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サリュ 第104号2016年7・8月号

目次

巻頭言
レポート「應典院舞台芸術祭space×drama2016」
コラム アサダワタルさん(日常編集家)
インタビュー 秋田光軌(應典院寺町倶楽部事務局長) 西島宏(應典院寺町倶楽部会長)
編集後記

冒頭文

仏はひとり我がために法を説きたまふ。余人のためにはあらず。龍樹『大智度論』

report「舞」

應典院舞台芸術祭20年
新たなかたちを求めて

締めくくりの年を彩る

前号でもお伝えしている通り、浄土宗應典院が再建された1997年度以来、恒例の事業として開催してきた應典院舞台芸術祭space×dramaを、2016年度の今回をもって終了し、舞台芸術祭の新しいかたちを模索していくこととなりました。去る6月12日に全5劇団の公演が閉幕し、20年の歩みに有終の美を飾りました。
今回は、高校生の性と死を鮮烈にえがいた「劇団カメハウス」、連合赤軍による実在の事件を題材にした「遊劇舞台二月病」、独特の世界観を確かな感性で表現した「劇団冷凍うさぎ」の若手3劇団が参加しました。さらに、この演劇祭に長年伴走してきた「ステージタイガー」が、特別招致公演でパワフルに舞台を疾走。2015年度優秀劇団に選出された「無名劇団」は、陰鬱さの中にも1年間の成長をまざまざと感じさせる作品を披露しました。
開催のおよそ半年前から、5劇団の皆さんと事務局で制作者会議を重ね、最後の年をいかに盛り上げるか、一体となって知恵を絞り、議論をつづけてきました。その積み重ねの成果は、共通チラシに掲載された歴代優秀劇団コメント、ロビーでのホットドッグ販売やクイズ掲示、高校生無料キャンペーンなど、まさに集大成と呼ぶにふさわしい多彩な試みとして結実しました。
最終日のクロージングトークでは、今回の優秀劇団に「遊劇舞台二月病」を選出したことを発表いたしました。来年度、彼らと共に取り組む協働プロデュース公演をどのように開催するか、事務局にて現在協議を行っています。

表現の行方を見据えて

20年の歴史を振り返ると、大まかに3つの時期に整理することができます。97年度からの第1期は、演劇のみならず、音楽やダンスといった様々なジャンルの舞台芸術が取り上げられた他、トークやワークショップ、展示なども行われていました。03年度からの第2期には、演劇に特化した「演劇祭」としてリニューアル。設立5年以内の若手劇団の支援を掲げて平日公演のみの開催とし、浄土宗應典院・應典院寺町倶楽部との三者協働プロデュース公演を担う、優秀劇団の選出をはじめました。そして09年度からの第3期では、設立年数不問で週末公演も含めた演劇祭として、劇団の世代間交流を意識して実施してまいりました。
幾度も方針の変更を行っていることからお分かりのように、舞台芸術をめぐる状況もこの間大きく変化していきました。演劇に限っても、劇団の縮小化やユニットの増加、カフェ公演の定着、なにより演劇に携わる若い世代の価値観の変容を、多くの方が感じているのではないでしょうか。「可能性の交差点」として数々の出会いをもたらしてきたspace×dramaにおいても、変わりゆく環境とのギャップは、参加劇団の激減というかたちで表れていました。
移り行く時代のなかで、演劇をはじめとする舞台芸術が、いかに創造的な表現を生み出し、社会と関係を結ぶことができるのか。浄土宗寺院における舞台芸術の意味や、社会に提示するべき意義を見直しながら、その変わらぬ課題をこれからも追求してまいります。新しいステージを迎える應典院舞台芸術祭で、どのような空間(space)にどのような物語(drama)が紡ぎ出されるか、今後の展開にご期待ください。

小レポート

会員のつどいで
行く先を見通す

去る6月11日に、應典院寺町倶楽部のいわゆる総会にあたる、2016年度「会員のつどい」を開催いたしました。毎年必ず参加される会員の方に加え、今年はじめて参加するという方も多く、例年よりも多くの出席者が應典院に集いました。最初に2015年度の総括を行った後、より民主的に市民に開かれたNPOとなるため、組織運営体制のあり方を検討する「新運営検討会議」の発足について提案し、皆さまからご承認をいただきました(詳しくは同紙interviewにて)。
後半は昼食をいただきながら、下は20代から上は80代までの幅広い世代で展望を語り合う、大変有意義な時間となりました。広報媒体としてのサリュへの思いや、事業に関する収支の開示と責任の共有、観劇に来られる方へのアピールの仕方、ターミナルケアや死生観を深める企画の提案など、年齢のちがいを越えて対話を深めました。多様な担い手である会員の皆さまと共に、次なる一手を探ってまいります。

小レポート

生と死のつながりを見つめて

去る6月16日、研修室Bで「いのちと出会う会」を開催し、記念すべき第150回を迎えることができました。話題提供者には、NPO法人日本こども支援協会代表理事の岩朝しのぶさんをお迎えし、「この子たちへ家庭の愛とぬくもりを!」と題してお話をいただきました。
この会の代表世話人をされている石黒大圓さんを中心に、「生きること・老いること・病すること・死ぬこと」を見つめ直し、仲間と語り合うことで、人間の生とは何かをじっくりと考える場が育まれています。今後も、この貴重な場がさらに続いていくよう励んでまいります。

小レポート

百四十字に情景をのせて

應典院寺町倶楽部の活動について、應典院Twitterアカウント(@outenin)にてご紹介しております。2016年度からは毎平日に「つぶやき」を更新しており、今まで以上に活動を知ってもらえるよう努めています。
イベントや公演の情報、発行物についてのご案内はもちろん、事務局の日常の様子が垣間見えるような、あるいは仏さまの存在に触れ入るような内容も扱っています。なるべく丁寧に想いを伝えることができるよう心がけてまいりますので、一度ご閲覧いただき、もしお気に入りのつぶやきがございましたら、拡散にご協力いただけますと幸いです。

コラム「還」

「山口洋典主幹の10年を辿る」第2回
これは山口洋典さんへのお手紙かもしれない

社会活動としてのアート。それを寺院という場で育む実践にはじめて僕が携わらせていただいたのは2006年10月のこと。山口さんから、前述の実践の関西の集積地としての築港ARC(アートリソースセンター by Outenin)の構想を伺い、そしてすべての企画運営を文字通り「一任」していただき、スペースを開設したのが2006年12月。今思えば、この3ヶ月で僕は山口さんに「本気」を試されていたんだと思っています。それから2010年3月までの約3年半、山口さんはあくまで「伴走者」に徹された、その立ち振る舞いが僕の本気をさらにのびのびと多様な可能性へと導いてくださったんだと感じています。
山口さんは、もちろん「言葉」の人だと思いますが、同時に「身体」の人でもあります。社会活動の意義やコミュニケーション・人間関係の諸相を、様々なメタファーを通じて連投される山口さんの言葉は、時に難しいと感じることもあるけれど、しかし、時を経たのちにスーッと入ってくることもある。そのことは、僕らが出会っている時間に山口さんが投げかける言葉の数々の背後に、実は出会っていない時間にこそ様々な現場に身を曝しながら刻み続けている時間が存在することを想像させます。つまり、その「身体」があるから「言葉」が出て来る。だから僕も色んな経験を共有していくなかで、事後的に言葉に身体がついてくる体験に、ある意味喜びを感じてきたんだと思います。この身体と言葉の往還は、そのまま僕に、(実践のみならず)「研究」という道を示してくれることにもなりました。
最後に率直な希望を。秋田光彦住職が綴られてきた数々の應典院にまつわる言葉、そしてこれから秋田光軌新主幹がきっと綴っていくであろう言葉とともに、山口さんが應典院を勇退されたこの時期にこそご自身が綴られる言葉を、もっと聞きたい、読みたいと、僕は思っていますよ。

アサダワタル(日常編集家)

(プロフィール)
1979 年大阪生まれ。日常編集家。滋賀県立大学大学院環境科学研究科博士後期課程単位取得退学。「表現と日常」のステキな関係性を発明すべく、文筆と音楽を軸に様々な形態の創作・研究に勤しむ。著作に『住み開き』(筑摩書房)、『コミュニティ難民のススメ』(木楽舎)、『表現のたね』(モ*クシュラ)、CDに『歌景、記譜、大和川レコード』(路地と暮らし社)など。これまでソロ演奏や様々なコミュニティで音楽プロジェクトを実施し、ドラムを担当する「SjQ/SjQ++」ではアルスエレクトロニカ2013サウンドアート部門にて優秀賞受賞。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師。

interview「輝」

秋田光軌(應典院寺町倶楽部事務局長)
西島宏(應典院寺町倶楽部会長)

五代目事務局長と初代事務局長が、
市民と寺院の願わしい関係性を語る。
應典院寺町倶楽部が目指す姿とは。

去る6月11日、第20期を迎えた應典院寺町倶楽部が、新しい組織運営体制のあり方を検討する「新運営検討会議」を立ち上げることが発表された。仏教寺院内に事務所を構えるNPOとして、應典院寺町倶楽部はどのような組織であるべきなのか。2016年度より事務局長に就任した秋田光軌と、初代事務局長を務めた現会長の西島宏から、今後行われる議論の端緒を伺った。

――発表を終えた、現在の心境を教えてください。
秋田(以下A) 事務局長として大きな一歩を踏み出した気持ちです。当会が大事にしてきたものを見つめながら、前に歩みを進められるよう努めていきたいと思います。まずは、これまで以上に多様な主体との協働を活性化し、仏教寺院における事業がより充実したものとなるよう、新運営検討会議を通して新たな基盤づくりに取り組みたいと考えています。
西島(以下N) 20年前の應典院再建当時、秋田光彦住職に「開かれた寺を作りたい」と言われて事務局長をしていましたが、何をすればいいのか全く分からず、とても孤独だった記憶があります。関わり合いの活性化どころか、荒野にひとりポツンと立っている状態だった。光軌さんとこの会議を立ち上げるにあたり、むしろ再建までの数年間、秋田住職をはじめ、友人たちと侃々諤々議論していた頃を思い出しました。新しい理念に変わるべき過渡期に、会長として参画できているのがうれしいです。
――新運営検討会議の方向性とは、どのようなものでしょうか。
A 今までもコモンズフェスタなどの一部事業は実行委員会形式で進めていましたが、基本的には事務局主導で活動を行ってきました。今後は、より普段から寺町倶楽部会員同士が提案を交わし、実際に当会の事業を担っていただけるような仕組みを作りたい。会議のメンバーは、継続して深く関わってくださっている会員の中から、私がお声かけをしています。
N 秋田住職が事務局長の時代に社会的認知度と評価を高め、山口前事務局長時代に協働のプラットフォームを作ってきました。そのプラットフォームがある上で、ボトムアップ的なあり方を試みることの期待は大きい。しかし、事務局の努力だけではお寺は半開きに留まります。事務局頼みのいわゆる「お任せ民主主義」ではなく、市民の側にお寺の門を開ける気概があるかどうか。
――「市民がお寺の門を開ける」とは、どういうことですか。
N たとえば演劇に引きつけて言うと、「演劇人」として應典院という「空間」を使うのではなく、「演劇をしている市民」として應典院という「場」に関わる気があるか、ということです。ひとりの人間として主体的に場に関わること、と言い換えられるかもしれません。
A 会員となるのに信仰は問いませんが、お寺である以上、この場に仏教の香りが漂っていることは重要です。私は浄土宗應典院主幹も兼務していますので、仏教のおしえを伝えつつ、一方で事務局長としては、様々な人々が「應典院でどのような活動をすべきか」対話を重ね、その結果を実践できる環境を整える。双方のバランスに目を配る必要があります。
――最後に、読んでいる方に向けてメッセージをお願いします。
A お寺といえば観光や葬式のイメージが強いですが、大乗仏教の源流に遡れば、芸術や哲学をはじめとした市民の持つ創造力との協働もまた、お寺が挑戦するべきことのひとつであるはずです。この検討会議を何年も続けるつもりはなく、2017年度の総会では次の段階に移行する予定ですので、その際には多くの方に会員として参画いただき、この寺にそれぞれの発想を持ち込んでもらえればと念じています。
N 民主的な運営に必要なのは、知識量ではなく態度だと思っています。議論についていけない人がいたら、「どこが難しかったのか」を皆でわいわい話し合ったらいいのでは。無駄な時間だと思う人もいるかもしれないけど、それ自体が楽しいプロセスだと言いたいですね。一緒にやりましょう。

〈編集後記〉

演じることは、「非現実の物語」を現実にもたらす技術です。浄土宗のおしえが伝える極楽浄土や阿弥陀仏の誓いは、現代人にとって縁遠く感じられるものかもしれません。しかし、このような宗教なき時代にこそ、演劇的な見地から学び、実践できることは多いように思うのです。(秋田)
紫陽花とかたつむりの季節が来た。梅雨となめくじの季節でもある。紫陽花やかたつむりは愛でられるのに、梅雨となめくじは嫌われる。小さい頃、なめくじを見て「背中に家(殻)がないだけで悲しいね…」と感じた、その時の気持ちを思い出す梅雨空の季節。私の大好きな季節。(齋藤)
久々にドラマにハマりました。流行りのアイドルやミュージシャンが出ているわけではありませんが、脚本が練られていて、演技力の高い舞台俳優ばかりで、すごく物語に説得力がありました。先日、そのドラマが最終回を迎えました。寂しいです。(森山)
私にとっての宗教とは何か、を問い続けた3ヶ月でした。仏教を通して見つめなおすことによって気付いたのは、無理に答えを出す必要はないということです。これからも、目に見えないものを感じることのできる人間でありたいと思います。(角居)
職員として過ごし始めて、あっという間に3ヶ月目に突入。サリュ発行に本格的に携わるのは、今号が初めてで嬉しいです。Twitterの更新は、少し固いかな…わかりにくいかな…と時折悶々としておりますが、應典院は写真の撮り甲斐もあり、楽しませてもらっています。(沖田)

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