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2020/1/20 住職コラム :決めなくていい、という安心。看仏連携を終えて

昨日、「看仏連携」のキックオフがあった。客殿を埋め尽くした看護師と僧侶の人いきれにも圧倒されたが、後半のワークに入って参加者の熱度が伝わってきた。僧侶、看護師のほかにも介護士や医師や、家族の介護の人や、まさに多職種対話なのだが、みな語りのスイッチを押されたのだ、と思う。生死をどう支えるのか、自分のことばで語る。あまりの会場の熱さに、冷房を入れたほど。

いずれ正式なレポートを出すが、私が一番諒解できたのは、仏教の時間感覚についてだった。悠久の時間、みたいな宣伝文句ではなくて、時間に管理され、解決や打開を時間的に判断しなくてはならない医療や看護の世界で、仏教の間延びした時間軸は貴重だという点だ。
医療や看護者は今目の前のことにこだわるが、僧侶は、ただ現在から時間を引き延ばし、死後をも見通す。そういうパースペクティブは、実は看護者には発見であり気づきであり、場合によっては救いにもなるという点だ。お寺の中に埋め込まれた時間資源もまたそういう意味で、人々を安堵させるのだろう。
「決めなくていい」「急がなくていい」「何もしなくていい」。臨床であればこそ、僧侶は、そういうメッセージを語り得ることを意識をしよう。

昨日の「看仏連携」は、さぁ、今から事業をやりましょう。ということが目的ではない。まず両者が出会って、ふわっとしたお試しをくりかえして、徐々につながっていけばいい。ここでも時間軸は大事なのだ。
しかし、そのセットアップは一気に進めたい。5月に先駆として大河内大博さんの訪問看護ステーション「さっとさんが願生寺」が事業開始、同時にスピリチュアルケア在宅臨床センターも準備が進んでいる。後発して、6月13日(土)いきかた(生き方・往き方)博、7月に「まちの保健室・大蓮寺」開催、9月おてら終活祭があって、秋に、訪看「さっとさんが大蓮寺」開所を計画している。
それぞれの地域に、それぞれの看仏連携があればいい。昨日は、その大きな跳躍の日となった。参加してくれた皆さん、ボランティアで応援してくれたみんな、ありがとう!