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サリュ 第100号2015年11・12月号

目次

巻頭言
レポート「キッズ・ミート・アート2015」
コラム 堀祥子さん(名古屋女子大学文学部講師)
インタビュー 野村誠さん(作曲家)
アトセツ

冒頭文

つくりあげられたものは、滅びてゆく。あなたがたは、熱烈に、なすべきことを完成しなさい。『パリニッバーナ』より

report「会」子どもの創造からの発見
色とりどりの表現に触れて

子どもとアートとの出会い

去る8月29・30日、「キッズ・ミート・アート2015」が應典院を中心として開催され、延べ500名以上のおとなと子どもたちが参加する取り組みとなりました。この「キッズ・ミート・アート」(以下KMA)は、かねてよりパドマ幼稚園とのご縁があった、城南学園の弘田陽介先生からの呼びかけで2013年に開催したことがきっかけです。今年も初年度と同じく、城南学園、パドマ幼稚園、應典院寺町倶楽部の三者連携による、地域開放型の企画として開催いたしました。
2013年度から今年度までの3年間を振り返ると、初年度のKMAでは、「ようこそ!表現の道具箱へ」という副題の通り、道具箱を床いっぱいに広げ、子どもと親が一緒に作ったり音楽を楽しんだりしながら、子どもがアートに出会う意味を我々が探す一年となりました。2年目の2014年度は、前年度に探した意味を丁寧に繋ぎ合わせ、現代美術の作家たちと共に創り上げた演劇、絵画、クラフトの小規模なワークショップを年間通じて計5回実施しました。その際、幼稚園内と城南学園が地域活動の拠点としている駒川商店街とで開催し、一連の過程をアーティストとスタッフが深く観察することといたしました。このように、初年度に子どもがアートに触れる意味を探し、それらを更なる企画に発展させた翌年、今年はそれらの価値を確かめる年となりました。

無限で夢幻な子どもの力

アートに触れる子どもたちは、言葉にならないものを各々の形で表そうとします。KMAでは1歳から9歳まで、つまり「ひとつからここのつ」まで、「つ」の付く年齢の子どもたちが中心です。しかし、今年は親を越えた地域のおとなも単身で参加いただくこととしました。無限のエネルギーを爆発させ、夢幻の世界に触れる子どもたちの渦におとなたちが巻き込まれ、子どもたちが浸る世界をおとなも追体験できるよう工夫しました。
無限の力で触れる夢幻の世界がどういうものか、言葉で表現してみましょう。水で書く書道、大きな絵巻に墨で描く絵画など「描く/書く」、糸紡ぎから行う織りのクラフト、水粘土で創る彫刻、下を向いた歩く指人形を作る工作など「作る/創る」、お寺にある仏具と声で奏でる音楽、言葉に様々な感情をのせる演劇、絵本から生まれる対話、レース鳩を飛ばしてみるワークと、飛べなくなったレース鳩のこれからを考える対話など「声/音/言葉/対話」、親子で「からだ」を考えるワーク、大豆ミートで作られたから揚げと外国産ノンアルコールビールでおとなが一息つく六地蔵前食堂など「身体/食」、これらの世界がパドマ幼稚園と應典院に生まれました。今年のテーマ「いろがうごく、ことばがざらつく、おとがみえる」のとおり、ひと捻りもふた捻りも加えた場に、子どもとおとなの感性が共に輝きました。そして、多彩なプログラムは野村誠さんの音楽会で締めくくられました。
野村さんによる「ノムさんのスッポコペー音楽会」では、馴染みの打楽器を大勢の参加者が手にし、野村さんのピアノを中心に、年齢や性別を越えて、おとな・子どもが一体となる壮大な空間になりました。KMAは今後も関連企画が続き、10月17日に幼稚園の砂場での対話のワークショップを行い、その内容はコモンズフェスタ2016にて映像展示が行われる予定です。子どもとアートの世界から生まれる意味をこれからも丁寧に探って参ります。

小レポート

分かち合いで広げる
情報・発想・人脈

今年もまた、総合芸術文化祭「コモンズフェスタ」の企画が進められています。発端は應典院が再建された翌年、ある写真展の企画が持ち込まれたことでした。その結果、写真展開催にあわせて複数の企画が同時期に開催されることになりました。その翌年、1999年も同じように実行委員会形式で企画運営がなされましたが、2000年から2003年までは外部からプロデューサーを招き、企画調整が進められることとなりました。
その後、2年間の休会の後、2006年度からは事務局主導での実施でしたが、再び2012年度より実行委員会形式での企画運営となっています。先般、98年度の実行委員会の橋本義郎代表に当時の映像をお持ちいただき、懐かしんでいます。あれから18年。今年もまた8月より月1回の頻度で集まっています。互いの情報、発想、人脈を持ち寄り立案中の「コモンズ」つまり「共有の財産」の分かち合いの場、ご期待ください。

小レポート

まちと子どもと死生観

コモンズフェスタ2016展示作品の公開制作と上映会が、10月17日にパドマ幼稚園で開催されました。今年度の招聘作家である演出家の武田力さんによる今回の作品「そらには、やんわり、うかんでる」は、与えられた質問を手がかりに、子どもたちの語りと砂遊びの様子から、「まち」と「子ども」と「死生観」を紐解くプログラムです。
映像作家の川村麻純さんにもご協力いただき、前半は子どもたちを被写体にした撮影を、後半はその映像の上映会を実施し、おとなの方も交えたトークを行いました。今回の映像は1月9日から始まる展覧会で上映いたします。

小レポート

次世代に伝えるメッセージ

第2回大阪短編学生演劇祭が9月26、27日に開催され、大学生による4劇団と精華高校演劇部の合計5団体が参加しました。上演時間を30分に変更した事で、短い時間に織りなされる物語は、非常にシンプルなストーリー展開となりましたが、それぞれに個性を感じさせる作品群でした。
今年から應典院寺町倶楽部が共催として加わり、審査員が昨年より増えたことで、作品に対して多くの意見が上がりました。中には厳しいコメントもありましたが、若い次世代の成長につながればと願っています。最優秀賞には「劇団かまとと小町」が選ばれました。

コラム「源」

アートは地域の資源

子どもにとって、非日常な場で出会うアーティストは、異界からの客人の様な存在なのでは?應典院寺町倶楽部のそんな思いと実践例を伺ったのは、今年5月に開催された日本保育学会のシンポジウム会場でした。死を見据えながら生を問いなおす、檀家を持たない一風変わったお寺で開催された「キッズ・ミート・アート2015」にご縁を頂き、足を運びました。
子どもたちのエネルギーは会場の隅々まで満ちていて、圧倒される場面が続出。ラストの野村誠さんの音楽ワークショップでは、その場にいる全員がのびのびと感性と身体をひらいて、一つに融けて大きなうねりとなったのを感じ、涙が出そうになりました。時間と場と創作活動を存分に遊び切る子どもたちの、言葉や行動の拡散と収束、または収束しないことも含めて、私も興味深い時間を共有することが出来ました。
日常と非日常の混ざりあう、いわば気水域にアートを置くことで、感性はきらめく光と水しぶきとなって表れては消えていく。子どもたちの本能はその美しさに気づき、遊びを何度も繰り返し、確かめ、味わおうとする。その心の柔らかさと力強さからは、現代社会の様相に対して既存の価値観や常識にとらわれることなく、創造的に立ち向かうエネルギー源となる可能性と希望を感じます。
近年、限られた物や場所を消費するだけの一過性の地域活性ではなく、そこに暮らす人々の日常こそ、その土地の最大無限の魅力的な資源であることに気付き始めた人たちが、小規模体験交流型プログラムを多数、短期間に開催するオンパクという手法を編み出し、地域再生の手段として各地で行っています。大阪の寺町ではアートという資源が地域を育て、そこで育つ人が地域のかけがえのない「たからもの」となり、また新たなアートが生まれる。そんな素敵な循環が確かに存在することを、多くの人に知ってもらいたいと心から願います。

堀祥子(名古屋女子大学文学部講師)

1974年岐阜県生まれ。多摩美術大学美術学部彫刻科卒業、岐阜大学大学院で美術教育学及び幼児の造形を研究する。短大非常勤講師などを経て、2012年より現職。保育士及び教員養成に関わりながら、「手仕事とアート」をテーマに親子向け造形ワークショップや講演などを、東海地方を中心に学校や児童館および博物館等で行っている。また、地元岐阜にて開催される着地型観光イベント「長良川おんぱく」では、パートナーとしてプログラムを提供し、まちづくりにも携わっている。

interview「音」

野村誠さん(作曲家)

音楽の概念を更新しつづける作曲家が、
これまで歩んできた道程を振り返る。
なんと、次なるチャレンジは中国語!?

ライブやワークショップのみならず、NHK「あいのて」出演や日本センチュリー交響楽団コミュニティプログラムディレクターなど、多方面で活躍されている作曲家・野村誠さん。キッズ・ミート・アート2015(以下KMA)ではパドマ幼稚園を会場にして、野村さんを中心に広がる即興音楽の渦に誰もが惹き込まれた。音楽の力で多くの人を揺り動かす、そのエネルギーの源について伺った。
「小学校三年生の時、ピアノの先生にバルトークの音楽を聞かせてもらいました。バルトークは100年前のハンガリーの作曲家で、周縁の地方の民謡を採集し、作曲に応用した人です。自分もこんな音楽がしたいと影響されて、勝手に作曲をはじめていました。高校生になり、音大受験のためにある先生に会いに行ったのですが、『先生に直されたことをそのまま直してたら一流にはなれない』と言われ、だったら独学でやろうと音大には進学しませんでした。」
その後、大学で結成したバンドのCDデビューを経て、1994年に単身イギリスに滞在する。「バブル期のクレイジーな音楽業界を見てうんざりしたんです(笑)。その頃から子どもと音楽がしたいという構想はありましたが、当時の日本でそんなことをやれる環境はなかった。一方、イギリスでは学校での音楽教育が全盛で、それで食べている音楽家がたくさんいたんです。ただ実際行ってみたら、過去にやったものの焼きなおしで、半分死んでいる現場もありました。これをやれば音楽教育として形になるというだけで、誰もそこに喜びや驚きを持っていない。そんな中で、僕も子どもたちに曲を書いたり、本当に面白いと思うことを試みていました。」
帰国後、国内で子どもとのワークショップを本格的に展開しはじめる。「NPO『芸術家と子どもたち』を立ち上げて、最初に授業の場でやらせてもらったのが2000年です。その時はよほど珍しかったのか、120人も見学者が来ました。ここ15年で、日本も以前のイギリスの雰囲気に近づいてきましたね。僕自身は、音楽を通して新しいものが生まれてくる場に立ち会いたいという想いがあります。子どもがどんな音を出すか、これから何が起きるのか分からない。そこに一緒に立ち会うことは、すごく素敵なことだと思っています。」
KMAについては、さらなる可能性を感じるという。「今回やってみて分かったのは、あんなに幼稚園の先生が参加してくれるんだということ。皆さん、楽しみにしてました!と言ってくれるし。事前に先生たちと準備しておけば、子どもたちが先生と一緒に演奏する演目もつくれますし、別の枠でチームごとに楽器をつくることもできる。KMAの他企画はあまり見れなかったですが、声明ワークショップも面白かったですね。ほとんど説明もないのに、参加者が歌っていて(笑)。」
最後に今後挑戦したいことを伺ったところ、意外な答えが返ってきた。「今は中国語を勉強したいと思っています。中国の人を悪く思わせる情報が、日本の色んなところにある気がしていて。アートをやっている人間として、世間のおかしな風向きとは逆に進みたいと思っています。観光に来ている人と会ったら、一言でも話しかけたい。中国語ってとても音楽的じゃないですか。その感性を作曲に取り入れていきたいです。」

〈アトセツ〉

「砂嵐」と聞いて何を想像されるだろう。先般、テレビのアナログ放送終了を想い起こす機会があった。2011年7月に東北地方を除き地上デジタル化された今、もう放送が受像されないときに現れた、あの「ザー」という画面を見ることは稀となった。ともあれ、あれを「砂嵐」と呼んだ人の感覚を素敵に思う。
時代の変化は細かな表現にも変化を及ぼす。VHS方式などテープが録画の主力だった頃の機械には「巻き戻し」と呼んでいたスイッチは、今や「早戻し」である。つい先日「なぜ写真は枚という単位で数えるのか」を疑問に思う人がいるという記事を目にした。確かにデジタルカメラ全盛の今、焼き増しという概念も含め、紙を数える感覚は伴わなくて当然なのだろう。
秋から冬へと開催時期を変えたコモンズフェスタの企画会議が進む中、1998年、つまり第1回の記録映像を見る機会を得た。実行委員長の橋本義郎さんが当時の素材をブルーレイに焼いてお持ちくださったためだ。開催記念コンサートの場面で、橋本さんの司会のもと秋田光彦住職が挨拶を述べている。「共に水をやり、花を育てましょう」
懐かしい映像はノイズが目立つものだった。しかし明瞭に記録された音声は、その場面への想像力を駆り立てるに余りあるものだった。特定の誰かのものではなく、しかし誰でも勝手気ままに使ってはならない、それがコモンズである。当時の場を映像で追体験し、共有できる財産を共に祝う場の意味を再確認した。(編)

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