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2018/1/5-10 杉本奈月:mgr allergen0024 インスタレーション「(circle)」レビュー

應典院寺町倶楽部との協働により、モニターレビュアー制度を導入しています。1月5日(金)~10日(水)の6日間に渡って應典院2階気づきの広場にて開催されました、コモンズフェスタ2018企画 mgr allergen0024 インスタレーション「(circle)」。自分にごく近い者への執着を超えて、博愛を示すこと」をテーマとした作品が発表されました。今回は劇作家・演出家の杉本奈月さんにレビューを執筆していただきました。


中心地からの距離がはかれないからといって、ゼロ地点に立つ訳にもいかない。まるで、始点がなくとも複製起点(ori)はあるとでもいいたげな――たとえば、二次創作のように書いてみる。2018年1月17日現在、原点へは右記よりアクセスできる。(http://allergen0024-gallery.tumblr.com/post/169726572086/circle

0.
音声として再生されなかった場所はここであるから、紙上で「」にとじられた台詞は今も微粒子のように浮遊している。波ではない。大阪で生活していた、平成の終わりが近い一月の二週間も遠く。雪にもならない雨水とともに地下鉄へ潜り、一、二階と昇降するエレベーターの扉がひらくと、シアトリカル應典院へ通って三日目となる気づきの広場がある。「どう終わるのかを見にきた。」と告げた最後の一分前。入退場は自由だから、前後に並ぶ観客はいない。途中で “PZN” の文字列が視界に入っても「リン化亜鉛」とは流石にならない。ただでさえ青光りするモニターを白けさせる冗談をいえるほど、私も平和ぼけはしていなかったのだ。彼女のステートメントに “LGBT” という単語はない。始めから「お話にもならない」代物だったのか、あえて書かなかったのか。顕性と不顕性は地続きである。一人、片隅に立ちながら、どこかで性病にかかっていなかっただろうか――と、私は記憶を廻らせていた。七年間も想っていたのに、セックスをしなかった女性の消息は未だ知れない。肉声が薄れていくと、失われた意味ばかりが肉厚になっていくようだ。メスというための許しは与えられていないから、私はナイフを入れる。「人はパンだけで生きるのではない。」と教わりながらも十年前は一週間、パンだけを食べていたら初めて赤みが差した肌の異常を覚えている。昼下がり、体育の授業と太陽の灼熱感、心因性、落ちていた免疫……と、私は医者でないから、どうして? と、プロテストしたところで神の啓示はおりない。”allergen” は抗原に含まれる。”antibody” に対する “antigen” と “allergy” からなる造語であるからだ。「アレルゲンの種類は?」と、私が問えば「花粉」などと彼女はこたえ、私は「――ではなく?」などと……また、応答する。生きた虫体でも死骸でも糞便でも何であれ重大な影響はないのだが、物書きであるが故の性分なのか、どうしても聞き耳を立てずにはいられなかった。

1.
五年前、研究室に所属していた友人が感染症になった。実験では大腸菌へプラスミド――環状のDNAを導入する工程があったが、感染源であるはずがない。原因は、しめきられた窓の外にある。入口はガラス製だった。新設された細胞生物学教室の一期生だったから、小額の助成金を希少なサンプルとともに食いつぶしている20歳を一人にはできないし、コンタミネーション / 細胞汚染が起きても、犯人はわからないが大体、家で寝ていた学生が疑われる。直線には始点と終点がある。母校の学生は、多くが薬剤師となる正規ルートをたどる。内部で転々としていた音楽系のサークルでは男女のつがいが壊れていくのを目のあたりにしながら、私は学外で遊び回っていた。”PZN” の “P” は、一般にペドフィリアを指す。今は、ここに含まれていない重合体を示す接頭辞 “poly” の方に食指が動いているが、私自身の関係性指向は左記の “P” ではない。クラスレートではなくインクルード、複数人によって包摂される個人。単位は存在せず、一つのコロニーともならない。許せないことはない。許せないものもいない。社会の歪な構造もわかっているから説明書はいらない。やさしいプロトコルも聞き飽きた。耳障りだ。でも、出口が見えない。

2.
空間に立ってみる。一昨日までいた自室と今日、帰っていく部屋。白い壁が、たよりないから声が漏れるのではない。耳を澄ませている。黄ばんだ浴槽の浅さに溺れる。もう、泳げない。彼女が、ここにはない五階から飛び降りたと聞いた朝を今、思い出している。夕陽の丘に建つ教会への思い入れはない。童謡のような讃美歌。月末も生理がきた。前は――だったけれど、次は大丈夫だから。僕は君の目の前からいなくならない。と、いってしまえる青さに糞食らえと嘔吐してしまいたい。床をさわった手は一度、洗って欲しい。土足で廊下を歩かないで欲しい。もう、二度といわない。

今さら何を感じるというのか。ここでも思考することしかできない。二人で、めぐりたかった地はプラスチックとビニールに保存されて、鉄骨のフレームですらものをいわないというのに。闇路をプロジェクターが投影するように、私の背後には死者の列ができている。一時間の上演と、四分の一の周期。受精しても卵は分割されず、消毒用のアルコールで死んでしまった細胞は分裂しない。ただ、踏み躙られた二周目があり、再び足蹴にされる三週目がある。花は見ているだけでいい。世話をしたくはない。録音する機能のないテープが剥がされ、落とされていく電源。透明なカーテンコール。後に、手拍子が鳴る。

3.
階段をおりる。一階の黒々としたおもてに冷たい蛍光がたたえている。二人ともグレーゾーンにいる。どこにも「すき」がなく、忘れていたかった現実の息苦しさを覚える。重たい鉄扉をあけると、風が吹き込む。月が嫌っていった先に道はひらけている。暗転する日を待つより目をとじている方が、あなたの遠さへ近づけると、私は信じ続けてみる。でも、(以降、くり返し。)

 

〇レビュアープロフィール
杉本奈月(すぎもとなつき)
劇作家、演出家、宣伝美術。N₂(エヌツー)代表。1991年、山口県生まれ。京都薬科大学薬学部薬学科細胞生物学分野藤室研究室中退。第15回AAF戯曲賞最終候補、「大賞の次点である」(地点 三浦基)と評される。ウイングカップ6最優秀賞。2015年、上演のたびに更新される創作と上演『居坐りのひ』への従事を終え、2016年、書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み「Tab.」、処女戯曲の翻訳と複製「Fig.」を始動。口にされなかった言葉が日に見初められるべく、月並みな表現で現代に遷ろう人々の悲しみを照射する。詩として縦横に並べ立てられる台詞の数々は、オルタナティブな文学であり数式のようであると評される。外部活動は、缶の階、dracomにて演出助手、百花繚乱文芸マガジン「ガーデン・パーティ」(LittleSophy 落雅季子 責任編集)にて京都日記『遠心、日々の背理』エッセイ連載など。

〇レビュアー公演情報
■ 劇作・演出
N₂ 二都市公演 / TPAMフリンジ参加作品
KAC TRIAL PROJECT Co-program カテゴリーD
京都府文化力チャレンジ補助事業

Tab.3 – 書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み
『雲路と氷床』(新作初演)- Lightning talk is working in silence.
― Fig.1 – 処女戯曲の翻訳と複製『赤裸々』とともに ―

|| 横浜 || The CAVE
2018年2月15日(木)~16日(日)

|| 京都 || 京都芸術センター 講堂
2018年2月22日(木)~25日(日)

[ TPAM ] https://www.tpam.or.jp/program/2018/?program=lightning-talk-is-working-in-silence
[ N₂ ] http://gekidann2.blogspot.jp/

■ エッセイ連載
2017年4月~2018年1月 毎月25日発行
百花繚乱文芸マガジン「ガーデン・パーティ」
責任編集 = 落雅季子(LittleSophy)

京都日記『遠心、日々の背理』(全六回)

購読料金|月額324円
購読申込|http://www.mag2.com/m/0001678567.html

人物(五十音順)

杉本奈月
(作家・N₂(エヌツー)代表)