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2018/1/20 杉本奈月:「震災×記憶 23年目の阪神・淡路大震災」レビュー

應典院寺町倶楽部との協働により、モニターレビュアー制度を導入しています。去る1月20日(土)に應典院本堂にておこなわれた、ワークショップ・演劇・感想会「震災×記憶 23年目の阪神・淡路大震災」。当時のラジオ放送のテキスト朗読を軸に、23年目の阪神・淡路大震災の記憶を紐解く時間でした。今回は、劇作家、演出家、宣伝美術。N₂(エヌツー)代表の杉本奈月さんにレビューを執筆していただきました。


母によると阪神・淡路大震災が起こったとき、大阪府八尾市久宝寺にある父の古くなった実家で “ゆれた” のだという。ともに暮らしていた祖母からは何もきいていない。前夜、いつものように寝かしつけた二人の娘は早朝も眠っていたらしい。だから、私たちは何もみていない。ここで生まれたばかりの妹が一歳で、二歳年上の私と母の生まれは白砂青松の海が近い山口の小さな町である。飼い犬には山道を歩かせ、コンビニで買い物をするには車を走らせなければならない片田舎。震災後、スイミングスクールに通いはじめた姉妹は二人ともプールより海で泳ぐほうが好きな子どもだった。夏は私が波に飲まれ溺れかけた日もあったし、夕食のさし身と天ぷらになる魚をつりにいっていた祖父が船から落ちる朝もあった。新大阪まで三時間。JR西日本の山陽新幹線がかけていた下りの記録を、2000年3月11日以降はひかりレールスターが更新する。都市へ居住をうつしても海と「いつか人災ではなく事故にあい、どこかでこの世を去るかもしれない。」という実感は私にとって未だ遠い記憶にはなりえない。シアトリカル應典院の建つ日本橋、道頓堀――と、水都たる大阪から淀川の流域湿地を遡り、現在へ至る。


伊藤拓也は以前からの知人であったが、C.T.T.大阪事務局が主催した “ZOMBIE – 4months creation” において演出助手のオファーがあり、いちメンバーとして2016年3月、春分の日に大阪市立芸術創造館で公演を “ともにしている” ――というのは、私はもう一方の演出家であった筒井潤(dracom)の『Action and Presentation』の方へ俳優として出演していたからだ。本名と日本名、仮名、そして何よりも歴とした身元があるかのような私たち10名からなるチームに反して彼方は、たった一人の女優による単独の上演。ひとりであるということは、わたしとあなた、あなたと彼、彼と彼女――といった二者、あるいは三者以上のかかわりによって彼女自身 “何者であるのか” が証明されえないということだ。舞台でダイアローグをするための相手はいない。ただ独りよがりに、単一の語り手とならなければ前には進めないという相場だけがある。私たちは大人しく椅子へ座っているばかりで、洪水よりあふれる個人情報の流出に逆らえないのだ。客席とは彼に命名された『人となり』という入れ物から口伝えられる意味内容の行き先でしかなく、ポストドラマ時代の潮流に乗った実在の人物による身体のフォームが浮かんでも、海底で渦まいていたはずの “名のないうねり” を波及させるためのコンテクストはない。


“大阪では戯曲評価が先行する傾向があり演出が矮小化されてしまっている / 演出の射程は戯曲を台本に仕立てるだけに留まらない / 劇の生成に戯曲が不要な場合もある / 舞台芸術に参与する俳優に求められるのは劇を自ら思考するアーティストとしての俳優ではないか”(出典 : zombie-4months:ゾンビ-4ヶ月クリエーション http://takutakuf.wixsite.com/zombie-4months


現代演劇は戯曲という物語から独立すべきか――05時46分55秒、黄色いテープをまかれた灯体にあかりが点る。暖房のきいていない本堂ホールは、生っぽいアンバーのあたたかさと日中のワークショップであたためた手足にときほぐされる。でも、色温度の低さは関西小劇場における後ろ暗さへの照明とはなりえず、世界標準で「私も」そして “Me too” と大声でいう流行り病の熱りとともに、冬晴れの外気をも冷ましてしまうようだ。2018年1月、夜のリハーサルをおえて朗読されたのは『RADIO―AM神戸69時間震災報道の記録』(長征社 ラジオ関西震災報道記録班 著)いわゆる “テキスト” である。しかし、本書は通常の台本のようにト書きと台詞により構成されている。初日、1995年1月17日火曜日。避難所に建てられたパーテーションの内がわで開演を待つオーディエンス。暗幕のかわりに垂らされた白い布へ「地震発生と同時に放送停止。」と光の波と化した地の文がうつされる。女性スタッフが「しゃべりましょうか。……はい。……」と死に間を埋め、仮設されたAM神戸のスタジオは二台の丸いテーブルに三人ずつ着席するようになっているが、今は五名しかおらず一席が空いたままだ。私たちの姿は観客に見えないから、彼らはマイクを通し音声となった肉声とテロップだけが流れる一室のディスプレイで再現された “あの日” を視聴している。ゆくりなく望みもしなかった瀬戸際へ立たされるように、スクリーンの役目をしていた銀幕がアナウンスもなく振り落とされると、はじめて記録を読みあげていた演者の正体があらわになる。


それでも、20日土曜日の午前。気づきの広場で演出家がシェアする昼食のようにわけあった “ここへ来るに至った彼 / 彼女らの出自” は、彼らと夕餉をともにした後も公にされなかった。正義のヒーローになりたかった子どもの夢、女医になれと躾けられていた過去。われ先にと私こそが悲劇のヒロインだと宣い、ことあるごとに「一口、ちょうだい。」と他者のアイデンティティをそこなう主人公たちの浅ましいドラマツルギーには、いつだって閉口してしまう。ほんとうにオープンにされるべきものは一体、どこにあるというのだろう。故に、きかれた事だけを話せばいい――と、語りを見世物にする際の分別をしながら人々の心中をかきわけていく彼の手腕は非常に情けが深い。建てまえのない本音であり偽善でないといえる。メディアリテラシーを欠いた指一本で黙殺されつつある声なき声へ耳を傾けなければ、もう私たちに未来はないのではないか。露悪家ばかりの論客に惑わされ “震災×アート” と叫ばれる物事が公私をわりきれないラウドマイノリティの餌じきにされるのではなく、地割れで生きわかれとなった世代間におけるコミュニティをたて直すための足がかりであれるのだとしたら。少なくとも減災へ行きつくであろうアーカイブス自体と諸動作は、ただただ亡くなった多くの犠牲を代償とした品にはなりえない。未だ下じきとなった遺体は増えていくばかりであるのに、かつて生放送されていた行方不明者の名は火葬されないまま、降灰より黒い雪のしるしで上書きされていく。


〇レビュアープロフィール

杉本奈月(すぎもとなつき)

劇作家、演出家、宣伝美術。N₂(エヌツー)代表。1991年生まれ、26歳。京都薬科大学薬学部薬学科細胞生物学分野藤室研究室中退。2015年、上演のたびに更新される創作と上演『居坐りのひ』へ従事。第15回AAF戯曲賞最終候補となり「大賞の次点」(地点 三浦基)と評され、ウイングカップ6最優秀賞受賞、第16回AAF戯曲賞一次審査通過。2016年、書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み「Tab.」、処女戯曲の翻訳と複製「Fig.」を始動。外部活動は、缶の階、dracomにて演出助手、百花繚乱文芸マガジン「ガーデン・パーティ」(LittleSophy 落雅季子 責任編集)にて京都日記『遠心、日々の背理』エッセイ連載など。第9回せんがわ劇場演劇コンクールファイナリスト。


〇レビュアー公演情報

|連載|2017年04月~2018年06月

百花繚乱文芸マガジン「ガーデン・パーティ」

京都日記『遠心、日々の背理』

http://www.mag2.com/m/0001678567.html


|第9回せんがわ劇場演劇コンクール|

2018年07月15日(日) せんがわ劇場『桜紙』

http://www.sengawa-gekijo.jp/kouen/20255.html


|N₂|http://gekidann2.blogspot.jp/

2018年08月03日(金)~08日(水) <避暑地> 於 studio seedbox

2018年11月09日(金)~11日(日) Tab.4『磔柱の梨子』於 浄土宗應典院

2019年03月08日(金)~11日(月) Fig.2『桜紙』― Tab.5『退嬰色の桜』於 CCO

人物(五十音順)

杉本奈月
(劇作家・演出家・宣伝美術)