、有り無しと思い、その考えに使われ、その見方に縛られて、外のものを追って苦しんでいる。『首楞嚴経』より

report「揺」 阪神・淡路大震災とオウム
1995年からの20年を思う

希望と絶望が連続して

「10年一昔」と言うくらいですから、この1月で阪神・淡路大震災から「二昔」を迎えることになります。かねてより應典院及び應典院寺町倶楽部では「阪神・淡路大震災から○年」を意識して、各種の企画を実施して参りました。特に総合芸術文化祭と銘打っているコモンズフェスタの実施時期を2007年度以降は秋から冬へと移したことで、自ずと震災関連の取り組みが多くなりました。とりわけ2010年の「震災15年」には、大阪市ゆとりとみどり振興局による現代芸術創造事業「築港ARCプロジェクト」の終了も重なり、アートとNPOの二軸をもとに、多彩なプログラムが展開されました。
なぜ、應典院では震災に焦点を当てるのか、それは再建計画を進めていく途上で秋田光彦住職が現地で触れた若者たちの姿に大きな希望を抱いたためでした。実際、應典院の再建10年で出版された記念誌『呼吸するお寺』では上田紀行先生との対談で「何事に対しても「教導」する立場にあると過信していたのですが、突然の地震が襲ったことによる人々の悲しみには、そんな立場など全然役に立たなかったんです」と語られています。すなわち、阪神・淡路大震災は、教え導く僧侶から、対話を通じて「協働」への転回が必要であると気づく契機となったのです。しかし震災から約2ヶ月後の3月20日に発生した地下鉄サリン事件の後、よりよい生き方を求めたオウムの信者らが、日本に7万7千ある仏教寺院は「風景でしかなかった」と異口同音に語った姿に、秋田住職はささやかな絶望を抱いたと言います。

日本仏教の転換点に立つ

『呼吸するお寺』で秋田住職との対談を重ねた上田紀行先生は2004年に『がんばれ仏教!』をNHK出版から上梓されました。そこでも應典院を取り上げていただいておりますが、長野の神宮寺(高橋卓志住職)や京都の法然院( 梶田真章貫主)など、寺院を拠点に取り組まれている各種の活動と並んで、曹洞宗国際ボランティア会(現:シャンティ国際ボランティア会)の事務局長を長らく務めた有馬実成さんに着目されています。詳しくは同書に譲りますが、上田先生は一連の議論を通じて「点から面へ」の広がりこそが重要と示しました。ちなみに、有馬さんも、また高橋さんも、そして秋田住職も、阪神・淡路大震災での支援に取り組む前に、アジアの仏教国での活動に携わったという共通項も、各々の現場が点から面への広がりをもたらす上で鍵となったと言えるでしょう。
今回、震災20年を迎える中で実施するコモンズフェスタでは、各種の企画を通じて、この20年の歴史・社会・文化を捉え直すことに致しました。そのため統一テーマを「記憶の塗り絵」とし、副題の「家族と社会をめぐる20のドリル」にも思いを込めたとおり、事務局スタッフも含めて、「関係性」を問い直してきた應典院という場の意味を見つめなおして参ります。ちなみに1 月20日のトーク企画「1995―2015 ニッポン宗教の死と再生」では、facebookページを特設し、秋田住職を中心に「行く道」のため「来た道」を振り返っています。開催に先だって、同ページの投稿へのコメント機能でご意見をお寄せいただければ幸いです。

小レポート

子どもと大人の
クラフトアート

去る11月24日、キッズ・ミート・アート2014クラフトワークショップ「タテイトのふしぎ、ヨコイトのまほう」を駒川商店街JONANこどもひろばにて開催しました。当日は、遠方の西区や枚方市から、また地元の駒川商店街からも多くの方にご参加いただき、会場は所狭しと賑わいました。
前回同様に講師としてアーティストのBOMさんと星ヶ丘洋裁学園のミヨシキミコさんをお迎えした第二回目でしたが、今回は應典院から会場を外に移した出張型のキッズ・ミート・アート企画という初の試みでした。
毛糸を使ってアップリケを編んだり、針と糸で本格的なワンピースを縫ってみたり、というワークを通して、実は一枚の布はタテイトとヨコイトで出来ているということや、いつも着ている洋服やかばんは、実はこんなに簡単に作れるものなんだということが発見できた一日となりました。

小レポート

地域に開かれたお寺で紐解く教え

11月30日、上町台地マイルドHOPEゾーン協議会主催の「オープン台地in Osaka vol.5」参加企画として、「ブッダのめがね~かけて・話して・考える~」が開催されました。
同企画は、今年應典院に入った新人スタッフ2名が立ち上げ、コーディネーターにNPO法人寺子屋共育轍をお迎えしてスタート。ダンマパダ(法句経とも呼ばれる仏教の最も古い経典の一つ)を手掛かりに、展示と読書会を行いました。参加者から「今まで自分の中で抱えていたものが、少しだけ楽になりました」というお話もあり、日常の中のモヤモヤを見つめ直す企画となりました。

小レポート

自分に感謝する時間と空間

自分感謝祭が12月24日に開催されました。自分を振り返る機会として、一年の懺悔と感謝をカードにご記入いただき、懺悔カードは浄梵し、感謝カードは皆で分かち合いました。オルガンの演奏と照明効果で演出される、厳かな雰囲気の中、去りゆく年と自分自身を供養する場となりました。献灯、献花、献香がおこなわれた後、今年最後の法話が秋田光彦住職よりありました。
その後の交流では、お汁とお総菜や持ち寄りのお菓子などをつまみ、参加者全員で一言ずつ感想を述べて、人と人との繋がりの場に感謝する時間となりました。

コラム「朗」

だとしたらどうだ

「○○だとしたらどうだ」ということを、ずっと考えてきたのだと思います。「腹違いの兄がいる、だとしたらどうだ」。「神さまと話ができる、だとしたらどうだ」。「劇」あるいは「ドラマ」というものは「だとしたらどうだ」に満ち溢れています。市井の小劇団を率いる身ながら「だとしたらどうだ」の専門家の一人であると自負するところがあります。
そんな中、應典院の縁で出会った「当事者研究」の投げかける「だとしたらどうだ」は衝撃的でした。「精神病は治らなくてもいい、だとしたらどうだ」。答えは「機嫌よく生きよう」。大雑把ですが、私の理解はそうです。確かに、「機嫌よく生きる」以上の到達点があるのかと問い直せば、「機嫌よくないけど健康」、「機嫌よくないけど金持ち」、なんだか幸せそうじゃありません。「治らないけど、よくなるよ」という当事者研究の創始者、向谷地生良さんの言葉が木霊します。
「加害者家族になった、だとしたらどうだ」。この問いはずっと考えてきた「だとしたらどうだ」のひとつです。そこに「機嫌よく」は見つけられるのでしょうか。問いはぐるぐると回り続けて、フィクションなしの「加害者家族になった」現実に向き合うことから始めるしかないと思い至り、昨年9月の『仏教と当事者研究 in Outenin』の関連イベントとして、幻冬舎新書『加害者家族』の朗読劇を上演させていただきました。
さらにコモンズフェスタ2015で、単独の企画として拡大版の朗読劇に取り組ませていただきます。満月動物園は15周年を迎えましたが、その節目の年に、ずっと温めてきた新しい取り組みに挑戦できることにワクワクしています。
「加害者家族の置かれた苦境」について考えることは出口の見えないことでもあります。そこに思いを致すのに、演劇、舞台、そして俳優というアプローチはどうだ。

戒田竜治(満月動物園 主宰)

1976年、愛媛県生まれ。演出家・脚本家。大阪市立大学劇団カオス出身。劇団ダイナマイト遊撃鯛などを経て、劇団「満月動物園」を1999年に旗揚げ。正式な肩書は園長。2004年、應典院舞台芸術祭space×drama2004優秀劇団選出。應典院寺町倶楽部専門委員(演劇担当)。【メルヘンで優しくて、ハード】と謳う独特の世界観で「悲しみを―怒りに転化させることなく―悲しみのまま共有する」ことを訴える。また、上演する空間の特性を活かした作劇が特徴で、應典院では暗幕ではなく白幕を使用することが多い。満月動物園15周年記念として、シアトリカル應典院で死神シリーズ[観覧車編]5タイトル連続上演中。次回公演は、3月6日から8日まで上演される『ツキノウタ』。

interview「四」

山岡勇祐さん・Katie Funnellさん・sonsengochabaccoさん・ヨシダダイスケさん
(合同展「対内・体内・胎内-タイナイ」参加作家)

1月のコモンズフェスタ2015で展示を開催。
音、テキスタイル、絵画、写真。四者四様の
手法で表される「たいない」とは。

合同展「対内・体内・胎内〜タイナイ」が、1月10日から25日まで應典院1階WallGalleryにて開催される。四名の作家によるインスタレーションを通して、その空間に何が立ち現れるか。一同に意気込みを伺った。
―はじめに、それぞれの活動や作風についてお話いただけますか。
山岡(以下Y) 自然のノイズなどを基軸にした、「フィールド・レコーディング」と呼ばれる音を制作しています。その一方、大阪・本町で日本茶バー「結音茶舗」をやっていて、このお店でイベントや展示をしたり、色んな出会いが生まれています。
Katie(以下K) 18歳ぐらいの時、母に糸車を譲ってもらって糸紡ぎをはじめたら、気持ちが落ち着くことが分かって好きになっていった。どれだけ周りの環境が変わっても、糸紡ぎだけは変わりません。
sonsengochabacco(以下S) 小さい頃から絵が好きで、ずっと描いてきました。昔は一人で油絵を描いていましたが、人前でライブペインティングを
してみたら想像以上に気持ち良くて。何も意識せずに描ける感覚というか、絵に対する初期衝動を感じられる所が合っているのかもしれません。
ヨシダ(以下D) フリーのカメラマンです。写真とは僕にとって「記録」であって、「人の記憶に結びつく装置」という要素が大きい。記録と記憶を結びつけるための技法が、カメラマンの持つテクニックかなと。
―應典院での展示に至った経緯を教えてください。
K アートディレクターの小林瑠音さんとは10年前からの知り合いです。去年のコモンズフェスタの展示も見に来ていて、ここなら私たちを知らない人も見に来てくれるだろうと思って、このお寺でやりたいと思いました。
―どのようなコンセプトの展示になるのでしょう。
Y もともとのテーマは「自分自身に対峙する」という「対内」でした。今の世の中、「自分で考えて自分で吐き出す行為」ができない人が多い印象があって。「隣の人が何を思ったか、社会的な観点から何を思ったか」ではなく、「自分が何を思ったか」を再認識してほしいという想いが根底にはあります。でも四人で話し合う中で「対内」というテーマが広がりを持ち、「体内」や「胎内」、そして「タイナイ」と、四つのバラバラなテーマをあえて一緒に展示することにしました。Katieの立ち位置が「対内」に一番近い。僕は「胎内」のノイズに関心があって、お腹の中から生まれた全ての人間が共通感覚として持っているはずのものなので、それを聞けば歪んだバイアスがリセットされるんじゃないかと試みています。
S 僕は「汚い」と「美しい」の境界を攪乱する芸術というものに賭けていて、あらゆる価値づけを超えた「タイナイ」を表したいと思っています。秋田住職が映画『爆裂都市』の脚本家だと知り、ものすごくテンションが上がりました(笑)。
D 僕は、「体内」の細胞ひとつひとつに刻まれた記憶、そこを掘り下げていきたいと考えています。
Y 「この作品はこう見てください」という正解は投げかけません。「なんとなく居心地が悪い」みたいな感覚的なものからでいいので、自分に対峙する色々な人の思考があふれる展示になれば一番ですね。
D 良くても悪くても「自分が何を思ったか」、その人のことばで感想を教えてもらえたら嬉しいです。

〈アトセツ〉

「来年の1月17日はどこで何をしていますか?」この間、多くの方々にそう問いかけてきた。そう、阪神・淡路大震災から20年を迎えるにあたって、あの人はどうするのだろう、と気になったためだ。予想どおり「その日は神戸」という方も多かった。
そうした中「あのときと全く同じことをしようと思ってる」という声に出会った。その主は、現在、復興庁の上席政策調査官を務める田村太郎さんである。8月末、いわて花巻空港で偶然お目にかかった際「夜通し 語ろうと思っている」と答えられたのだ。神戸市の長田を拠点に多彩な支援活動に携わられた田村さんは、震災1年にあわせ開局された「FMわぃわぃ」の番組で震災20年を「朝まで生」で語ろうと決意されていた。
震災のその日も、震災から1年のその時も、應典院はまだ再建の途上にあった。よって、震災当時も、震災1年に生み出された場を再現することができない。そもそも、こうして「震災から○年」に應典院寺町倶楽部が強い関心を
向けるようになったのは、2007年度以降である。例年秋に開催のコモンズフェスタを冬へと移したためだ。
東日本大震災の発災前、「毎年1月になると震災の報道が津波のようになされる」という語りを耳にした。この3月で東北は4年を迎える。年を単位に捉え ることで、思い出すこともあれば、想像力が乏しくなることもあろう。
神戸から20年、應典院では映画『その街のこども』を観て、あの街へと歩いていく。
(編)

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人物(五十音順)

戒田竜治
(演出家・脚本家 / 満月動物園主宰)