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2018/5/28 主幹コラム:「終活仏教」の誕生?~智慧と慈悲のあいだをつなぐ~

すでにお伝えしています通り、6月19日(火)から浄土宗應典院にて「おてら終活カフェ」をはじめることとなりました。

今回の企画は、お寺で「人生の終わり」について緩やかに考えてみる場。ゲストをお迎えして、「終活」についてざっくばらんに語り合います。宗教者のみならず、應典院の若手職員たちが中心となって、終活事業としての試みを今後も展開していく予定です。どうぞご注目いただけたらありがたいです。(詳細は、https://www.outenin.com/article/article-11285/

松尾剛次さんの『葬式仏教の誕生―中世の仏教革命』(平凡社)によれば、葬式仏教は日本人の死穢感を根底から覆す革命として、まごうことなき仏教者の実践として、鎌倉時代ごろに誕生したとされています。それまで死者は穢れたものとして仏教者が弔うことも避けられており、疫病や戦災による大量の遺体は河原などに遺棄されていました。当時の仏教僧は基本的に政治権力と結びついた官僚僧で、死穢によって国の儀礼に参加できなくなることを恐れたのです。そんな中、慈悲の実践のために穢れのタブーをあえて犯し、死者供養を行う遁世僧(官僚身分を捨てた私僧)の登場は革命的でした。そうして供養する僧侶が現れてはじめて、現在の私たちが親しんでいる「仏教的な死生観」が次第に創造されていったのです。

それから長い年月が経った今、現在の葬式仏教と、例えばテーラワーダ仏教のヴィパッサナー瞑想や禅宗による座禅など、若い人たちを中心に熱い注目をあびている「生きる智慧」としての仏教とは、完全に乖離したものとして見られることがほとんどです。かつて革命的な意義を担った葬式仏教は、江戸時代以降の檀家制度の内ですっかり形骸化した面もあり、メディアでは「坊主、丸儲け」だとして否定的に語られることもあります。現代日本においては、今まさに「仏教的な死生観」が疑問に付されているのだと言えるでしょう。とはいえ上に述べたように、本来の葬式仏教と「生きる智慧」としての仏教とは、決して対立するものではなかったと思われます。むしろ、智慧と慈悲を兼ね備えることが仏教の目指すところだとすれば、この二つはいずれも欠かせない契機であるはずです。

いま應典院で、そして日本のさまざまな寺院で、同時多発的に終活に着目する動きが見られます。生前から人生の終わりを視野に入れて「いかに生きるのか」を見つめようとするこうした動きは、いわば「終活仏教」とでも呼ぶことのできる試みなのかもしれません。個人の意見ですが、それは各人のエンディングに対するニーズを受容するだけでなく、ときには死生観を問い直しながら「いかに生きるのか」を共に探究するものとなるべきなのでしょう。そして、宗教者はその媒介としては必要かもしれませんが、主役にはなりようがない。「終活仏教」の実践は、あくまで自らの生や死と向き合う一人ひとりが行うのです。

「終活仏教」が、生きる智慧としての仏教と葬式仏教のあいだをつなぐ、ミッシングリンクになりえるのかどうか。微力ながら、私たち應典院も懸命に取り組んでまいります。

人物(五十音順)

秋田光軌
(浄土宗應典院主幹、浄土宗大蓮寺副住職)