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2018/1/7 杉本奈月:「應典院を俯瞰する~レビュアーから見た應典院寺町倶楽部~」レビュー

應典院寺町倶楽部との協働により、モニターレビュアー制度を導入しています。1月7日(日)に應典院本堂にておこなわれた、「應典院を俯瞰する~レビュアーから見た應典院寺町倶楽部~」。2017年7月より導入された應典院寺町倶楽部モニターレビュアーの皆さまにお集まりいただきました。今回は劇作家・演出家の杉本奈月さんにレビューを執筆していただきました。


0.
「大阪で批評は機能しているのか?」

と、私が問うたのは、2017年4月19日。ウイングフィールド25周年特別シンポジウム『現代演劇は衰弱に向かっているのか?』においてである。帰阪しても実家へ帰らない水曜日の夜、火種が残る五階の喫煙所、ミナミの繁華街へ消えていくホープと都会の蛍光――今日も私は劇場にいる。(2018年1月8日現在、公式サイトに記録はないが、ネットの海を漁れば情報の断片が散らばっている。タイトルは故・中島陸郎氏の命名である。1992年3月23日のウイングフィールドオープン記念トークバトルのページには右記のURLからアクセスできる。http://www.wing-f.co.jp/getsuyo.htm

一方、京都ではアトリエ劇研が閉館する夏を控えていた。同年6月2日に初日が明けた、N₂ 書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み Tab.2『火入れの群』- He returns to his sheep. では終演後、恒例となりつつあるアフタートークの場において、浄土宗應典院主幹・秋田光軌氏と應典院寺町倶楽部執行部役員・泉寛介氏(baghdad cafe’)と話をした。――約1ヶ月後の7月より始動した「應典院寺町倶楽部モニターレビュアー」制度。八名から構成されるいちモニターレビュアーとして、よその劇場の道草を食いながら原稿を書くのを、どうか許してほしい。現・シアトリカル應典院は、私のホームグラウンドではないが「近隣の劇場」であるのだ。

1.
2018年1月7日、本堂ホールへ設えられた9脚の椅子。上手から、二朗松田、横林大々、髙道屋沙姫、室屋和美、金子リチャードの五氏。御本尊を中心に、杉本奈月、汐月陽子、坂本涼平の三氏が続く。下手の末端で見守る司会進行、天井から落とされる應典院寺町倶楽部執行部役員・戒田竜治氏(満月動物園)の照明、注がれる観客の視線とともに、今ここで話される言葉を記録するためのビデオカメラと三脚の足。携帯電話、スマートフォンなどの電子機器は音が鳴らないように――とアナウンスされ、二つ折りにされたA3サイズのパンフレットをひらくと、書き手のプロフィールが一望できる。

3 : 5の男女比、20代前半から40代の氷河期、バブル世代まで遡る年齢層、配偶者の有無、妻と母、既往歴、活動のフィールド、出身、学術性……と、見事なまでにパーソナリティを異にしていながら「レビュアーである私」だけが共通している一つのコミュニティ。そして「私たち」の声により実現した今宵は、いわゆる「オフィシャルなオフ会」であり来場された「名を有する数名の聴衆」へ敬意を表しながらも、劇作家の私にとって小さな希望である「広義の批評」は未だ、とざされた劇場へ依拠していると口走ってしまいがちであるのだが概ね、そうであるのだろう。そう、こたえは既に出されており、青白いモニター上で筆舌をつくしたところで、私たちの書いたものは読み物とはなりえないのだ。

2.
だからといって、私たちは同人活動をしている訳ではない。私も私で六年間、都心の丘に建つミッションスクールで育まれた愛と奉仕の精神でボランティアをしているのではない。因みに、2018年4月一日より呼称が統一される浄土宗應典院は「大阪市天王寺区にある浄土宗のお寺。鉄とガラスとコンクリートで出来た『劇場寺院』」(https://twitter.com/outeninより引用)である。私は今、仏教については何一つわからないが、少なくとも今日までにアップされている個別の記事には、先代から引き継いできた血とは別のところで個々の文脈が通っている。現代を生きる私たちの宗教にかかわらない信仰のありか。たとえ、関西と関東をわかつ震災を含めた次世代との壁による分断、断絶があったとしても、たった一つしかない場所へ書き起こされては土地へ眠っていく記録には不動の価値がある。

一度しかない、わたしたちの上演が今ここで行われたこと。
それでも、あなたとわたしは別の観点に立っていること。
もう、あなたたちとは二度と、あそこで会えないこと。

まだ、日の目を見た彼らの著述が多いとはいえないが、大阪の、どこよりも先に口火をきった本制度は関西小劇場演劇界の「草分け」であり、近い未来、星の数に満たずとも終演した鉄骨造の建物を後にする客動線、半永久に後をたたない夜の客足を導く電灯――その照明となるのだろう。

3.
いつの時代も自己を他者と違えながら、おなじものを書き、おなじことを言い続ける作家たちの公約数は、どこまでもプライベートなものであるが、時には、重荷を背負いかけてきた足で一堂へ会せば、思わぬところで独り善がりかも知れなかった二重の私性 / 詩性が交差することもある。肉筆の線の太さや、活字による伝達の遅さが愛されない時代にあっても、あなたたちの表現において一本筋が通されたDNAを読み込み書き出す作業は、わたしたちが表現せずにはいられなかった物事を、生身の体を通し一般化された言語へ翻訳し複製する工程と何ら優劣がない。ただ、コードは存在しないから、ほこりの舞う昼下がり、わたしたちは独自のプロトコルでオリジナルを修飾する。同様のテーマであったとしても、別の研究室に所属していたのだから実験系が異なるのは自明の理である。

ライトに書くものがいるから、重厚に描くことができる。王道に語るものがいるから、冷徹なロジックを述べることができる。娘のように叱咤激励するものがいるから、姉妹のように喧嘩することができる――さて、今日のアートが機能するところ、そして、その世界に住むもののいう社会とは一体、どこのことをいっているのだろうか。一つだけいえるのは、私は、いつだって「わかりあえないものとわかりあえないこと」から始めるのが常であり昼夜、村や家などとされている場所を行き帰りしているということだ。わかりあえない「そこ」は終わりではない。外にも生きているものたちがいる。そこで、再び始めるためなら、あなたたちのわからない言葉も私はつかってみせる。だって、後述の通り、私には芸術がわからないのだから。

〇レビュアープロフィール
杉本奈月(すぎもとなつき)
劇作家、演出家、宣伝美術。N₂(エヌツー)代表。1991年、山口県生まれ。大阪女学院高等学校普通科文系コース卒業。京都薬科大学薬学部薬学科細胞生物学分野藤室研究室中退。第15回AAF戯曲賞最終候補、「大賞の次点である」(地点 三浦基)と評される。ウイングカップ6最優秀賞。2015年、上演のたびに更新される創作と上演『居坐りのひ』への従事を終え、2016年、書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み「Tab.」、処女戯曲の翻訳と複製「Fig.」を始動。口にされなかった言葉が日に見初められるべく、月並みな表現で現代に遷ろう人々の悲しみを照射する。詩として縦横に並べ立てられる台詞の数々は、オルタナティブな文学であり数式のようであると評される。外部活動は、缶の階、dracomにて演出助手、百花繚乱文芸マガジン「ガーデン・パーティ」(LittleSophy 落雅季子 責任編集)にて京都日記『遠心、日々の背理』エッセイ連載など。

〇レビュアー公演情報
■ 劇作・演出
N₂ 二都市公演 / TPAMフリンジ参加作品
KAC TRIAL PROJECT Co-program カテゴリーD
京都府文化力チャレンジ補助事業

Tab.3 – 書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み
『雲路と氷床』(新作初演)- Lightning talk is working in silence.
― Fig.1 – 処女戯曲の翻訳と複製『赤裸々』とともに ―

|| 横浜 || The CAVE
2018年2月15日(木)~16日(日)

|| 京都 || 京都芸術センター 講堂
2018年2月22日(木)~25日(日)

[ TPAM ] https://www.tpam.or.jp/program/2018/?program=lightning-talk-is-working-in-silence
[ N₂ ] http://gekidann2.blogspot.jp/

■ エッセイ連載
2017年4月~2018年1月 毎月25日発行
百花繚乱文芸マガジン「ガーデン・パーティ」
責任編集 = 落雅季子(LittleSophy)

京都日記『遠心、日々の背理』(全六回)

購読料金|月額324円
購読申込|http://www.mag2.com/m/0001678567.html

人物(五十音順)

杉本奈月
(劇作家・演出家・宣伝美術)