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サリュ 第58号2008年11・12月号

目次

巻頭言
レポート「space×drama2008」
コラム 吉田美彦さん(HPF実行委員会事務局長)
インタビュー 平田オリザさん(劇作家・演出家)
編集後記

巻頭言

先ず自分の身を正しくせよ。
次いで他人に教えよ。

(「仏教聖典」より)

Report「演」

應典院、真夏の演劇祭space×drama 2008

新しいspace×drama

去る7月・8月、毎年恒例の應典院舞台芸術祭「spac e×drama」が開催されました。space×dr
amaは、應典院寺町倶楽部が主催する演劇の催物としては最大の規模で行われる真夏の風物詩です。昨年度までは、結成5年未満の若手支援の演劇祭として行われてきましたが、昨年で5年という節目を迎え、一定の役目を終えたことから、今年より、5年未満の規制を撤廃し、広く中堅及びベテランの劇団にも門戸を開きました。このことは、クロージングトークの中でも触れられ、若手の活動の場を制約するのではなく、若手と中堅・ベテランが共に切磋琢磨しながらも支え合うことのできる演劇祭として成長して貰いたいとの要望が出ました。

物語のリレー

今年の舞台芸術祭「space×drama2008」は突劇金魚による「しまうまの毛」で幕を開けました。突劇金魚は昨年度の優秀劇団。主宰であり作・演を務めるサリngRockさんによる「ガールズポップ」と呼ばれる独特の世界観が醸し出された密室劇を構築し、 1年という時間が導いた劇団の成長を大いに実感させてもらえました。Mayの「チャンソ」は、劇団が一貫して取り扱う民族性を丁寧に取り上げた労作でした。時に笑いを交え、演技の場と照明とを絶妙に組み合わせることで、過去から現在への社会の変化を伝え切った作品に仕上げていました。本若×ケービーズの「かわうそくよう」は、他の劇団とは異なる「会話劇」というスタイルを取り、演劇祭における多様性をもたらしました。そして今年度の優秀劇団に選出された、特攻舞台Baku-団の「病的船団’08」は、圧倒的な存在感を見る側に与えた公演でした。具体的には、精神障害という題材を適切に扱うために専門的に活動するNPOと連携し、さらには應典院の高さを活かして帆船そのものを舞台として組み上げたことなど、「表現の可能性」を重視した作り込みでした。そういった、この間の類い希なる努力の結実が、優秀劇団としての選出です。来年の協働プロデュース公演ではどのような素材を扱うのか、今から期待は募るばかりです。これら、優秀劇団選考対象の公演を終えた後でポストパフォーマンス公演として上演されたミジンコターボの「スーパーソニックジェットガール」は、それまでの4つと全く異なるものでした。それは、演劇と音楽ライブを巧妙に融合させるという志向に全て集約されていることでしょう。演劇と音楽とのあいだを単なる「接続」や「連続」ではない「融合」を実現させました。

以上のように、個性の異なる5つの劇団の競演によって、大いに盛りがった演劇祭應典院、真夏の演劇祭space×drama 2008となりました。應典院のブレーンとしてご活躍いただき、今回の優秀劇団選考の審査委員長を務める西島宏さんの言葉が、この演劇祭のあり方を語ってくれています。「他の演劇祭の事情に詳しいわけじゃないけど、space×dramaほど劇団への負担が重い演劇祭はないんじゃないかと思う。協働という言葉を使えば聞こえはいいけど、演劇祭の制作面で各劇団の作業量はかなりのものだったと思う。」その言葉どおり、演劇祭を盛り上げたのは、参加劇団の関係各位はもとより、劇場に足を運んでいただいたお客様、さらには劇評ブログを執筆いただいた皆さまなど、挙げていけばきりがありません。space×dramaは、近年、WEB、劇団によるリレーブログ、一般の劇評家を招いての劇評ブログ、フライヤー、ポスター、オープニングイベント、クロージングトーク等、劇団と劇場と言う枠組みを超え、一般の方々を巻き込んだ盛り上がりを見せはじめています。この市井への拡がりを大切に紡ぎながら、来年以降のspace×dramaのカタチを参加される劇団とともに創り上げていきたいと考えています。

小レポート

落語で伝承!
上町台地アートツーリズム【寺町編】

AAF上町企画最終日の9月7日(日)に開催されたのが、“まち歩き×落語会”という切り口の本企画。午前中(1部)は、上町台地の特徴の一つである寺社仏閣が多数建ちならぶ街並を観光案内人 オダギリサトシさんと共にツアー。そして午後(2部)からは、桂米朝一門会の噺家 桂都んぼさんによる落語会「天王寺参り」を應典院本堂ホールにて開催致しました。

1部のツアーでは、2部の「天王寺参り」のストーリーに関連のあるスポットを中心に、天王寺~一心寺~合法辻~四天王寺までを散策しました。オダギリさんによるユーモアを交えた説明は大変ためになり、2部の落語会をより期待させてくれる要素が満載でした。

2部の落語会では、開始早々から、都んぼさんの圧倒的な存在感が会場一杯に満ちてゆきます。いよいよ「天王寺参り」が始まり、1部で観た寺町の風景が言葉から立ち上がってゆく不思議な感覚を体験しました。

この企画は、両部共に参加された方と、1部、もしくは2部のみ参加された方とでは、随分、心象風景にバリエーションがあったのではないかと思われます。まちを体感する手法として、直接まちに出向くことももちろん面白いのですが、一方では、そのまちの特性をテーマとする、落語も含めた様々な表現(アート)に触れることもまた、大変、想像力を換気させるきっかけとなるのではないかと考えました。是非、今後とも様々な切り口でのアートツーリズムを仕掛けていきたいと思います。

小レポート

[ ]=_( ウチミ・チソト)

アサヒビールとアートNPOの協働による、7年目の「アサヒアートフェスティバル(AAF)」に参加した應典院寺町倶楽部。3つの事業のうち、1つだけ、築港ARCプロジェクトと密接に関連づけ、大阪市の現代芸術創造事業として展開しました。それが「[ ]=_ 」です。

この催しは、8月30日、上町台地の北西部にあたる谷町4丁目界隈にて、屋内空間「谷町空庭」と屋外空間「難波宮跡地」を会場に、大和川レコード、mamoruの両氏が日常生活を題材にした音楽ライブを行うというものでした。まず、空が夕闇に染まるなか、「都会の里山」を目指す場所での共演を楽しみました。天候も心配される中、全員おそろいの透明のビニール傘に小さな鈴をつけ、会場移動自体を参加者による作品制作の機会としました。日常を建物の内で見つめ(ウチ・ミ)、そして音が奏でる魅力を野外で知る(知・外)機会となりました。

小レポート

NOET写真展「丘」

関西在住新進気鋭の写真家NOETさんによる上町台地をテーマにした撮り下し写真展「丘」。この展覧会は、AAF上町企画の全会期日程である8月24日(日)~9月7日(日)までの二週間に渡り、應典院2階気づきの広場にて開催されました。

どの作品からも非常に繊細に撮影場所、撮影条件を選択されたものであることが伺えました。ご鑑賞いただいた方の感想として「大阪とは思えないほど美しい風景だ」といった言葉も寄せられました。確かに、この写真展を観ていると、このまちが、大阪の中心街でありながらも、大変緑が多く、様々な情緒溢れる要素を秘めていることに気づかされます。会場から一望できるお墓の風景ともマッチした、大変印象深い写真展となりました。

コラム「灯」

至高の一瞬を作り出す
高校生・スタッフが輝く演劇祭

実行委員会形式で再出発したHPFも6年目を迎えた。今年は当初から重苦しい空気が流れた。予想を超える参加希望で、あらかじめ劇場にお願いしていたステージ数を越えてしまったのだ。来るものは拒まず、というスタンスで、参加希望はすべて受け容れてきたHPFが、初めて出場校を制限するか、と言うところまで議論が煮詰まった。しかし、シアトリカル應典院のご厚意によって、8月7日までのロングランフェスティバルを認めていただいた。参加希望校は、すべて上演することができた。

しかし、これだけ長期になると、スタッフの確保ができるのか、次なる悩みであったが、全くの薄給なのに快くスタッフを引き受けていただいた。「やるからには全日程を空けておきました」と言うスタッフが何人もおられたと聞いた。感謝の気持ちでいっぱいだった。

さあ、これで今年のHPFも大丈夫だ、はじめるぞ、と実行委員一同、盛り上がったとたん、再び難題。過去、協賛、協力をいただいた有力な専門学校からの支援が受けられなくなった。財源はほぼ半減した。幕を開けたはいいが、支払いができないのではないか。絶望的な気分だった。それを押し殺して、夏を走った。ついに財源は回復しなかった。昨年までの繰り越しを食いつぶすことになった。

状況を認識した高校からは、自助努力を極力模索して、HPFの灯を守り続けようという声が相次いだ。ある参加校から、こんな声をいただいた。「存続の危機が言われる中、ますますHPFが円熟化していると感じますが、これも実行委員会、劇場、スタッフの方々のご尽力の結果だと思い、感謝の気持ちとともに我々にできることであればもっと協力しなければと痛感しております。」

この声に押され、2009HPFに向け、活動を始めた。「大阪の演劇状況は最悪だ」「大阪の文化行政は最低だ」「大阪に芸術活動なんか育つわけがない」そんな声を聞くし、つい言いたくなるが、自らの苦しさを責任転嫁しても気など晴れない。全くの素人の高校生が、劇場に来て、舞台を作り、自らの思いを表現して、至高の一瞬を作り出す。そのHPFの輝きがすべてだ。また、汗を流してみたいと私たちは思うのである。

吉田 美彦(HPF実行委員会事務局長)

北摂つばさ高校教諭。HPF(Highschool Play Festival)は、1990年当時、梅田の「スペースゼロ」主宰者の「高校生に自由に表現してもらえる舞台を提供しよう」という提案から始まった。2001年より実行委員会形式にて運営。2008年度は、前年と同じくシアトリカル應典院、ウイングフィールド、精華小劇場の3会場で開催。参加校は昨年を上回り、22団体24校(2団体が合同公演)にのぼった。2009年に向け、準備を進める中、協力劇場ウイングフィールドの「閉館」の情報が入ったものの、
多くの演劇人の圧倒的な支持と支援の声にウイングフィールドは継続の方向に向かった。HPFにも協力劇場として引き続き関係の維持が決定している。

Interview「場」
平田オリザさん (劇作家・演出家)

2006年の大阪大学への着任から2年、駅に劇場ができた。
コミュニケーションデザイン・センター教授として、
「作品」と場所との関係性にこそ、対話の意義を見いだす。

このところの関心は、まちのあちこちに劇場をつくることですね。言わばゲリラ戦ですが、実はこういうことは得意なんです。最近では、大阪大学の仕事として、京阪電車のなにわ橋駅に「アートエリアB 1 」という常設のカフェと劇場空間をつくりました。大阪では異色の組合せと思われているようです。

私は劇作家だけでなく演出家もあり、何かと何かを組み合わせるプロデューサーでもある。舞台では特に「ひと」と「場」をかけあわせるわけですが、その際にはどれだけ意表をついていても、でき
た後には当たり前になっていることが重要です。つまり、ただ目新しいだけではダメなんです。「なぜこれに今まで気づかなかったのか」と改めて感じてもらえるような、パラダイムを変える取り組みこそが大事です。

お寺も同じではないでしょうか?97年の舞台芸術祭「space×drama」から應典院には関わらせていただいています。当時は演劇ワークショップに市民権がない時代でしたが、新しいお寺を作ろうとする秋田住職とのあいだで、時代の波長が合ったんでしょう。

とかく、場所を持つと、保守的な考えが入りがちです。しかし、知らない人と出会うこと、さらには世代交代をすること、それらを意識してお寺という場所を創造している應典院は、充分にパラダイ
ムを変える取り組みになっていると思っています。

應典院の再建から10年、2007年には「若い演劇人のための基礎講座」の会場としてお世話になりました。大阪の演劇界を見つめて「悪い洗練のされ方」をしてきたとも感じました。私にも少し責
任があるのかもしれませんが、アートマネジメントの知識だけが先に進んでいるように思える。もちろん、知識でクールに考えることも大事ですが、精神面との両立をすべきです。芸術は、希望や欲望をぶつけていって、ぶつけた相手とのあいだで生まれる矛盾から、価値を創造していかなければなりません。

今の日本は、希望が持ちにくい国になっています。かつ、空気を読んでぶつかり合いを回避する習慣が強い。大阪大学では、欲望のかたまりのようなアーティストに触れる機会を学生たちに作っていたいわけです。そうした経験から、何となく何かをするのではなく、自らの欲望のかたちをはっきりさせた上で一人ひとりが出会い、切れたりあきらめたりしない対話の体力をつけていって欲しいと思っています。その体力こそがコミュニケーション能力です。

現代のコミュニケーションにおいて重要となるのは対話の場所です。そして対話を通じて、新しい語彙を得ることが大切です。対話の場所として應典院が活かされているのは、そもそもお寺が日常会話では使わない言葉を得る場所であったからでしょう。長年連れ添った夫婦等が、日々のコミュニケーションでは使わない言葉で先祖のことなどを考える、という具合にです。

ただ、應典院はお寺であると同時に、劇場でもあります。であれば、劇場として應典院がお客さんを持ち、お客さんが楽しめるよう、多くの人が「これは應典院でつくられた」と思える作品を作らねばなりません。應典院とは、どんな作品が作られるべき場か、より深く考えていくといいでしょう。大学が劇場を持つ時代、アートを通じて場所の再生が続くといいですね。

編集後記〈アトセツ〉

今月号のインタビューは、読者の多くの方がご存じであろう、平田オリザ氏であった。10月15日、應典院・應典院寺町倶楽部とのあいだで学術協定を締結している同志社大学の施設にて行う一つの理由には、同志社大学よりインターンをしていた学生も同席し、教育の一環に位置づけたということもある。1時間程度の約束であったが、インターン学生を含めて3人からのインタビューは白熱し、気づけば1時間半近くの時間を割いていただくことになった。

人は出会いから学び、学ぶ過程の中で多くの気づきを得る。個人的な印象で恐縮だが、私はインタビューを通じて「ロイヤリティー」という観点を学び、その過程で、自らの役割や価値を適切に「見つめる」ことの大切さに改めて気づいた。端的に言えば、平田氏が大阪大学の職を持っていることに極めて忠実かつ誠実なことと、雇われた以上の成果を生み出すべく考え実践していることに、圧倒されたのだ。

恥ずかしながら、私はこれまで「loyalty」と「royalty」を混同していた。前者は今回のインタビューで出てきた「誠実さ」などを意味するのに対し、後者は「著作権使用料」などを指す。混同していた要因をメディアに転嫁するつもりは毛頭無いが、私はカタカナ言葉の「ロイヤリティー」を、コンテンツビジネス等の文脈で頻繁に聞いてきたように思う。この、同音異義の言葉どうしに見られる意味の違いから、現代を適切に見つめたい、と考えた。(編)

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