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2017/11/13-14 室屋和美:無名劇団「私戯曲 りんごのうた」レビュー

應典院寺町倶楽部との協働により、モニターレビュアー制度を試験的に導入しています。11月13日・14日に應典院寺町倶楽部共催事業として、無名劇団第27回公演「私戯曲 りんごのうた」を実施しました。2階気づきの広場を会場に、前半に少女と祖母との葛藤を描いた演劇作品の上演を、後半には当事者研究に取り組む一ノ瀬かおるさん(NPOそーね)をゲストに招いた「母と娘の関係性」についてのシンポジウムを行うという、意欲的な試みとなりました。今回、劇作家・役者・WEBライターの室屋和美さんにレビューを執筆していただきました。


タイトルに私戯曲とあるように、劇団員・島原さんの実体験をベースとした物語。作者のみずしまみほこは実在の人物ではなく、劇団で集団創作をした際使う名義らしい。2016年に上演した「ハッスル☆ライフ~生暖かい部屋で~」を加筆修正したものが本作である。〈身に迫る作品を創る〉という信条のもとに劇団内でディスカッションを重ね、島原さんのエピソードを採択したそうだ。

この物語は育ての親にあたる祖母に厳格に躾けられ、自我を奪われながらも必死に期待に応えようとする少女・みほこ(島原)の成長の過程を描いている。みほこは進学を機に上京、祖母ひとりを残し強引に家を出ていく。祖母が倒れた報せを受けたみほこは、後に地元へ帰り孤独な介護の日々を送るが彼女が23歳の折り祖母は帰らぬ人となる。

物語は現在のみほこが應典院の職員と会話するメタ的な場面からはじまる。みほこは祖母の亡霊が見えていることを打ち明ける。祖母の霊は恐ろしい姿をしているわけでなく、台所でりんごを剥いてくれた、在りし日の優しい姿をしている。憎しみが赦しに変わりつつある自分に苛立ちを隠せないみほこ。一面のガラス窓から広大な墓地が見渡せる「気づきの広場」を舞台に、二人が話し手(進行役)となって〈現在〉〈回想シーン〉を行来する。

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無名劇団は骨太な戯曲、作りこまれた舞台、幻惑的な演出が計算高く、20代中心の若手劇団がここまでやれるのってすごいなと感心する。何本か作品を観たけど劇団の指標がはっきりしている風に感じた。これは簡単なようでなかなかむずかしいことだろう。

再演ということについては前作の「ハッスル~」(凄い題だ)を観たお客さんが「とても見易くなった」と話していた。私は前作は観てないのでなんとも言えないのだけど、主人公の心境の描き方などに変化があり前向きな結末に変わったらしい。

憎悪の物語が赦しの物語へと変貌を遂げたのは、お客さんの意見はもちろん、時の流れが島原さんの心の在り様を変えたのかもしれない。気づきの広場が舞台となったことも少し関係あるのだろうか。

今回、私戯曲という特殊な性質が私の鑑賞をやや手こずらせた。物語は幼少時代~学生時代と順を追って展開するのだが、構成としては平凡である。「まぁノンフィクションだし」などと考えていると途端に華美な演出があったりして気持ちに折り合いがつかないでいた。

この作品に対する島原さんの壮絶な覚悟のようなものを想像すると、足し算となる演劇的な要素はそれほど必要ないように感じる。紙飛行機をたくさん飛ばすところより、雨の中、傘をさして歩くみほこの姿を一秒でも長く見つめていたい。結局は好みやバランスの問題なのだけれど、走り出す勇気と同じように踏みとどまる勇気がほしかった。だが祖母がドレスを縫うシーンや葬儀のシーンは魅力的に描かれていた。大柄な男性が祖母役を演じたのも物語の説得力に一役買っている。

「共依存」「自縄自縛」という重厚なテーマと向き合う姿勢がとてもよい。若い人にこそ見て欲しい作品だ。今自分がどこにいるのだろうか?なにに捕らわれているのか?客観的なまなざしを持つのにこの作品は有益だろうし、島原さん自身にとっても必要な作品だろう。この作品に救われる人がきっといる。

終演後の「母娘問題」に関するシンポジウムでは、参加者が3つのグループに分かれ車座になり、物語に対する意見を出し合った。そのなかには母娘で参加する方々も見られた。演劇人としてこの光景をうれしく思ったのは言うまでもない。もっともっと深く。つぶさに。怖がらず照れず「私」と向き合ってほしい。

○レビュアープロフィール
室屋和美(むろやかずみ)

劇作家・役者・WEBライター。1984年兵庫県神戸市生まれ。近畿大学演劇芸能専攻・劇作理論コース中退。2012年から『劇作ユニット野菜派』を立ち上げ。以前は「劇団八時半」「コトリ会議」などに所属。劇作家の活動として、戯曲「どこか行く舟」がAAF戯曲賞佳作を受賞。世間のさえない領域で静かに呼吸している小魚のような、ひそやかな人々とその切実さを好んで描く。

◇近年はご依頼をいただいて劇作をしたり、大喜利や官能小説のイベントに出演したり、WEB媒体に記事を書いたりしています。趣味はマンガを読むこと、お笑いの舞台を見ること。小さな畑の世話もしています。いつでもなんでも、気軽にお声かけください。

Twitter: @ooiri_muroya 

人物(五十音順)

室屋和美
(劇作家・役者・WEBライター)