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2018/6/2-3 汐月陽子:『道頓堀心中冥途往来』演劇公演&トークシンポジウム[第70回寺子屋トーク]レビュー

去る6月2日(土)と3日(日)に、應典院寺町倶楽部主催事業・第70回寺子屋トークを開催いたしました。應典院の位置する大阪・下寺町が舞台となった演劇作品『道頓堀心中冥途往来』の上演後、仏教者および演劇人をゲストに招いたトークシンポジウムを行いました。「まちと宗教と演劇の関係性」「お寺で演劇をすること」についてなど、阿弥陀様とお墓に挟まれた稀有な表現の場としての應典院について考える機会となりました。今回は應典院寺町倶楽部会員の汐月陽子さんにレビューを執筆していただきました。


どうしても都会というものが好きで、梅田から歩いて15分ほどのところに住んでいる。飲みに行くなら天満が近いのだが、メンツによっては梅田まで出ることもしばしば。大阪に引っ越してきて間もない頃、そうして飲みに出掛けたわたしの度肝を抜いたものがある。忘れもしない、お初天神通りのアーケードに堂々と掲げられた「曽根崎心中ゆかりの地」の文字。東京者のわたしは、「お、大阪はやっぱり突き抜けているな……」と思わずひとりごち、目当ての店へ向かった。「心中」が観光資源になることへの驚きと戸惑い、そして不思議なすがすがしさを感じながら。以来、お初の顔の看板は、道頓堀のグリコサインと同じくらい強烈な「大阪の風景」として、わたしの脳裡に焼きついている。

艶笑喜劇「道頓堀心中冥途往来」は、そんな大阪らしさに溢れた「心中物」だと感じた。こちらはキタではなくミナミの物語。道頓堀にかかる大和橋に隔てられたカップル、宗右衛門町の遊女などが登場し、華やかな衣装とともに舞台を彩る。あらすじを以下に引用しよう。

「時は宝永年間。六兵衛とお妙は心中を企てたが、お妙だけが死んでしまったことで、六兵衛は友人の僧侶・天善に供養を頼む。しかし天善は、実は女性の死体の髪の毛などを遊郭に売って儲ける悪徳僧侶だった。ある日、お妙の髪を買った遊女・和泉は、ひょんなことから六兵衛と出会い……。」

六兵衛とお妙の心中カップル、遊女・和泉、そして僧侶らしからぬ生臭坊主の天善。この4人の関係が、亡くなったお妙の髪や、死者の霊を蘇らせるという「反魂香(はんごんこう)」をきっかけに、もつれにもつれていく。もつれていく……のだが、全員が自分の欲望にとてもまっすぐなので、恨みがましくならないし、見ていてすがすがしい。お妙のことが忘れられずに、あられもないほど必死になる六兵衛。そんな六兵衛を見て「すごい一本気な男や…気に入った!わたしは六さんに惚れた!」と高らかに宣う和泉。そんな彼らに困惑させられながらも、遊女からの起請文に一喜一憂し、腹上死への情熱を隠そうともしない天善。誰もが少しずつ間違っていて、自分勝手で、それでも懸命に生きている。憎めないのだ。生者だけではなく、死んでしまったお妙もそうだ。心中物でありながら、登場する全ての人物が「より愉快に生き(在り)たい、幸せになりたい」という、強い「生」のエネルギーを感じさせてくれる。上演にあたって、役としての命を吹き込まれたトラフグのジヘイとオフク(※1)もそうだ。ジヘイとオフクのカップルは、ジヘイだけが食べられて(お妙の死因になる)やはり死に別れてしまうが、彼らの「幸せになりたい」気持ちにはなんと幕間劇で、阿弥陀如来が直接答えてくれる。應典院でしかあり得ない演出だ。阿弥陀仏にアテレコをする演劇を、わたしは生まれて初めて観てしまった。天善の人物造形もそうだが、罰当たりなのではないかと冷や冷やするようなことも、さも当然のようにやってのける。滑稽なようで、ぐっとくる。死者と生者が入り乱れる舞台に、不謹慎ギリギリのところで笑いが絶えず、笑う自分に命が輝く瞬間を見る。実に大阪だ、と思う。その懐の深さに抱かれて、つい「生きていることと死ぬことには、そんなにはっきりした境目はないのかもしれない」と危うい発想にとらわれはじめた頃に、物語は大団円を迎える。死者と生者は別れ、観客であるわたしたちは現実に還る。家に帰るまでが遠足であるように、現実に還るまでが観劇だ。

ここではネタバレに配慮して書いたが、物語の全貌を知りたい人はぜひ、劇作を担当した陸奥賢氏のブログから脚本をダウンロードしてみてほしい。
http://mutsu-satoshi.com/wp-content/uploads/2017/06/a4f42063e2ecdfa4f2a7e4584e732345.pdf

陸奥氏は「大阪あそ歩」などでも活躍した観光とまちあるきのスペシャリストで、下寺町の描写などは彼独自の深い知識が支えている部分がある。そのために台詞はとても長いので、役者のかたは大変な苦労をなさったのではないかと思う。それを押してもなお素晴らしい舞台を見せてくれた、白井宏幸氏、高道屋沙姫氏、ルーデルマン大地氏、浦長瀬舞氏、河上由佳氏、殿村ゆたか氏、近藤ヒデシ氏に、心からの拍手を送りたい。生きることに希望を見出し、ますます大阪を好きになれるような舞台だった。

 

※1 初期段階では登場人物が4名のみの脚本だったが、演出家の戒田竜治氏のオーダーで役柄を増やすにあたり、「食べられてしまったフグ」ジヘイとオフクのエピソードが追記された経緯がある。彼らのキャラクターはかなりコミカルではあるが、應典院での上演に際して、仏教の意義を示唆する重要な役割を担っている。

 

〇レビュアープロフィール

汐月陽子(しおつきようこ)

1984年東京都生まれ。立教大学法学部卒。学生時代から大阪の貧困地域のフィールドワークなどに関わり、現在は北区在住。出版系デザイン会社の企画営業、地域系アートプロジェクトのディレクター見習い、LUSH JAPAN Co.,Ltd. チャリティ・キャンペーン担当などを経て、【当事者性を持った個人の表現の現場を支えること、その表現を広く社会に接続すること】に関心を持ち活動を展開しています。應典院寺町倶楽部会員。コモンズフェスタ2018「(circle)」ディレクター、「Little Voice, Little Pressー潜り、顕すー」企画・編集。

人物(五十音順)

汐月陽子
(應典院寺町倶楽部会員)