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2021/1/19 【前編】年頭にあたって「2021年、コミュニティケア寺院宣言!〜withコロナをお寺はどう生きるか」

年頭にあたり應典院・秋田光彦住職より、2020年の振り返りと2021年における應典院のこれからについて記していただきました。應典院は「コミュニティケア寺院」として新たな一歩を踏み出して参ります。前編・後編に分けてお送りいたしますので、ぜひお読みください。


必要と不要の間に

應典院にとって不本意な一年だった。昨年1月、順調に「看仏連携」の旗を掲げられたが、2月からコロナが蔓延し、演劇の舞台も大半が中止となり、最後の應典院舞台芸術祭Space×Drama×NextのSDN三者協働プロデュース公演も断念せざるを得なくなった。おてら終活カフェと6月からまちの保健室が、毎月の開催を細々続けたが、やはり今でも参加者は感染を気にしてか遠慮気味だ。ポテンシャルは十分備えていたのに、上から冷たい氷で固められたような閉塞感が残る。

冒頭つい不本意と述べたが、これも致し方ないことだろう。しばらくは耐えるしかないと思うのだが、私が懸念するのはこの後に長く続くであろうwithコロナあるいはafterコロナの社会の運営についてである。相当に分断されたコミュニティが果たして再生できるのか、その再生プロセスにお寺はコミットできるのか、まったく見通しが立たない。

年が明けて再び「不要不急」という言葉が浮上している。仕事も学業もなるべく私空間で完結することが推奨されるが、コミュニティの営みの大抵は、この「不要」と「必要」の間に横たわっているのであって、リモートで運用することが難しい。挙句に「非接触型社会」と来たからには、コミュニティはもはやデータ上に存在するしかないものになるのだろうか。それはまた、全国7万以上の地域風土に根ざしてきたローカル寺院の存在を消失せしめるものなのだろうか。

 

コミュニティとケア

一方で去年は、仏教と福祉、看護や介護とぐっと距離が縮まった一年であった。勝手に「仏教とケア元年」と名付けてみたい。

コロナ禍の逆境ではあったが、むしろそれをバネに一部の仏教者や研究者が活発にオンラインで議論を深めてくださった。いやでも「生死」あるいは「健康/不健康」「医療/福祉」に関心が集まった時期である。現代寺院の可能性を、この状況に即応して、浮上させた意義は小さくないと思う。

深刻な「医療崩壊」がいわれるが、それは日本の病院システムの限界であって、医療そのものが断念されたわけではない。逆にwithコロナの時代となって、これからは病院と異なる医療/福祉の選択が広がりを見せるのではないだろうか。または医療以前の地域福祉や保健への関心への波及である。施設から地域へ。措置から選択へ。そこに寺院のコミットは考えられないだろうか。

私が強く関心を持つのは、地域が主体になることで、ケアの概念はさらに多様化する(というか、原点に戻る)点である。

元からケアという言葉は、「見守り」であり「お世話」であり、あるいは「配慮」や「気遣い」など多義的に運用され、対象や場所や方法を選ぶことがない。コミュニティが人々の生活圏を表すならば、ケアはさらにそれを日常化していく関係性あるいは技術/表現という言い方もできるだろう。

したがってコミュニティケアの担い手は、医療/福祉の専門家に限定されない。いや、専門家だけに依らないケアを、反語的にコミュニティケアと呼んでもいい。まちの中で、日常の暮らしの中で、さまざまな地域資源や人材(非専門家)をつないでいくことで、ケアのあり方をアップデートしていく。医療/福祉を施設の囲いから、どう日常空間に取り戻していくのか、個々のいのちに関わる営みを、どう専門性や権威性のバイアスから取り出していくのか、コミュニティの歴史や風土とともに、無数に遍在するお寺の役割をそこに見出すことはできないだろうか。

続き【後編】は、1月22日に公開予定です。

人物(五十音順)

秋田光彦
(浄土宗大蓮寺・應典院住職)