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2018/5/30 インタビュー連載「現代の仏教者に聞く」第2回:若林唯人(前編)

インタビュー連載「現代の仏教者に聞く」を展開しています。本連載は、さまざまにご活躍されている仏教者の方々に、社会や仏教の未来に対するビジョンを伺うもの。松本紹圭さんにつづく第2回は、若林唯人さん(わかばやし・ただと、浄土真宗本願寺派僧侶、「フリースタイルな僧侶たち」前代表)にご登場いただきます。いつも柔らかな癒しのオーラをまとっている若林さんですが、前編では昨年度まで二代目代表を務められた「フリースタイルな僧侶たち(以下フリスタ)」、その活動を振り返りつつ、込められた熱い思いを伺いました(聞き手:秋田光軌)。


フリスタとの出会い、その衝撃

――若林さんとは、2009年頃から「てらのこ会」(お寺の子が跡継ぎとしての悩みを分かち合う会)で知り合って以来の仲になります(笑)。今回、改めてお話を伺えるのを楽しみにしてきました。まずは、この3月をもって代表を退任されたフリスタについて伺えたらと思います。そもそも、いつ頃からどのようにして関わるようになったのですか?

若林 今から6年ほど前になりますけど、フリスタ主催のイベントに参加したのがきっかけでした。フリスタを立ち上げられた浄土宗の僧侶・池口龍法さんと、チベット仏教の研究者・辻村優英さんが月1でされていた、「経典をナナメから読む会 ~仏教は失恋に効くのか!?~」というイベントです(笑)。

フリスタをご存知でない方もおられると思うので、簡単に説明しておくと、宗派を超えたお坊さんたちが「仏教がもっと身近なものになれば」との思いから、既成概念にとらわれずにフリースタイルに頑張ってる活動です(笑)。「お寺にお参りされるのはお年寄りばかりだと嘆くお坊さんの声は聞くけど、お寺でじっと座って待っていても若い人は来ない。じゃあ、若い人がいる街中へ出て行けばいい。街中へ出て行って、本当に仏教が若い人に必要とされていないのか、この肌で確かめたい」と思って、池口さんが9年ほど前に始められました。「手ぶらで行くのもなんだから」とフリーマガジンを作って、街中で配られたのが始まりです。「仏教を身近に、日常に。そして、あなたの生きる力に」という願いをベースに、フリーマガジンの発行とイベントの実施の2つを軸に活動していて、敷居は低く、中身は深く、軽やかに仏教と出会えるように、安らぎや気づきが得られるようにと思って頑張っています。

話を戻すと、「経典をナナメから読む会」に行って、いくつかすごい衝撃を受けたんですよ。まず会場が、当時のフリスタ事務所だったんですけど、お寺じゃなくてマンションの一室なんですよね(笑)。ちょっと警戒しながら入ってみたら、同世代の一般の若い人たちが10人ぐらい来ていて、なんとお経の勉強をしている。「え、なにこれ」と。お寺とはまったく違う仏教の光景ですよね。自分と同世代の人と一緒に仏教を学ぶことが、まず衝撃だったんです。

もう一つの衝撃は、イベントに何回か参加する中で僕も仏教の話をするんですけど、空回りするというか届かないんですよ。特に、浄土真宗の話、「阿弥陀さん、ありがたいって思うんです」といった話をストレートにし始めると、まぁ、引かれたんですよねぇ(笑)。研究者の辻村さんからは「若林さんが阿弥陀仏のことを好きなのは分かりましたけど、阿弥陀仏がいるとか、言わないほうがいいと思いますよ。ましてや、阿弥陀仏がまだご修行中の時は法蔵菩薩というお名前で…とか、絶対言わないほうがいい。引いちゃいます」とたしなめられて。今から思うと、『ジョジョの奇妙な冒険』を読んだことがない人に、いきなり「岸辺露伴、最高ですよねぇ」とか話し始めるようなものだったので、「そら、そうか」と思うんですけど、その時はそれがショックで、その日の夜にお腹が痛くなって…(笑)。それからは、仏教について言葉を紡ぐにも、「一般の方の視点に立たないといけない」ということを、強く意識するようになりました。

そうこうしてイベントに足を運んでいるうちに、池口さんから「フリースタイルな僧侶たちのフリーマガジン」の輪番編集長を依頼されました。一般の方の視点に立たないといけないと思っていたこともあって、広告代理店に勤めている同級生の女友達に、どんな企画にしたらいいかを相談したんですよ。そうしたら、「そもそも、お坊さんの普段の生活が見えなさすぎる。1日のスケジュールってどんな感じなの? ご飯ってやっぱり精進料理なの? でも大学の時、ふつうに肉を食べてたじゃん。あとは恋愛とか結婚って、していいの? 分からないことが多すぎるんだよね。いっそのこと、お坊さんへの質問に片っ端から答えてみます、とかしてみたら?」と言われて(笑)。それで、「お坊さんへの質問100に答える」という特集を組みました(「フリースタイルな僧侶たちのフリーマガジン」19号)。

「翻訳」と「慈悲」に目覚めて

――現在も若林さんの活動の代名詞でもある「アラサー僧侶とゆるーく話す会」が、この直後にはじまりますね。この会で大事にされていることも、そうした問題意識の延長にあるのでしょうか。

若林 そうですね。このイベントも一般の方の視点に立つというか、一人の方の声に応えて始めたイベントでした。この頃、宗教学の研究をしていた、僕と同い年の小田雄一さんという方から、こんな話を伺ったんです。大学時代に小田さんの友人がカルト宗教に入信して、200万円のお布施をしていたと知ったそうで。小田さんはやめさせようと説得したけど、友人は聞き入れてくれなかった。

「俺が本当にしんどかった時、お前は話を聞いてくれたか。あの人たちは、しんどかった時の俺にとことん付き合ってくれた。そのおかげで、今の俺の命があると思ってる。例えば車を買う時、お前も200万の価値があると思って買うやろ。俺はこの命を救ってもらったことに200万の価値があると思って、お布施をしている。お前につべこべ言われる筋合いはない」と言われて、小田さんは返す言葉を失ったそうです。だけど、200万円はやっぱり高すぎるとも思った。

小田さんは、この出来事を契機として、日本の伝統仏教とカルト宗教は、銀行と消費者金融のようだと思うようになったと話してくれました。これは、銀行の方が悪いという意味の喩えです。明日生きるためのお金がない人が銀行に行っても、銀行はお金を貸してくれない。その点、消費者金融に行けば明日生きるためのお金は貸してくれる。その意味で消費者金融は「善」ですよね。ただ問題なのは、利息が高いということです。この喩えに続けて、小田さんからこんなことも言われました。

「日本のお坊さんは銀行のようになってないですか。世の中には悩んでる人が腐るほどいる。悩みにはグラデーションがあって、重い人は病院に行ってもらうしかないけど、対応できる悩みも多いと思うんですよ。お坊さんには、もっと広く悩みとか苦しみに応えるようになってほしい。それが、宗教者の本質的な仕事じゃないですか? 若林さん、そういうことをしてくださいよ」

「しんどい人は、まずは話を聞いてほしい。ぶっ続けで話を聞いて、一緒に苦しんでほしいんですよ。仏教で、その苦しみに応えてほしい。仏教は『苦』を中心に扱ってきた宗教だから、そのリソースはあるでしょ。最近ライトなイベントをしているお坊さんが増えてますけど、そこにどれだけ人が来たところで、宗教に対する最もコアな要求に応えられないんだったら、そこについてはカルトに任せるしかないですよね」

それも非常に鮮烈な衝撃でした。自分にどこまで出来るかは分からなかったけど、出来る範囲で応えていきたいと思って。それで悩み相談を主な目的とした、「アラサー僧侶とゆるーく話す会」をはじめたんです。参加者は30~40代の女性が多い印象で、仏教が好きでお坊さんと話をしてみたいという方もおられるんですけど、悩みを持った方も来られます。その世代特有の結婚や仕事に関すること、あるいは親の介護といったテーマが多いかもしれません。僕は、コンコンと少しずつノックしながら、何がその人にとって問題なのかを整理するような役割です。1つの輪にお坊さんが1人、参加者3人ずつ。40分ぐらい毎に、別のお坊さんの輪に移っていただきます。同じ悩みでも違うお坊さんや参加者の方と話すことで、また別の視点が得られるかなと思って。マンツーマンではないので他の参加者も相談を聞いているんですね。すると、同じ立場の参加者から「私はこうしていたよ」という声があったりして。参加者同士の助言や共感が生まれるのも大きいと思います。

小田さんと知り合ってからは、一般の方の視点に立って仏教を分かりやすく伝える「翻訳」に加えて、人々の生きる中での苦しみに応えていく「慈悲」も、自分の大切なテーマになりました。

――2つのテーマを手に、その後フリスタ代表に就任されましたね。本当に突然の知らせで、私も「若林さんが!」と驚いた記憶があります。

若林 フリスタ=池口さん、という感じでしたもんね。池口さんが副住職からご住職になって、忙しくなられたこともあって、2015年の3月末に代表を降りられることになり、いつの間にか関わる期間が長くなっていた僕が次の代表をさせてもらうことになりました。プレッシャーを感じてたなぁ。それから3年間代表を務めさせていただきましたが、背伸びしていたなと思います。仕事量という意味でも代表に集中しがちで、メディアも含めた対外的な対応、事務作業、チームマネジメント、イベントの開催などに加えて、僕はフリーマガジンの編集に一番力を入れてしまったので、本当に大変な日々でした…(笑)。

お坊さんのイメージを“外す”

 ――それはお疲れさまでした…(笑)。毎回、仏教の持っている魅力や可能性を、斬新かつ親しみやすい切り口で発信してこられたと思います。フリーマガジン41号「お坊さんの恋愛事情」はピンク色のキャッチ―な表紙で、應典院寺務局でも特に話題でした(笑)。

若林 ありがとうございます(笑)。恋愛の号は、声に応えた企画だったので、やっぱりウケが良かったです。お寺好きの女性ライターさんが、月9ドラマ「5時から9時まで~私に恋したお坊さん~」(お坊さんと英会話講師との恋愛ドラマで、石原さとみさん・山下智久さんが主演)にハマって、「お坊さんのリアルな恋愛事情について知りたいんです」と企画を持ち込んでくださって。恋愛という繊細なテーマなので、すごく気を遣ったんですけど、スタッフのみんなで作り上げた号で、反応も良かったし、手応えのある号になりました。表紙は、元になったドラマへのオマージュの意味も込めました…(笑)。ピンクの背景も、ピンクの布を買ってきて、養生テープで柱に貼って止めて、それを背景にして撮ったんですよね。手作り感が良かったなぁ。

――フリーマガジンの編集では、どんなことを心がけていらっしゃいましたか。

若林 うーん。やっぱりここでも「翻訳」と「慈悲」ですね。まずは手に取ってもらわないと始まらないので、写真やタイトルも含め、表紙のキャッチーさには気を遣ってました。基本的なことですけど、一般の方の視点に立って、どうしたら手に取ってもらえるかを考えて。お坊さんのイメージを“外す”ことで関心を向けてもらおうと、よく考えていた気がします。

お坊さんって、良い意味でも悪い意味でも固定観念が強いというか、イメージを持たれているじゃないですか。お坊さんとリアルに出会うことは、お葬式とかご法事以外はほとんどなくて、メディアを通してしか情報が入ってこないと思うので。その情報の大体は「厳しい修行」か「坊主丸儲け」といった両極端で、そのイメージが再生産され続けている気がしています。だから「僧侶 × 恋愛」とか、一般のイメージとは違う「意外な組み合わせ」ということだけでも、まずは興味を持ってもらえるので、ありがたいですよね。あとは「寺社 × フェス」とか、「尼僧 × アイドル」「テクノ × 法要」「お坊さん × 漫画家」とか。「仏教 × フリーマガジン」も、そうですね。

一般のメディアでも、そういう意外性に目が止まって(?)、お坊さんたちのおもしろい活動を取り上げてくださることがあります。だけど、僕たちの場合は「僧侶が作っている媒体」だし、同じ取り上げるにしても、仏教の「教え」の部分を少しでも盛り込んで、発信したいなと思ってきました。ここが、編集の上で一番大事にしていたことかも。色んな僧侶の方を取り上げさせていただきましたが、その活動の紹介をしながらも、意外性とか人柄・人間性だけを書いて終わらずに、仏教の「教え」を少しでもディープに、もちろん分かりやすく、そして印象的に盛り込むことを、毎号一番意識していた気がします。僕自身、仏教の何に魅力を感じているかというと、やっぱり教えなので。数千字の原稿だから、ささやかな程度しか書けないんですけど、初めて仏教に触れた方でも、その教えに可能性を感じてもらえたらなと思っていました。

どの「教え」を盛り込むかとなった時に、大切にしていたのが「慈悲」ですね。読者の方の悩みや苦しみに効く仏教の教え、というか。池口さんや辻村さんがイベントでされていたことを、僕は誌面の編集でしていた感じです。恋愛の号で言えば、ケンカとか失恋をした時に、お坊さんは仏教に尋ねながらどう受け止めているのか、とか。それと、利他的な活動をされている僧侶の方を取り上げた時には、その方を突き動かしている「慈悲」とはどのような教えなのかを、少し踏み込んで書いたり。

もちろん、毎回うまく編集できていたかというと、うまくいかなかったことも多々あったんですけどね。でも、心がけていたのは、こういうことかな。もっと読者の方の声に応える企画をたくさん作りたかったし、振り返ると心残りもたくさんあるけど、自分の出来る精一杯をしてきた、エネルギーを出し尽くしたとは、言えますね。

もし「フリースタイルな僧侶たちのフリーマガジン」に興味を持ってくださった方がいらっしゃったら、バックナンバーを全号「パブー」というサイトにアップしていて、オンラインでも読めるので、ご笑覧いただけたらうれしいです。

http://p.booklog.jp/users/freemonk

(後編につづく)