イメージ画像

2018/8/3-8/5 西田悠哉:ぽんこつチョップ『白紙のページには』レビュー

去る8月3日から8月5日まで、ぽんこつチョップ『白紙のページには』(應典院舞台芸術祭Space×Drama×Next2018参加作品)が上演されました。劇作家・演出家・俳優の西田悠哉さんにレビューを執筆していただきました。


初めまして。劇団不労社という団体の主宰をしております西田悠哉と申します。主に脚本・演出をしています。この度、我々劇団不労社も参加しているSDN(Space×Drama×Next)2018参加団体であるぽんこつチョップ#2『白紙のページには』のレビューを僭越ながら書かせて頂きます。よろしくお願いします。

8月5日17時の千秋楽を観劇。開演時間直前の到着となってしまったが、会場に入るなり前説の方に指示に従い観客全員でチョップを繰り出しながら劇団名を合唱しており、そのノリに度肝を抜かれつつ開演。初めて見る劇団にも関わらずレクチャーを受け損ねた身としてはいつ”裁きの時”がやってくるのか内心肝を冷やしながらの観劇となったが、幸い最後までその時は訪れず。無駄に勘ぐって無駄に安堵した。

全体の印象としては、絵本が題材ということもあり、文字通り二次元的モチーフ(絵本・アニメ・ゲームetc…)を三次元に立ち上げた作品のような印象を受けた。それらのジャンルに明るくない門外漢であるためあまり突っ込んだ話はできないが、劇中度々特徴的に挿入されるダンスパフォーマンスも、軽快な音楽に乗せながら話の展開をコンパクト且つテンポ良く描写するというアニメのOPやEDに見られる表現の翻案のように感じられた。また、台詞回しもやや大仰で芝居掛かった”声優的”なケレン味のある話し方が特徴的であり、ともすればクサくなりそうなところではあるが、その辺りは役者陣が演出と趣味趣向のバックグラウンドを共有しているからか、全体の演技のコードは衒いのない真摯な姿勢で統一され、座組みとして共通の理想像へ向かって突き進む一体感が感じられた。(まるでウォーボーイズ達がヴァルハラを夢想する姿のように…)それは作・演出・振付を手がけながら自ら役者としても重要な役割を担う主宰の星村氏の統率力や求心力、ひいては人徳の成せる業であろう。いち主宰としては羨ましい限りである。

一つ気になった点としては、やはり重力や時空の制限を受ける現実世界において、アニメのように瞬時にカットは割れないし、声と顔は不可分だし、ピーターパンは飛べないし、というところにどうしても限界を感じてしまう。その辺は今流行りの2・5次元演劇が超克を目指す点でもあるだろうし、「二次元的表現」に挑戦する上でそのあたりの演出的なブレイクスルーが見られるとより見応えのある作品になり得たのではないだろうか。次回は是非、人体が浮遊、エネルギー波が飛び交い、瞬間移動も垣間見られるような二次元と三次元のギャップ超越した表現に挑戦して頂きたい。(甚だ余計なお世話である…)

内容の方にも触れておきたい。物語は主人公である絵本作家があるライターから取材を受ける所から始まり、そこからその絵本作家が書いたとされる『眠らないピーターパン』『アリスの赤い糸』『わらう鬼』という既存の童話をベースにした3つの物語がオムニバス的に挿入され、最終的に絵本作家の内面世界の格闘へと展開してゆく。挿入される物語は絵本作家の「仕事」「結婚」「両親」等に対するトラウマやコンプレックスに由来しており、鬼は「喜」ピーターパンは「怒」アリスは「哀」、そして星村氏演ずる兎は「楽」といった具合に、物語の登場人物たちはそれぞれ感情を具現化した一つの人格として絵本作家の内面世界を構成している。つまり絵本作家は自らの創作の登場人物を内面に住まわせた多重人格者であったという次第だ。香港ノワールの巨匠ジョニー・トー監督の映画『MAD探偵』では、多重人格の主人公の内面を性別も容姿も異なる7人を可視化することによって表現していたが、本作も各登場人物(=各人格)の喧々諤々が観客に可視化され一見賑やかに見えるものの、この物語の真の登場人物は絵本作家とライターの2人のみである。絵本作家にとって唯一の“他者”であるライターを媒介として、内面世界の人格たちはそれぞれの意思を持って格闘するが、絵本作家はそれらの人格と共生しつつも、白紙のページ(すなわち未来)には「自分」を描いていくことを決意するというのが物語の大まかな筋である。

途中、絵本作家のかつての主人格が「楽」を体現する兎であったことがわかるが、では現在の主人格である絵本には登場しない女性はどこから発生してきたのか…そもそもその兎は『アリスの赤い糸』において婚活を斡旋するポン引き的存在だったのではないだろうか…絵本に描かれた3つの物語が有機的に本筋に絡んでいるとは言えず、トラウマや喜怒哀楽の記号的表現に留まってはいないか―――等々、腑に落ちるとは言い難い点は散見されるものの(単に私のリテラシー不足であったら申し訳ないが…)、創作活動を通じて自己の経験を見つめ直し、時に自己分裂し、時にアイデンティティの拠り所となり、時に思わぬ啓示を得るという体験は個人的にも共感させられる点でもあり、“虚構の力”を感じさせる芯の太い作品であったように思う。

本公演を含めてここまで3公演が行われてきたSDN2018であるが、「いのちに気づく演劇プログラム」であることが共通テーマとして課されており、各劇団がテーマに対し異なるアプローチ、及び独自の見解表明を試みている。本作品もフィクションが現実に及ぼす作用を、虚構のキャラクターが作者の内面に”生きている”姿を描くことによって表現し、虚構と現実の狭間の「いのち」の在り方に気づかせてくれた。

まだまだ始まったばかりのSDN2018であるが、これから年間を通じて各劇団がどのような形でいのちに気づかせてくれるか是非とも注目して頂きたい。(我々劇団不労社も来年の1月に公演を行うのでチェックして頂けると幸いです…!)

 

・プロフィール

西田悠哉

劇作家・演出家・俳優。1993年生まれ。大阪大学文学部人文学科演劇学専修卒業。大学の演劇サークル「劇団ちゃうかちゃわん」に入団し演劇活動を始める。在学中の2015年に「劇団不労社」を旗揚げ、主に脚本・演出を務める。その他、東洋企画・うんなま・劇団冷凍うさぎ等の公演に客演として参加するなど、俳優としても活動。

・活動予定

2019年1月2週目にSDN2018参加作品として劇団不労社第五回本公演を上演予定。

人物(五十音順)

西田悠哉
(劇作家・演出家・俳優)