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2017/11/13-14 杉本奈月:無名劇団「私戯曲 りんごのうた」レビュー

應典院寺町倶楽部との協働により、モニターレビュアー制度を試験的に導入しています。11月13日・14日に應典院寺町倶楽部共催事業として、無名劇団第27回公演「私戯曲 りんごのうた」を実施しました。2階気づきの広場を会場に、前半に少女と祖母との葛藤を描いた演劇作品の上演を、後半には当事者研究に取り組む一ノ瀬かおるさん(NPOそーね)をゲストに招いた「母と娘の関係性」についてのシンポジウムを行うという、意欲的な試みとなりました。今回は、劇作家・演出家の杉本奈月さんにレビューを執筆していただきました。


「あの人もう帰ってこないの? 前の脚本家。」¹

下手――かつて、夏休みに通っていたシアトリカル應典院の「気づきの広場」へ響く罵声。誰よりも一番、後ろの席から望んでいたのは幽玄に至らせてはくれない墓石の葬列。虚構と現実を行き来する芝居の空間は、私を夢幻に眠らせてもくれない。座長であり女優でもある「彼女」の背負ってきた十字架は看板、そこへ刻まれていたはずの「彼」の名(めい)は未だ、うら若き彼女らの柔肌へ朱を入れる。私が無名劇団を知ったのは十年も前。まだ、島原夏海を知らず、歴として「先生」の中條岳青がいた時代である。

一週間前の千秋楽のように――2007年、彼の『かまいたちごっこ』が上演された秋晴れの日も客席は埋まっていた。クリスマスの夜、寂びれた遊園地の一角へ眠るメリーゴーランド。動かない獣に宿る光はない。よみうり文化センターのホールへ、親を殺したがっている16歳前後の少年少女が一堂に会する。そこには、役を演じずとも、きっと、ただの野次馬ではいられなかった高校生もいただろう。そして、彼女と、軈ては「みずしまみほこ」という架空の脚本家として再始動する「彼女ら」がそこへいたかどうか、私にはわからない。

さて、本題はウイングカップ7で提出した脚本『ハッスル☆ライフ~生温かい部屋で~』を書き直したものである。12月に上演された前作を私は観ていないが、まだ、一年を跨いでいないうちの戯曲へのアップデートとなる。機械的にアルファベットの大文字をふられた地区、府、近畿……と、全国区へ駆けあがっていく青春の舞台が失われてもなお、space×drama 2015、ウイングカップ6と、続く賞レースへ息つく間もなく「文学翻案シリーズ」と「20代の若い女性のリアルを描く」二世代の走者がバトンをつないできた。

『私戯曲 りんごのうた』は辛うじて後者でもあるといえるが、後者であるとはいいがたい。でも、前述の二本の柱のように、独立もしてはいない。かつ「私 / 作者」が死んでいないのはもとより、むしろ「島原夏海 / みほこ」が現前してしまっている。「戯曲」であるから、ノンフィクションでないのはいうまでもなく、故人を送る葬儀のまねびでもない。第三者すら存在せず、今更の観客が唯一の客観となる「イエ」の中の出来事。一方通行に読まれないはずだった隣人の手紙に言葉を失っても、弔いの期間は、すでに終わっているのだ。四年前――

祖母が亡くなったとき、彼女は23歳だったという。物語は現時点から過去を遡るのではなく、未だ忌まわしき27年間をやりなおすように、物心のついた幼少時から時系列を追う。「ここ」で働く施設の女性職員がながむのは、階下より本堂ホールまでの道のりにある大蓮寺の森。墓地はライトアップされ、風情とは逆をいく街並みのように浮かばれている。死者は自然に還るとは誰の戯言なのか……などと黙殺しながらも、背後にすわる浄土とのはざまで、私たちはおなじ夜景を前にしている。石はアクセサリーとなるために削られるのが常であるし、墓だって人工の産物なのだ。

「死んだ彼女が私を見続けている。/ あなたの話の続きを聞かせて。」と、駆け込み寺のように訪ねてきた主人公・みほことの会話。半ば不自然にメタな構造をそなえながらも、彼女の哀訴に悲劇の幕は切って落とされる。それでも、脚立で届いてしまう低い天井に、たった一人の孫娘へ剥いてくれていた林檎の皮が揺れている。口酸っぱさばかりで甘やかされた覚えは一度もない。つぎはぎに縫いあわせたカーミンの染色体、糸よりかたく結んでいた親鎖 / 娘鎖の関係性などを匂わせるが、美術が意味となってしまっては、彼女の肉声で語られる骨の髄まで、私たちは貪れない。

五回の挫折は彼女を五人へと分裂させ、リレーのように年代毎のエピソードを回す。毎日の先どり学習、一番になれなかった数学の成績、運動会でこけてしまった競技、準優勝だった高校演劇の大会、第三位の大学、四散する脚本の――小春日和の折、紙は飛行機となり幾重にも悪口を閉ざしてきた往路を舞う。一体「今」はいつなのか分別すらつかなくなってしまった老婦人の夏もとうに過ぎて、ずっと音沙汰のなかった、孫に「大女優」といわしめていた肉親の返事に、はじめて彼女は家路をいく。それでも、折られた木の本数を数えるばかりで、林も森も忘れているようだ。再び、難波の海へ沈めていた墓地が甦る。

いつの間にか溺れてしまっていた共依存に「表現」という浮標を求めなければ、もう、二度と陸へは辿り着けないのだとしたら、言葉にならない叫び声が、悲鳴が、もっと、あったはずなのに、全体の呼吸は滑らかで淀みなく遠い――むこう岸へ流されてしまう。それは、彼女の父親ゆずりのフォームが美しいからではない。小劇場という無法地帯の「ムラ」で育まれた擬制の兄弟より近しくあったはずなのに、あと一歩前へと踏み出せなかった足の重さもハンデも「ままあるお話」として帰着してしまっていた。

高姿勢のフィクションでないのだとしても、ドキュメントが弱腰になっていやしないだろうか。「日没までには、まだ間がある。」² などと、国語の教科書よろしく他者の詩(うた)を諳んじるためのスペースは、疑いの余地なく、あったのだろうか。軽々しいとはいわない。でも、どうしても「私戯曲」というのなら、借り物の文学性は、いつかは町の図書館へ返さなければならない。話題性にパッケージされた8.5ptの活字よりも、私はパーソナルな肉筆の小文字が読みたい。書架のレパートリーに、作家が絆されていては本末転倒である。

かつて、あたりを払ってきた一人の風雲児の威風は昔話となって、今は二名の「座付き」がいる――血縁ではない赤の他人であるからこそ、ともに讃えあいながら手にした「かち」は、どこまでも尊い。しかし、満ち足りない生をわかちあえる淋しさよりも、わかちあえない悲しみへ嫉妬していたい。遺産をわけあえても血をわけあえはしない家族のような、たとえ、その形容が「負」であったとしても。三世代に欠ける川の字となって寝ころんでいた通夜の日。月よりも白く、丸めた紙のように老いていく女の美貌を描いた筆圧の強さが、私は名残り惜しい。

晴れ舞台に立ち続ける愛娘への眼差しは、生涯を閉ざすまで、水面下で熱よりあたたかな情がこもっていたはずだった。劇場の扉は始めから開かれていた。それでも、冷たくなっていく温度をはかれないまま、観客の私よりも先に後ろへ立っていた母親の影が過ぎる。どこか、娘、母……と、おもかげのある黒いシルエットは、彼女の裏方となりついてまわる。ブリッジで夏の風物詩が鳴いている。あまがさは、もう、いらない。五本の線上を走る賛歌に若葉が戦ぐ。再び、スタートラインへ立つ彼女らの――太陽より明るい黄色い声、消魂しい金きり声。

¹ みずしまみほこ『私戯曲 りんごのうた』(2017)
² 太宰治『走れメロス』

〇レビュアープロフィール
杉本奈月(すぎもとなつき)
劇作家、演出家、宣伝美術。N₂(エヌツー)代表。1991年、山口県生まれ。京都薬科大学薬学部薬学科細胞生物学分野藤室研究室中退。第15回AAF戯曲賞最終候補、「大賞の次点である」(地点 三浦基)と評される。ウイングカップ6最優秀賞。2015年、上演のたびに更新される創作と上演『居坐りのひ』への従事を終え、2016年、書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み「Tab.(タブ)」、処女戯曲の翻訳と複製「Fig.(フィグ)」を始動。2017年、買って読む「紙の節約、電子の振る舞い」としてテキストアーカイブの販売を開始。口にされなかった言葉が日に見初められるべく、月並みな表現で現代に遷ろう人々の悲しみを照射する。詩として縦横に並べ立てられる台詞の数々は、オルタナティブな文学であり数式のようであると評される。外部活動は、缶の階、dracomにて演出助手、百花繚乱文芸マガジン「ガーデン・パーティ」(LittleSophy 落雅季子 責任編集)にて京都日記『遠心、日々の背理』エッセイ連載など。

〇レビュアー公演情報
■ 劇作・演出
|| 横浜 || 2018年2月15日(木)~16日(金) The CAVE
N₂ / TPAMフリンジ参加作品
書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み
Tab.3『雲路と氷床』- Lightning talk is working in silence.

|| 京都 || 2018年2月22日(木)~25日(日) 京都芸術センター 講堂
N₂ / KAC TRIAL PROJECT Co-program カテゴリーD
書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み / 処女戯曲の翻訳と複製
Tab.3『雲路と氷床』- Lightning talk is working in silence. / Fig.1

http://gekidann2.blogspot.jp/

■ エッセイ連載
2017年4月~12月 毎月25日発行
百花繚乱文芸マガジン「ガーデン・パーティ」
責任編集 = 落雅季子(LittleSophy)

京都日記『遠心、日々の背理』(全六回)

購読料金|月額324円
購読申込|http://www.mag2.com/m/0001678567.htm

人物(五十音順)

杉本奈月
(劇作家・演出家・宣伝美術)