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10月1、2日 生と死の共育ワークショップ

10月1、2日の2日間、「生と死の共育ワークショップ」が開催されました。
應典院と共催で実施されるこのワークショップは、2007年から続いており、今年で5回目を迎えました。
毎年お寺に泊まり込み、寝食を共にしながら、「自死」や「老い」「みとり」などをテーマに若者たちが語りあいます。
今年のテーマは「私はどう他者の悲しみに寄り添うか」。多死な社会を迎え、悲嘆の癒し(グリーフケア)に関心が高まっていますが、悲しみは日常生活にもあふれてるもの。参加者はNPOスタッフや介護士、主婦などさまざまでしたが、「寄り添い」を主題に、体験を分かち合い、語り合い、仏教の考え方にも学びました。1泊2日の長丁場だから、自ずと対話の内容も深まっていきます。途中、秋田住職も登壇して、「仏教と寄り添い」について、とくに寄り添う側の「凡夫性」についてお話をされました。

ワークショップを主催するシチズンシップ共育企画代表の川中大輔さんは、今回このテーマを選んだ理由には、東日本大震災の影響があったと語られます。「ボランティアとして、現地に行ったメンバーは、初めて死が充満する場に身を置くという経験をして帰ってきた。彼ら・彼女らが被災者との関わりにおいて『あれでよかったのか』と悩んでいる姿をみたのがきっかけでした。」さらに、とりわけ若年層にとって、このワークショップは自己開示と対話による気づきの場となっているといいます。
「ワークショップに来る若者にとって、企画のテーマは入口。生きる上で根源的な問題について、関心は共有しつつも背景は異なる他者とじっくり対話できる場ということに関心が持たれているように感じます。」
一人一人の語りの場面があり、その中で声に表したり、耳を傾けることで気づきにつながる、というワークショップならではの効用がうまれています。まだ死生観を語ることなど、若者には早すぎるという意見もあるかもしれませんが、だからこそ若いうちから死生について思いを巡らせることは大切ではないでしょうか。知識や情報だけが一人歩きして、実体験として死生にふれることが少ない今、このワークショップの持つ意味は小さくありません。
それぞれの問いや痛みを持ち寄りながら、その迷いをも共有する、そんな若者同士の対話の場の継続に、今後も期待がかかります。