
2025/12/19【語りのアーカイブ】應典院の魅力を語るシリーズ④弘田陽介さんインタビュー(前編)
應典院のWEBサイトは現在、事業やイベントの告知のみならず、過去事業の開催報告などのアーカイブ、あそびの精舎としての取り組みや狙いを仏教の教えと共に伝えていくことを主な目的としています。情報の提供だけでなく、読み物としても充実したサイトになっていくことを目指して、應典院に縁のある方々から、これまでの関わりや、應典院という場の魅力や可能性について語って頂くインタビュー記事の連載を行っています。
第4弾は、パドマ幼稚園や総幼研との共同研究に関わり、應典院では「キッズ・ミート・アート[i]」など、こどもに関するプログラムに多数関わられてきた、教育哲学者の弘田陽介さんにお話を伺いました。今回はその前編です。
(インタビュアー/中嶋悠紀子)
弘田 陽介(ひろた ようすけ)
大阪市出身。福山市立大学准教授などを経て、現在、大阪公立大学大学院文学研究科 教授。専攻は教育哲学でドイツの18世紀後半の教育思想の著書・論文がある。身体技法の研究にも取り組み、整体や武術といった古典的技芸についても実践的に学んでいる。
ー應典院に関わるきっかけはいつ頃、どのようないきさつだったでしょうか。
1999年の冬に、私の恩師である京大の山崎高哉先生の紹介でパドマ幼稚園を訪問したのがきっかけです。そこで初めて秋田光彦先生とお会いしたのですが、自分が高校時代によく見ていた「狂い咲きサンダーロード」や「爆裂都市」という映画のプロデューサーと聞いてとても驚きました。
幼稚園を見学していて特に印象的だったのは、2月の寒い時期に子供たちが裸足で子どもたちが身体から湯気を立ち上らせながら体育ローテーションをしている光景です。まるで「ロッキー4」の映画に出てくる大自然の雪山でトレーニングをしているロッキーと、科学的知見を取り入れたトレーニングをする敵役ドラゴの融合のようだと思いましたね(笑)。
その後暫く経って、2012年に別の恩師である辻本雅史先生の紹介で、新たに園長となられた秋田先生と出会い、幼稚園の研究についてお手伝いすることになりました。そこで、宗教性とアートの要素を幼児教育に取り入れることについても話し合うようになりました。
この時点でもう「キッズ・ミート・アート」の計画はあったんでしょうか。
最初に会った時から、すでに「キッズ・ミート・アート」の構想の話は出ていたと思います。
当時、イタリアの「レッジョ・エミリア・アプローチ」という、子どもの主体性を育むためにアート活動を取り入れた幼児教育法が世界的にも知られるようになってきた頃なのですが、それが日本の、大阪の下寺町にある幼稚園とお寺で実現できるんじゃないかと。應典院にはすでに様々なアーティストが集まる特異な環境があったので、これまでの仏教教育に融合させることができるんじゃないかと。最初はそういうことを考えていました。
話は変わりますが、弘田先生の研究テーマは教育哲学を中心に、身体の技芸や幼児教育など幅広く取り組まれていますが、どのような関心から始まったのでしょうか。
恒常的な美、つまりは普遍的で一定的な調和がある世界よりも、調和が壊れる破調のようなものを好むからなんでしょうね。ビートたけしが出てきたような80年代のカルチャーの中、日本の慣習で行われてきたものをどうやって壊すか。そういうことが最初の興味だったと思います。
実は子どもの頃からプロレスが好きなんです(笑)。大学はたまたま教育学部に入ってしまったのですが、元々哲学的なことに興味があったことや、出会った先生の影響もあって、大学院ではドイツの教育哲学を学びました。ナチスを生んだ土壌、車やその他の工業製品、無慈悲にアマレスのスープレックスで相手を投げ続けるプロレスラーのローラン・ボックなど(笑)、ドイツ独特の、殺伐とした「この世の果て」といった雰囲気に惹かれてそちらに向かっていったのだと思います。
その当時、既存の世界や社会が混沌化する中、アートの意味合いも変わっていきました。「キッズ・ミート・アート」もそちらの文脈につながるものと思いますが、どのようにお考えでしょうか。
ポストモダンといって、1970年から80年あたりから近代社会の中で役割が固定されてきたアートをどうやって破壊していくか、という動きがありました。しかし、幼児教育や保育の世界では、相変わらずアートは子どもの健全な成長を下支えするものだという形で捉えられ続けており、いつまでもそういう位置付けでよいのかと疑問に思っていました。
保育の世界に限らず、日本社会全体に言えることでもあるのですが、自分たちの内側で、予定調和に事が運ぶものばかりをもてはやしているのではなく、その枠から外れた世界に触れるというような、いっそ自分にとっての馴染みのある内側と未知の外側という境界をも壊してしまうような、そんなことも必要なんじゃないかと考えています。
應典院という場の宗教性も、「外の世界」を扱うものですよね。人間にとって抗い得ない死―つまり、生の「外部」や「他者」といったものを、距離感を持ちながら身近な世界にあるものとして共生させることをされている。そういうものを幼児教育の中でも見つけられるのではないかと。それを「キッズ・ミート・アート」という形で実現できないかなと。それが最初のコンセプトですね。
[i] 2013年より應典院で開催しているアートフェスティバル。「子どもとおとなが一緒に楽しむ創造の場」をテーマに、お寺と幼稚園を会場にして、芸術家によるパフォーマンスやワークショップを展開。子どもの感性の豊かさと、アートに潜む「インファンス」(「言葉にならないもの」と「子ども性」というふたつの意味を持つ)をつなげる試みを継続して開催してきた。2022年度からは、「研究」のスコープから「実践」を見つめるプログラム「KMA plus」として開催。研究助成を得て、幼児教育実践学会や保育学会等で発表を行っている。

