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2018/3/2 汐月陽子:浄土宗大蓮寺塔頭 應典院再建20周年記念シンポジウム レビュー

去る3月2日(金)、浄土宗應典院再建20周年記念シンポジウムを本堂にて開催し、約100名の参加者で満堂となりました。日本を代表する宗教学者である島薗進さん(上智大学グリーフケア研究所所長)、スピリチュアルケアに従事してきた浄土宗僧侶の大河内大博さん(願生寺住職)、また当シンポジウムのコーディネーターも兼任された大谷栄一さん(佛教大学教授)を登壇者にお迎えして、この20年間「葬式をしない寺」として應典院が宗教界に果たしてきた役割を振り返りました。今回は應典院寺町倶楽部会員の汐月陽子さんにレビューを執筆していただきました。


「風が吹けば桶屋が儲かる」という言葉がある。「何かしらの出来事が起こったことをきっかけに、思いがけないところに影響が及ぶこと」を意味することわざとして知られるが、「なぜ風が吹くと桶屋が儲かるのか」を、これを読んでくださっているあなたは説明できるだろうか。ちなみにわたしはできない。できなかったので、このレビューを書くにあたって調べることにした。

風が吹くことで、土ぼこりが舞う。
土ぼこりが舞うと、それが目に入って失明する人が増える。
失明した人は三味線で生計を立てようとして、三味線が売れるようになる。
三味線の胴を張るために、猫の皮の需要が増える。
猫が減ることでネズミが増える。
増えたネズミが桶をかじることで、桶を買い直す人が増え、桶屋が儲かる。

ということらしい。

そんな都合のよい展開あるかいな、というツッコミを措いたとしても、「お話」として面白い。まるで落語の噺のような展開であると思う。さて、わたしは「コミュニケーションをする」ということは「なぜ風が吹くと桶屋が儲かるのか」を把握するプロセスにも近いものだと感じている。コミュニケーションは対人のもので、ヒトが何かをするには必ず動機や理由がある。示された「結果」だけを見て「桶屋が儲かった、よかったね」と言うことももちろんできるが、「なぜそうなるのか」を知ると、桶屋の例においては世の中の仕組みらしきものが少し見えるように、コミュニケーションにおいては相手の考え方の「仕組み」が見えてくる。深い相互理解ばかりがコミュニケーションとも限らないが、相手のことに関心があったり、好きであったりするならば、「仕組み」が見えたほうがコミュニケーションは円滑で、より豊かなものになる場合が多い。

「葬式をしない寺」應典院が、葬式をする寺に変わる。
20周年シンポジウムの最後に発表された方針は、これまでの應典院をよく知る人にほど、もしかしたら驚かれることかもしれないと思う。実際、わたしも驚いた。けれど、シンポジウムがおこなわれた3時間弱のあいだに、これまでの應典院の取り組みや宗教をめぐる社会的な背景の変化、ディスカッションの中で示された秋田住職の考えを聞くうちに、「なぜ桶屋が儲かるのか」の部分が少し見えたように感じていて、驚きもありながら、同時に深い納得感があったのだった。

シンポジウムの登壇者は錚々たる顔触れだった。東京大学の名誉教授である宗教学者の島薗進先生、願生寺住職でターミナルケアや看取りを含む福祉活動を僧侶の立場でおこなってきた大河内大博先生、佛教大学の教授として宗教社会学を教える大谷栄一先生。中盤からは秋田光彦住職も壇上に加わって、議論が交わされる。過去数十年の歴史のなかで、宗教や宗教施設はどのように必要とされてきたのか。「葬式をしない寺」「劇場型寺院」「日本一若者が集まるお寺」として、應典院はどのような役割を社会に求められ、また果たしてきたのか。秋田住職は、大谷先生から発された「都市寺院」というキーワードを受けて、都市はflowである、と述べた。浄土宗百年史の編纂に大阪教区の担当として関わった際、歴史もお寺も檀家さんも、みな強力なstockであるとあらためて感じたということだった。静かな場所にある名刹や古刹と應典院とは、もとよりその個性が異なる。あらゆるものの流動性が高い、flowな場所に建つお寺として、本物のstockを作るためにはどうしたら良いのかをずっと考えてきたという。

島薗先生からは、かつて寺院が担った孤児院や感化院、保護司的な役割が、戦後は縮小していったのではないかというご発言があった。国によって社会福祉が整備され分業化され、その隙間に消えていった役割もあったかもしれない。大河内先生からは、病院に出向いて患者の苦しみに寄り添う活動の現場にあって、潜在的なニーズを引き出すことの重要性が提示された。お坊さんがやってきてスピリチュアルケアをするという前例がないため、多くの病院で「患者さんが望んでいないのだから、必要ありません」と、門前払いをされてしまうのだという。しかし、実際に活動を提供してみると思いのほか反響がある。最初は心を開いてくれなかったものの、やがて「かつて親族の葬儀のときにこんなことを言われて嫌だった」という話を聞かせてくれる患者さんも何人もいるそうだ。

独居老人の突然死、いわゆる「孤独死」は年々増加傾向にあり、大阪も例外ではない。秋田住職は、檀家のかたの孤独死を受け、自分にできることはなかったのかと考えたと語る。供養する親類のいないご遺体をわたしたちは無縁仏と呼ぶが、「無縁」という言葉は、仏教用語としては「救済について特別の関係が存在しないこと」「万物を区別しない仏の智慧が、対象を縁とすることなく平等に慈悲を及ぼすこと」という意味を持つ(大辞林 第三版より)。浄土宗の寺院である應典院は、浄土を生んだとされるこの「無縁」の慈悲について考え続け、いかに現在の社会のなかで無縁の慈悲を実現することができるかを追求し続けてきたようにも見える。「特別の関係」がない孤独な人達、劇場を訪れるような人や、若い人、あらゆる人に「開かれたお寺」として門を開いてきた應典院。今後は、生の世界だけではなく死後の世界にもその門が開かれるということなのかもしれない。

わたしたちは、「葬式をしない寺」應典院が葬式をする寺に変わる、という「結果」だけを知って、ああそういうものか、と納得することもできるだろう。けれど、このレビューに目を通してくださるほどに應典院に関心を寄せてくださったかたとならば、そこに至るプロセスを多少なり共有できると、レビュアーとしては冥利に尽きるのである。

 

〇レビュアープロフィール

汐月陽子(しおつきようこ)

1984年東京都生まれ。立教大学法学部卒。学生時代から大阪の貧困地域のフィールドワークなどに関わり、現在は北区在住。出版系デザイン会社の企画営業、地域系アートプロジェクトのディレクター見習い、LUSH JAPAN Co.,Ltd. チャリティ・キャンペーン担当などを経て、【当事者性を持った個人の表現の現場を支えること、その表現を広く社会に接続すること】に関心を持ち活動を展開しています。應典院寺町倶楽部会員。コモンズフェスタ2018「(circle)」ディレクター、「Little Voice, Little Pressー潜り、顕すー」企画・編集。

人物(五十音順)

汐月陽子
(應典院寺町倶楽部会員)