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サリュ 第66号2010年3・4月号

目次

巻頭言
レポート「コモンズフェスタ2009」
コラム 大石尚子さん(染色講師)
インタビュー 石淵拓郎さん(美術家/執筆・編集者)
編集後記

巻頭言

雨が降ったからといって 天に向かってブツプツいうな雨の日には雨の日の生き方がある

東井義雄
「拝まない者も おがまれている」より

Report「実」
震災から15年、築港ARCの4年、共有の知〈コモンズ〉で見つめ直す

つながりが企画を立ち上げた

1998年より開催されている、應典院を舞台にした総合芸術文化祭「コモンズフェスタ」。既報のとおり、今年度は「U35の実力」と掲げ、2週間で大小19の場が生み出されました。「U35」とは、35歳以下、を意味することばです。なぜ、そのようなことばをテーマに掲げたのか、ここでまとめておきます。

『がんばれ仏教』(上田紀行著)でも「日本一若者が集まるお寺」と書かれているように、應典院では若者によって多様な場が生み出されてきています。しかし、今回、改めて35歳という年齢にこだわったのは、2つの背景があったためです。一つは、阪神・淡路大震災から15年という区切りを迎えるにあたり、当時活発に活動した20歳前後の学生ボランティアたちの世代に着目をしたい、ということでした。そしてもう一つは、應典院寺町倶楽部が大阪市から受託してきた「現代芸術創造事業」がこの3月で終了となるため、その「築港ARCプロジェクト」の担い手となった若者たちによる集大成となる取り組みを展開しようと考えたためです。

そこで、1月16日から31日までの会期を通して、34歳の作家、花村周寛さんによる「公共性」を問う展示「トランスパブリック」を柱とすることになりました。あわせて、花村さんをゲストに招いて、築港ARCプロジェクトによる「トークコンピレーション」の最終回を行うことが決まりました。さらには、トークコンピレーションへのゲスト候補としながらも、結果としてお招きできなかった方に声を掛けていくこととなり、「ミニ★シティであそぼう!」の企画が立ち上がりました。このように、スタッフの思いや、應典院寺町倶楽部がこの間有してきたネットワークによって、それぞれの企画が立ち上がっていきました。

15回目の1・17を本堂にて

こうして、若者たちの創意工夫によって、「寺」と「まち」、そして「私」と「あなた」の関係を問い直す場が数多く繰り広げられている中、15年目の1月17日、應典院の本堂ホールでは、冒頭に示したとおり、震災ボランティア世代で今なお多彩な活動に取り組む4人を招いたシンポジウムを57回目の寺子屋トークとして開催いたしました。開催名は今回のコモンズフェスタの副題を折り込み、「+socialの編集者たちが語る~思いをつなぐしくみ・地域に根ざすしかけ~」としたのですが、実はこの寺子屋トークのゲストが固まってから、コモンズフェスタのテーマは設定されています。内容は、自治体や企業を巻き込んだ「仕組みづくり」に取り組む2人と、地域に根ざして新しい自治の「仕掛けづくり」に取り組む2人と、4人を2組に分けた対談形式で内容を深めました。共に新たな寄付の制度や文化の仕組みづくりの経験を持つ佐藤大吾さんと深尾昌峰さんからは、「くやしさをバネに」「上り調子感の演出」をしてきたことが語られました。また、石川県の七尾市役所の職員の谷内博史さんと兵庫県議会議員の稲村和美さんからは「傷つき気付いた」体験をもとに「自分たちで始める」ことの大切さが語られました。

この寺子屋トークも含め、今回のコモンズフェスタでは、その取り組みの意義を確かに刻んでいきたいという願いから、ブログやTwitterを積極的に活用することにしました。それは、こども、女性、僧侶と、対象を明確にした催しも数多く実施されたものの、決してそれらの集まりから見出すことができる価値は、その人たちだけのものではないはずだからです。一方で、それらの場に立ち合った方々が何を感じ、何を思い、何を考えたのかを記していただこうと、モニターレポーターとしてご参加いただいた方もいらっしゃいます。どうぞ、終了後も動いているコモンズフェスタを、インターネットにて追体験ください。

小レポート

有終の美を飾ったARCトークコンピレーション

コモンズフェスタ初日の1月16日、築港ARCの集大成「ARCトークコンピレーション#30」を実施しました。副題は「みんなが見つめている風景を共有するためのパーティ」。様々な分野の創造性の交換、各々の生活や仕事を見つめ直す視点の共有を図るべく、これまでのARC-TCのゲストが應典院本堂ホールへ一同に集結しました。

前半は、コモンズフェスタでの空間展示「トランスパブリック」を構成した花村周寛さんのトーク。会期中に並行して展開された都市空間での集団パフォーマンス「エクソダス」も紹介頂き、公共空間の暗黙のルールへの関心が、街を見つめ直す手がかりとなることを確認しました。
後半は、会場の設えをがらりと変え、フードコーディネーター辻並麻由さんによるお料理を囲んだ交流パーティー。全30回のテーマを一挙に紹介しつつ、ご来場のゲストの方々に登壇いただきました。

本企画では「ゲストと参加者の垣根を越えた参加者同士の交流」を重視してきました。自身の知恵が社会に関わるスキルとして活かされ、多くの現場に当事者として立ち会う契機を生み出す場が増えればと思います。

小レポート

コモンズフェスタ、新たな試みに挑戦

コモンズフェスタの一環として、1月16日にサウンドアーティストの中川裕貴さんによるパフォーマンス、「editing body around the sounds」が行われました。マイク・スピーカーを各階に設置し、チェロの音や屋外の環境音を足元の機材で編集していきます。期間中、公共空間に変身した気づきの広場に、その音響は自然と溶け込んでいました。

また、1月23日は映画監督の平岡香純さんをゲストにお迎えしたイベント、「体感映画のススメ」 が開催されました。代表作「落書き色町」の上映、参加者との質疑応答などを通して、映画という芸術自体の可能性について考え直す機会となりました。どちらの企画も應典院があまり採り上げてこなかった分野であり、初めて来られる参加者が非常に多かったのが印象的でした。

小レポート

心象風景から、まちの物語を見つめる

2月11日、融通念仏宗の僧侶でもある横田丈実監督の新作「大和川慕情」を應典院本堂ホールで上映いたしました。横田監督作品の應典院での上映は、2007年6月3日の『あかりの里』以来、2度目となります。この映画は、2005年に出版された金勝男さんの同名の写真集に感銘を受けた監督が、大和高田市のまちづくりボランティア団体「夢咲塾」の協力のもと、奈良から大阪・南港へとつながる大いなる流れに、昭和の香りが息づく生活を重ねて映像化されたものです。

今回も映画上映の後には、横田監督と、秋田光彦大蓮寺住職・應典院代表とのトークが1時間ほど開催されました。地域が描かれた映画の中から、特に、<先祖の弔い>と<家業の継承>の観点について、「川の流れ」に「関係の回復」の視点を重ねて対話がなされました。

コラム「紡」

お寺で身体感覚糸紡ぎをとおして

唐突だが、糸を紡ぐという行為とは、人間が生きる為に欠かすことのできない衣を、自らの手で生むことだ。つまり、自らが紡いだ糸で衣をつくることは、自立して生きる術の一つなのだ。そんな糸紡ぎを、今回のコモンズフェスタで3回させていただいた。

今年は阪神・大震災から15年という節目の年。あのとき、多くの死に直面し、消費にしか頼れず、自らものを作り出す術を知らない、生きる知恵と力を持たない現代人の危うさを感じた。振り返れば、この体験が、今の私の原動力になっている。生と死が隣り合うお寺で、糸紡ぎを通して語るという今回の企画では、糸紡ぎをしながら、その行為に込められた意味を伝え、これからの生き方について語り合う場を作りたい、という思いがあった。

糸を紡ぐ感覚は不思議なものである。別の場所で行ったとき、「人間やってるな」という感想を漏らしてくれた人がいた。そう、糸をうまく紡ぐには、手に伝わる微妙な感覚をキャッチし、それに応じて身体を反応させなければならない。マニュアルなど無い、まさに、自分の感覚と経験によって体得する技なのである。

最初はみなうまく紡げず四苦八苦するのだが、うまく糸がスルスルと出てくる感覚を覚えると、苦労が喜びに代わり、糸紡ぎの魅力に取りつかれる人も少なくない。今回は、時間も短かったので、参加者の方々にその喜びまで体験してもらえなかったことは心残りなのだが、糸紡ぎの難しさを体感しての率直な思いを語り合えたことで、今なぜ糸紡ぎをするか、それぞれの心に響いたことだろう。

高度消費社会の中、消費だけが私たちの生きるよりどころになりがちである。しかし、今は「派遣切り」、「貧困」という言葉が渦巻く社会だ。消費もままならなくなった今、私たちには人類の営みの原点に立ち返ることが求められている。よって、消費することしか知らない世代にこそ、自らが一からものをつくる意味は大きいものとなる。糸車を回しながら、日常の喧騒の中ではなかなか考える機会のないことを人と語り合う、そんな時間と空間を、これからも提供していきたい。

大石 尚子(染織講師)
1973年兵庫県西宮市出身。大学時代に阪神・淡路大震災を体験。その後、京都・大原の草木染め工房「大原工房」にて、野菜や綿の栽培から糸紡ぎ、手織りという、土からのものづくりに従事する中、現代における衣食住の在り方に疑問を持つ。イタリアでのアパレル業務を経て、現在は同志社大学大学院総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーション研究コース博士後期課程に所属。修士論文では、食の「スロー・フード」を衣になぞらえた「スロー・クローズ」という概念を提示した。引き続き、各地に出向いて糸紡ぎワークショップを開催するなど、衣の自給をテーマとした活動を通じて、現代高度消費社会の暮らしの在り方を見直し、社会システムの変革を目指し、奮闘中。

Interview「供」

岩淵 拓郎さん (美術家/執筆・編集者)
単にドライにでも、気持ちをウェットに投影するでもなく、死んだという事実を、その表面を丁寧になでる。それこそ、行き場のない思いを、お寺が手紙を引き受けること。

「僕はお坊さんがお葬式で泣いているところをみたことがないので、やっぱり手続きをするひとなんだなぁという印象があります。それはネガティヴな意味じゃなくて、例えばある人が死んだということに対して、それによって残された人が受ける悲しみとかそういう感情的な部分とは別次元で、成仏のための手続きをきちんととりおこなうという意味です。」

冒頭のことばは、2009年11月27日、4時57分に送られた電子メールである。10年以上にわたって應典院で詩の学校を行っている上田假奈代さんと、山口洋典應典院寺町倶楽部事務局長に送られている。送信者は岩淵拓郎さん。コモンズフェスタ会期中、應典院2階ロビー「気づきの広場」で展開された「ことばくよう~死を悼み、生を誓う4つの物語」について、趣旨のすりあわせのために交わされた電子メールからの抜粋だ。

震災15年を迎えた今年のコモンズフェスタでは、「『あの日から15年の手紙』をお送りください」と呼びかけた。きっかけは、昨年度のコモンズフェスタで「特別編」として、震災をテーマにした「詩の学校」を実施したところ、神戸から自らの思いをことばにするために駆けつけた参加者の方がいたためである。11月11日、上田―山口間の意見交換の席で、「岩淵さんに参加してもらうほうがよい」との合意に至り、その場で電話。上田―岩淵の組み合わせとしては、cocoroomによる「こころのたねとして」というプロジェクトが展開されてきている。また、岩淵―應典院という関係では、2006年10月のコモンズフェスタにて1ヶ月間の全館展示がなされていることから、さしずめ気の知れた三者のセッションであったと言えよう。

「最近、表現者が社会や個人の抱える問題解決にどうやって関わるかということを考えて、そんな時にタイミングよく頂いたのが「供養」というテーマでした。正直かなり扱いにくいテーマだと感じたんですが、そこは(上田)假奈代さんや應典院とのコラボレーションということで、ある意味安心して話を受けることができました。逆を言えば、「供養」というテーマの中に美術家としてできることの可能性を感じたんですね。」

今回の企画はその副題のとおり、4つの枠組みで構成された。まず〈あの日〉から15年の思いをしたためた手紙を「集める」、そしてそれを墓場が見えるロビーで「見せる」。そうして展示がなされた手紙から受けた印象をもとに思いを「書く」機会を設け、宗教者が「焚き上げる」場面に「立ち会う」というものだった。当初、供養とは「古本を拭く」ような感じ、と岩淵さんは言っていた。そこには「ちょっと突き放しつつも、真摯に向き合うということ」があると述べていたが、終了後にはすこし違った印象を感じたと言う。

「終わってみたら、意外と軽いと言うか、『みんなで一仕事終えたよね』みたいな感覚になったんです。それは、誰かの意思を引き継いでいくとかそういう大層なことじゃなく、みんながその場に立ち会い、ちゃんと手続きを踏みました、という感じ。」自宅が宝塚、長らく神戸で活動してきた岩淵さんは笑顔で語る。

クロージングトークの最後、「今年は何か起こりそうな気がするんですよね。特にこの世代に……」と語った。「起こす」のではなく「起きる」。ここに表現者としての奥ゆかしさと、表現者ゆえの嗅覚が見え隠れしているとは言えないか。これまた、このことばを「受け取る」「引き受ける」側に、意味の解釈は委ねられている。

編集後記〈アトセツ〉

いつもは編集人の立場で、取材や構成を通じて感じたこと等を綴ってきている本コラム。言うまでもなく、今号はコモンズフェスタについて書くことになる。しかし「U35の実力」は、應典院本体チームと築港ARCチームの役割分担でなされたものではなく、「チーム應典院」として、連帯感、信頼感を後支えにして展開したものであった。そこで今号は全員のリレーで送ることにする。

◆今回のコモンズフェスタでは、築港ARCが培ったスキルとネットワークの「リミックスバージョンfeat.應典院というお寺」といった感覚に浸りました。子どものまちや現代音楽。今までにない実験を少しでも紙面で伝えられたらと思います。(朝田亘)

◆これまでのサテライト的に活動してきた築港ARCですが、その活動領域が本体に合わさり、ほんとの意味で幅広い分野の企画内容になった今回のコモンズフェスタ。これからの應典院の可能性が少しでも伝わればと思っています。(蛇谷りえ)

◆コモンズフェスタにはインターンとして関わりました。多様な価値観を受け入れ、それを媒介する、「寺院としての場所性」を感じました。アートと直結した企画を担当しま したが、選択肢の幅広さに貢献できていたならば、非常に嬉しいです。(秋田光軌)

◆1月に開催するようになって3回目のコモンズフェスタ。毎年雰囲気が違います。ほぼ毎日、何らのか催しが行われている應典院に老若男女が應典院に訪れる。来年も更に多く方に楽しんでいただける企画を春から考えます。(森山博仁)

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