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コラム

KMA2016REVIEW 弘田陽介

弘田陽介(大阪総合保育大学准教授/「いっしょにうごいてあそぼう」ゲスト)


2013年春の、秋田光彦住職との「何かおもしろいことやりましょうよ」という、ふとした会話から始まったキッズ・ミート・アート(以下KMA)。始めるにあたって、「コンセプトをお願いします」と言われて、芸も術もない私は、とりあえず昔とった杵柄の哲学・美学・教育学からいろいろとひねり出してみた。「一般的に幼稚園や保育所でやっているような教育的なアートではなくて、もうちょっと大人向けなんだけど大人も消化出来なくて、子どもならどう見るかな、どう体験するのかなっていうのをやってみたいんですよ。ラテン語のインファンスというのは、『言葉をもたない者』と『幼児』という両義的な言葉で、今回やってみたいのはそういう両義的なアートなんですよ。」というようなことを、應典院の齋藤佳津子さんと小林瑠音さんに話していたような気がする。お二人ともきっと内心、「この哲学の先生はあまり当てにならないな」と思われていたことだろう。私自身もこの時点では何も考えていなかったのだが、2年間続けてみて実にこの辺りの曖昧模糊としてコンセプトのようなものが、曖昧なまま具体化したという印象をもっている。

その2013年の夏、台風が過ぎ去った後に行われたKMAは二日間に亘り、いくつものプログラムが同時進行で、しかもまったく順路が示されない巨大博物館といった面持ちで、アーティストも参加者もいろいろな意味で圧倒されたはずだ。私自身も複数のプログラムを出たり入ったりしながら、これを子どもたちはどう受け取るのだろうといったことを考える余裕もないまま、最終のアーティストトークの時間となった。最後に発起者として紹介されて、マイクが回ってきたが、思わぬことを口走ってしまうことになる。「個人的には、うちの子どもたちのためにこんなアートがあればいいなって思って、始めました。」こんなあらぬことを口走ってしまい少し後悔した。というのも、自分の子どものために本当にそんなプログラムを用意したかというとまったくの嘘であり、実際にこういうイベントは「誰のためにもならないのではないか」という軽い疑念にさえ囚われていた。その晩は、いろいろな方と話をしながらも、このような疑念を胸に抱えて痛飲した。

そして、2014年には7月と11月に2つの単発イベントをKMAとして行った。三好季美子さんとBOMさんによる服飾・アクセサリー製作ワークショップは、子どもたち、特に4,5歳から小学校低学年くらいの女子の心を掴んだようで二回とも、参加者には喜んでもらえたと思う。その後、2013から2014の開催を踏まえて、2015年5月、名古屋での日本保育学会の自主シンポジウム企画「アートと子どもの出会いとすれ違い―保育におけるアートと保育の外におけるアート―」において、このKMAについて発表を行った。実際にこのイベントの概要については小林さん、そしてイベントを支える應典院については齋藤さんが発表した。私の発表内容は以下のスライド(図1)に集約されるが、生命を賛美し生活を高める幼稚園教育・保育と、そのような生の世界から一旦離脱するアートの交じり合いこそが、KMAの核心であるというような話をしていた。

図1 日本保育学会発表資料


話をしながら、私の心の中の裂け目から何やらもぞもぞ囁く声が聞こえてくる。
「お前、本当は、子どもとアートなんて憎んでいるだろ?」
この囁き声は、保育現場でアート実践を行なっておられるフロアーの参加者と質疑応答する中でどんどん大きくなってくる。
「そういえばお前は、小さい時、絵画教室に通っていたよな。あれはどうだったんだ?」
というところで、幼児期からの私とアートなるもののつながりを思い出したような気がした。幼稚園に通っていた頃、夕方近くの絵画教室に行っていた。どんな絵を描いていたのかは覚えていないが、主宰の先生が「親知らずが痛くて・・・」なんて話を近所のおばさんと立ち話をしていたのが記憶に残っている。結構、その絵画教室は役に立ったようで、小学校時は授業で絵を描けば展覧会に出展、そして展覧会で入賞といったことが何度もあった。ある時は私が作っていた作品に母親が最後に一ひねりを加えた。私は不本意だったが、仕方なくそれを学校に持っていった。すると普段褒めない先生までもその最後の一ひねりを賞賛した。
「とりあえず褒められているからいいか。」
またこんなこともあった。小学校6年生の秋の大阪・中之島での写生大会で、皆が好んで描くレンガ造りの中央公会堂をわざと外して、モノトーンの府立図書館を選んで描いたところ、初めてクラスの出展権を他の如才ない優等生に奪われたことも、この時思い出した。「あぁーやっぱり中央公会堂描いとけばよかったか」と思うと同時に、人々の趣味に左右されるアートなるものの本質を知った気がする。

教育の場はいろんな記憶を子どもに刻み込む。よい記憶もあれば悪い記憶もある。いや、心の傷と呼ばれる悪い記憶こそフローせず、刻み込まれる。KMAという場もまた同じではないか。そんなことを2013年の夏からずっと心の内では考えていたのかもしれない。2015年には、さらに規模を大きくして、KMAが行なわれた。2013年にも増して複雑度は上がり、参加者の期待度も上がっていたように思われる。その場で意味はわからずとも、アートは子どもたちに容赦なく傷をつけていく。その傷口からアートは生まれる。しかし、子どもたちはタフだ。傷も傷とは思っていない。それはまだ十分に言葉をもたないインファンスならではの特権だろう。でも、言葉を持ちえた時、その記憶はふっと蘇るだろう。その記憶は、子どもたちの心の中で爆裂すればよいのだと思う。アーティストとは、そんな記憶が心の中で狂い咲き、身体で表現の術を得た大人たちのことを指すのだろう。社会のコンプライアンスも、全てを成果で測定する流行の教育経済学も関係ない。子どもにとっては「底の見えない底なし沼」、大人にとっては「底が丸見えだが足をつけると抜けられない底なし沼」。キッズ・ミート・アート2015を経て、少しは私もタフになったのだろうか。

 <執筆者プロフィール>
弘田陽介(ひろたようすけ)
大阪総合保育大学准教授。専門はドイツ教育思想、実践的身体教育論(整体、武術、プロレスなど)、子どもと保育のメディア論(アートや鉄道趣味など)。

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