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サリュ 第96号2015年3・4月号

目次

巻頭言
レポート「コモンズフェスタ2015」
コラム 大熊隆太郎さん(劇団壱劇屋 主宰)
インタビュー 納谷衣美さん(アレクサンダー・テクニーク教師、グラフィック・デザイナー)
アトセツ

冒頭文

道を修める生活にとって大事なことは、両極端にとらわれず、常に中道を歩むことである。『雑阿含経』より

report「記」 区切りを迎える中で
いのちと宗教を結んでいく

「集大成」、同時に「問い直し」

アートとNPOの総合芸術文化祭「コモンズフェスタ」は應典院の再建翌年、1998年に始まりました。途中2年間、秋田光彦住職(当時は應典院主幹・應典院寺町倶楽部事務局長)の大病などにより休会しましたが、長く続く事業の一つです。そして2007年度に開催時期を秋から冬へと移して以来、何らかの形で阪神・淡路大震災への追悼の思いを重ねた企画を実施してきています。また2011年度は、東日本大震災から1年を迎えた3月に実施いたしました。
今回は、阪神・淡路大震災から20年を迎える中での開催となりました。2012年度以降、開始当初への原点回帰として、実行委員会形式で検討を重ねるとしたこともあり、委員一同はいかに20年を迎えるのか、夏からほぼ毎月の頻度で集まり、議論をしてきました。その結果、展示2つ、トーク4つ、ワークショップ8つ、舞台芸術3つ(演劇2・朗読劇1)、映画1つと、計18の企画にまとまりました。会期中に開催された関連企画も加えれば、その数は20を越えました。
コモンズフェスタには毎年統一テーマが掲げられています。今年度は「記憶の塗り絵:家族と社会をめぐる20のドリル」となりました。最初にテーマがあるのではなく、個々の企画が出来上がってから、それらを包み込む、あるいは束ねる、もしくは串指すような名前をつけていくようにしています。震災20年、今年度に重点を置いてきた「当事者研究」、それらを踏まえ「あの日の記憶をそれぞれに思うことで描き出される塗り絵、それは次に直面する困難な状況に対応する際、大きな手がかりとなるだろう」、そう捉えた結果です。こうしてコモンズフェスタはその年の應典院の活動の集大成となると同時に、次への問いを深める場となるのです。

わかりにくさが鍵になる

今回の18の企画名をなぞるだけでも、お祭りの賑わいを見出せるでしょう。個々の企画の内容は應典院のホームページに掲載のコラムを参照いただくとして、ここでは企画全般の共通点から、その意味を見出すことにしましょう。なぜならコモンズフェスタとは、文字通り知識や資源を共有するお祭りなのです。果たして震災20年で共有されたものとは何でしょうか。
結論を先取りするなら、今年は例年にも増して、固定観念をずらす技法と言葉を得ることができました。「母娘の共依存」という重い課題を共にしながら朗らかに語り合う、プロジェクションマッピングによって生まれる自分の残像を白い紙に写し取る、誰かが撮影した写真に解説をつける、地震の象徴として語られるナマズを食べて供養する、犯罪加害者家族を取材した本の内容を朗読を通じて理解する、こうした場が18以上生まれたのです。最早、それらがどういう目的で、誰に何をしたことになるのか、説明をする方がナンセンスだと思われるでしょう。32日間、お寺が祝祭空間となりました。
お祭り後の1月末、衝撃的な報道が駆け巡りました。イスラム過激派による人質殺害事件です。阪神・淡路大震災から20年ゆえに、オウム真理教事件からも20年を迎えました。いのちと宗教を巡る来年度への問いが突きつけられたように感じてやみません。

小レポート

「あの日」から20年、
「その街」へ、共に…。

阪神・淡路大震災から20年を迎える1月16日から17日にかけて、「あの街へともに」と題した企画を実施しました。阪神・淡路大震災から15年の折に制作された映画『その街のこども 劇場版』上映とトーク、そしてナイトウォークを組み合わせたものです。トークのゲストには、5年前の1月17日に開催の寺子屋トーク第57回「+socialの編集者たちが語る~思いをつなぐしくみ・地域に根ざすしかけ~」に登壇いただいた深尾昌峰さん、そして應典院の秋田光彦住職を迎えました。
劇中では2人の若者が震災当時を想い起こしつつ、神戸市役所横の公園での「追悼のつどい」へ夜通し歩きます。これを受け「巡礼だ」(秋田住職)、「グローバリゼーションへの抗いが盛り込まれている」(深尾さん)等、現在の視点から内容を紐解きました。その後9名が実際に阪神西宮駅から4時間かけて「追悼のつどい」へと歩き、20年に思いを馳せました。

小レポート

space×drama2015始動

2015年4月から6月に開催される應典院舞台芸術祭space×drama2015に向けて、参加劇団による制作者会議が着々と進んでおります。
今年は、旗揚げ25年「浪花グランドロマン」、コントを得意とする「努力クラブ」、再スタートを切った「無名劇団」、時事ネタが特徴の「笑の内閣」、特別招致劇団「南河内万歳一座」、そして協働プロデュース劇団に選ばれた「がっかりアバター」の6劇団が参加します。会議では演劇祭をどのように盛り上げていくかが議論され、従来の広報宣伝に加え、劇団紹介などを事前にUstreamで配信する予定となりました。

小レポート

ニッポン宗教の潮流を振り返る

1月20日(火)、コモンズフェスタ2015「1995―2015 ニッポン宗教、死と再生の20年~お寺Meeting特別編~」を應典院本堂ホールにて開催いたしました。
應典院住職の秋田光彦に加え、大阪大学の稲場圭信さん、相愛大学の釈徹宗さん、浄土宗総合研究所の今岡達雄さんをお迎えし、この20年を象徴するキーワードを提示していただきました。後半は、「宗教者がどのような立場で公共的実践を行うべきか」という点などをめぐり、応答が交わされました。日本宗教の変遷と展望が、会場を巻き込みつつ4時間に亘り語られました。

コラム「透」

子どもと創る演劇

コモンズフェスタ2015、キッズ・ミート・アート連携企画として、1月12日に開催した「透明な世界であそぼう!~子どものための演劇ワークショップ~」の講師を担当しました。これまで、大人むけのワークショップや、子どもむけの盆踊りの振り付けをしたことはありましたが、子どもたちと一緒に演劇ワーク、小作品づくりをしたのは我々にとっても初めての試みでした。
今回の子どものためのワークショップでは、我々が普段から得意としている、小道具とパントマイムを利用した、想像力を刺激する表現で、子どもたちにむけてアプローチができないかとお声掛けいただきました。子どもたちの自由な発想を邪魔しないように、かつ助長するように、そしてなにより自分たちが子どもなら、「このワークを小さい時に体験してよかった。学校では習えない内容だった」と後からぼんやりとでも思えるものになればいいなと思い、企画に臨みました。
当日は先ず映像や本では得られない表現を体感してほしくて、私たちの舞台ならではのパフォーマンスを見てもらった後、パントマイムゲームとゴムひもを使った簡単なゲームを行いました。印象的だったのはジェスチャーゲームで、我々が飛行機やメガネなど具象のジェスチャーを渡すのに対し、子供たちは水や電気といった流動体や無機物を表現したがったことです。そういった発想が出てきただけでもやって良かったと思いました。
後半の作品作りでも、ゴムひもで見えない壁をつくったり、波を表したり、ジャングルをつくったり・・・そういった目にみえない「透明な世界」を身体全体を使って表現することで、他人との間にコミュニケーションが生まれていたと思います。こういったイメージのキャッチボールを通して、子どもたちの中に新しいものの見方が芽生えていればと願います。

大熊隆太郎(劇団壱劇屋 主宰)

劇団壱劇屋主宰。高校の演劇部で演劇に出会い、3年生時、主演を務めた作品で全国大会出場。2008年より劇団壱劇屋の脚本・演出・振付を務め、全公演に出演。年に3~4本の作品を上演しながらイベントや客演、ワークショップ講師と精力的に活動。独自にパントマイムを研究し、身体表現も出来る俳優として様々な舞台に出演。ちちんぷいぷい『ぷぷぷのおばけ音頭』振付。京都でロングラン公演中の『ギア』レギュラー出演中。劇団壱劇屋としてDANCE COMPLEX 2008審査員特別賞。ロクソドンタフェスティバル2010優勝。應典院舞台芸術祭space×drama2012優秀劇団。

interview「変」

納谷衣美さん(アレクサンダー・テクニーク教師、グラフィック・デザイナー)

コモンズフェスタでは女性のためのワークショップを開催。
私たちの習慣を見つめなおす、
アレクサンダー・テクニークの世界を訪ねる。

1月18日(日)、研修室Bにてコモンズフェスタ2015「おんなのからだで考える~アレクサンダー・テクニーク」が開催された。「女性限定」ということでも注目を集めた当企画。コモンズフェスタのちらしデザインも担当されている納谷衣美さんから、アレクサンダー・テクニークとは何か、そして企画を終えた現在の心境を伺った。
「約130年前にフレデリック・マサイアス・アレクサンダーさんが創始したワークで、じぶんの習慣を扱うのですが、他者や世界との関係性のなかで自分自身を観る点が特徴です。間違った習慣を矯正して理想的な型に収めることが目的ではなく、コミュニケーションやからだの痛みの改善、役者や音楽家のパフォーマンスの向上など、その人自身の課題に則した動き方ができるように変化を促していきます。教師である私は、あくまでも方向を示すだけ。新たな習慣の形はその人自身が創造するものですし、その探求は日々の生活のなかで実践可能です。」
アレクサンダー・テクニークとの出会いは、憧れのダンサーから「NYでレッスンを受けた」と聞いたことがきっかけだった。「京都で、ブルース・ファートマンという先生のワークショップに出て、これは私が長くやると良いものだと直感し、その日のうちに教師になることを決めました。私が習い始めた90年代に日本人の教師はほとんどおらず、この20年で増えてはきたものの、日本人のからだで日本語を用いてどう教えていくのかという意味では、まだこれから発展してゆくものだと思っています。」
今回なぜ女性限定の企画にしたのかについては、次のような経緯があった。「女性だけでないと表に出せないことは多いですしね。おんなの人のからだって変化の幅が大きくて、それに合わせて人生も変化していく。『変化をしなやかに受け止めて、よくやっているなぁ』と前から思っていて(笑)。いわゆる『女』とか『母親』とか、おんなの人に付けられる肩書き全てを脱ぎ捨てた『生きものとしてのおんな』に興味がありました。今回のコモンズフェスタでは胎内や母子の関係を扱うものがあると聞いて、私も女性にまつわるテーマで参加してみようかと。」
應典院でのワークショップで、場に備わっている力を強く感じた。「もともとオープンに人を受け入れておられるお寺ですが、同時にクローズドに、親密に、静かに、自分と向き合うことができる空間だと感じました。一方的に教える/教えられる関係ではない学びの場があることは、お寺の本来の役割という気がします。場の力によって参加者のモードも切り替わり、じぶんの変化に対する興味が尽きないようでした。」
20年にわたって続けているアレクサンダー・テクニークの魅力を、端的にこう話してくれた。「からだの習慣の変化とともに、こころの有り様まで変わってゆく人の姿を見ると、本当に感動します。最初から答えが私の中にあるものではなく、その人の中にあるものでもない、二人のあいだに生まれてくる何かを目の当たりにする瞬間が楽しみです。そして、同じ相手であっても別のタイミングで出会えば、また新しい何かが生まれてくる。若い頃は『人は変わらない』と思っていましたが、今は『人は変わるし、変わってゆくしかない生きものかもしれない』と思うようになりました。」

〈アトセツ〉

1月の下旬、Islamic Stateを名乗る過激派集団が日本の人質を殺害した、とされた。最初は身代金を、その期限が切れると人質交換をと、要求は変えられた。しかし、湯川遥菜さんにつづいて後藤健二さん、さらにヨルダン軍パイロットのムアーズ・カサースベさんも殺害されたと報道された。その後、ヨルダンで収監中のサジダ・リシャウィ死刑囚には刑が執行された。
そんな中、Islamic Stateを「イスラム国」と呼ばないようにしよう、という動きが二つの文脈から出た。一つは「国家ではない」という見地である。領域と民族とを統合させて国として成立させる、近代以降の「国民国家」とは異なる形態であるためだ。もう一つは、「イスラムの教えに反する行いであり、イスラムを名乗るのは不当だ」とするムスリムの方々の主張である。
これらのニュースが流れる前の1月20日、「ニッポン宗教、死と再生の20年」と題した企画が應典院で行われた。コモンズフェスタの一環で、である。阪神・淡路大震災とオウム真理教事件を経て、いのちの文化はどう育まれてきたのかを探るものであった。そこで登壇者の一人、釈徹宗先生が掲げたキーワードの一つがイスラムであった。
報道は新たな情報を重ね続けてくる。日本人2名は秋頃に誘拐されており、ヨルダン軍パイロットは1月3日に焼殺されていたという。多くの無知を実感しつつ、関心を向け続けねばと痛感する今、ささやかな場を設け、重ねていきたい。
(編)

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