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2018/7/10 金子リチャード:「まなびのカフェvol.2~〈怒り〉の感情との上手な付き合い方、教えます 第4回」レビュー

去る7月10日、大阪大学大学院人間科学研究科共催の「まなびのカフェvol.2」を開催いたしました。今期は、4回に分けて<怒り>をテーマに専門家を招き、お話を伺っています。第4回目は、寺口司さんによる『あなたも加害者になってしまう?~インターネット上での攻撃行動の心理学~』。今回は劇作家の金子リチャードさんにレビューを執筆していただきました。


 

この應典院レビュアー制度には演劇関係者としてペンネームで参加しているが、本名の私はIT企業に勤めている。今のIT技術の主流の1つに、IoT(Internet Of Things)とSNS(Social Networking Service)がある。IoTとは家電などのモノをインターネットで繋ぐ技術のことで、例えば電気ポットが使われたらインターネットを通じて遠くの家族のスマホに知らせる高齢者見守りサービスなどで使われている。SNSはFacebookやTwitter、Instagram、LINEなどコミュニケーションツールの総称で、皆さんもすでに身近だろう。

これらの技術は、現実世界のありとあるゆる物事をデジタルデータとして送信し、インターネット上に現実世界と双子のように瓜二つの世界、「デジタルツイン」を作り出すという。

皆さんが目にするSNSの世界は、一見全く別の世界のようであるが、現実世界をデジタル化したものでしかない。現実の延長であり、別世界ではないのだ。

 

今回の「ネット社会の加害者になってしまう?〜インターネット上での攻撃行動の心理学〜」はネット炎上、ネットいじめに焦点を当てた講義で、舞台は主にSNSである。

ネット炎上とは、ある投稿に対して誹謗中傷が殺到すること。ネットいじめとは、SNSへの暴行動画の投稿、見られたくない写真の拡散、グループチャット内での暴言・無視などが行われることを指す。

 

ネット炎上の過去事例として、飲食店のアルバイト店員が非常識な写真をネット上に投稿し、店が閉店に追い込まれたケースが紹介された。昔、ニュースでも話題になったものだ。3つの事例の内2件は損害賠償訴訟に、残りの1件は特に罰せられなかったという。それを聞いた時、「なぜ悪いことをしたのに罰せられないのか」という小さな怒りを感じた。実際は3件目も損害賠償訴訟が起こされ彼は社会的制裁を受けている。特に罰せられなかったというのは講義に仕掛けられた嘘なのだが、この「罰せられるべき」といった「不正を正したい気持ち」がインターネット上の攻撃行動の正体なのだという。事実、アルバイト店員はインターネット上の他人たちによって氏名、住所、学校、内定先まで特定され、ひどく叩かれた。

 

私たちはインターネット上の攻撃に関して被害者になることを恐れがちだが、加害者になる可能性も大いに抱えている。それが今回のまなびのカフェのテーマだ。「不正を正したい」という正義感が行動に結びついた時に、その行動が攻撃となる。ネットいじめも元被害者が加害者になり、元加害者が被害者になるケースが多いという調査があるそうだ。

しかしこれはSNSに限った話ではない。何かの事件が起きた時、昔から加害者やその家族が攻撃を受けるなど、行き過ぎた制裁の話は少なくない。今はインターネット技術により、それが匿名で、かつ距離や時間を問わずにできるというだけである。冒頭で紹介したように、SNSの世界は現実世界の延長でしかない。

 

この「不正を正したい気持ち」は悪ではなく、社会秩序を維持するために必要でもあると講師の寺口先生は言う。不正を正したい気持ちも、インターネットも、いま避けて生きることは難しい。それらと「どう向き合うか」というのが今回の最後に投げかけられた問いだ。

 

「不正を正したい気持ち」は沸騰するように一瞬で湧き上がる。

しかし、「不正を正したい気持ち」から起こす行動(方法)が本当に世の中を良くするのか一旦考えてから行動できる人は(自分を含めて)どのくらいいるだろう。

大切なのは、一旦踏み止まること。そのために、自分の中にある攻撃性と、白か黒かには分けられない現実世界の複雑さを認め、自分の思い通りに他人を変えられるという全能感を捨て去る所からスタートすることではないか。というのが、今の私の答えだ。

 

「小さなことからコツコツと」という有名なギャグがあるが、SNSで他人を批判するより、エレベーターで開ボタンを押してくれた人に小さく会釈をするような、アナログの世界はそんな小さな“自分の”変化が玉突き事故のように連なって好転していくのではないか。と、ここから地続きにあるデジタルの世界に向かって呟いてみるのである。

 

 

金子リチャード

劇作家。1985年兵庫県生まれ、大阪府在住。

高校時代に劇団「絶頂集団侍士」旗揚げ、作・演出を担当。神戸を中心に、自主公演や脚本提供を行う。”さっき駅ですれ違った普通の人々”の人生を、日常の一場面や他愛もない会話から描くことが多い。

会社員で一児の母。近頃は仕事・育児・家事の間を行ったり来たりしながら日々の生活を猛進中。座右の銘は「案ずるより産むがやすしきよし」。得意料理は四川風麻婆茄子。