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2026/4/3【住職ブログ】共同体から共異体へ。変容する「超宗派ネットワーク」

一昨日、超宗派のネットワーク〈まいてら寺院の集い〉に参加した。全国からおよそ50名の僧侶が集まった。宗派も年齢も活動分野もさまざまだが、互いを「さん」づけで呼び合うフランクな関係だ。宗派は違えど同じ仏教者であり、またそれぞれの地域で社会活動に関わる仲間でもある。

「同じ宗派ではできない話が、オープンにできる」
「たくさんの刺激をもらえる」
「自分をアップデートできる」

そんな声がたくさん聞こえてきた。

「超宗派」という言葉だが、近年、その意味が変わりつつあるように思う。

私が僧侶なりたての90年代、「超宗派」と言えば、ほぼ地元の仏教会の集まりを指していた。宗派の垣根を越えてはいたが、その多くは地縁の延長線上にある関係であった。地域の寺院社会には独特の序列や役割があり、そこには暗黙の階層性も存在していた。いわば「業界的共同体」のなかでの超宗派だったのである。

1995年の阪神淡路大震災の際には、仏教者による超宗派的な活動も生まれた。仏教NGOアーユスのような動きである。しかし現場では、宗派ごとの枠組みが依然として強く、各宗派の青年会の救援行動が目立った。

その後、NPOの時代に入り、「公共」の担い手が行政だけではなく、市民や民間組織へと広がっていく。宗教者もまた、寺院の内側に閉じるのではなく、社会との関係を問い直すことを迫られるようになる。社会参加する仏教、いわゆるエンゲージド・ブディズムが注目されたのも、ちょうどこの頃だった。背景に少子化とデフレの影響もあるだろう。

大きな転機となったのが2011年の東日本大震災である。被災地での支援活動では、宗派行動も健在であったが、SNSを通じてつながる個人や志あるコミュニティが数多く生まれた。ここで「超宗派」という概念は、地縁的なつながりから、社会的なミッションによる本来の縁へと変化したのではないかと思う。象徴的なのは、震災の翌年である2012年に「未来の住職塾」や「臨床宗教師」が誕生していることである。宗派の枠を越えて学び合い、社会の現場で宗教者の役割を模索する動きが、ほぼ同時期に現れたのは興味深い。

宗門の制度を基盤とした共同体の時代から、志によって結ばれる宗教者ネットワークの時代へ。震災後の十数年は、その転換が可視化された時間だったのかもしれない。そうした流れに接続する形で、2015年に〈まいてら〉という寺院ネットワークが生まれる。宗派ではなく、ミッションと実践によって結ばれた関係として。共同体に相対化していうなら、共異体の誕生だろうか。

共同体とは、同じ宗派で同じ組織に属する関係である。価値観や文化を共有することで成立する。しかし共異体とは、違いを持ったまま共に存在する関係を指す。宗派も文化も異なる。それでも寺という場を生き、社会に向き合うという一点でつながっている。

共同体的な宗門の世界では、ときに階級や慣習、あるいは忖度が働く。しかし新しい共異体では、互いの違いが刺激となり、情報を交換しながらそれぞれの地域で自立した実践を目指していく。個別化しながら最適化されない、それぞれ異なるが、同じ縁に立っているのである(これが井出さんのいう「個性を磨き、対話を重ね、緩やかにつながる」ということでしょう)。その緩やかな関係性こそが、〈まいてら〉が10年続いてきた理由なのだろう。

應典院再建以来、私は「関係性の仏教」を目指してきた。異なる宗教とも交流したし、セクターの違う多様な他者と対話・協働をしてきた。今思うことは、人は同じである必要はない。むしろ異なるもの同士が出会い、影響を与え合うところに新しい縁と可能性が生まれるということだ。それを宗派という既存の共同体(これも大事にしたい)との二軸を往還しながら進んでいくのが、今後の寺院運営の一つの姿なのだと思う。

宗派を越えるとは、同じになることではない。違いを抱えたまま、共に歩むことである。

SNSが人と人をつなぎ、ミッションによるネットワークが宗教者を結び直す時代にあって、〈まいてら〉のような場は、その象徴の一つと言えるのだと思う。

追記 〈まいてら〉のお寺は共感していただけると思いますが、そのネットワークを繋ぐ要に、井出悦郎さんという稀有な人がいるお陰かと感じます。ありがとうございます。この先、10年が山場ですね。