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2018/1/21 横林大々:「グリーフの基礎知識講座」 レビュー

應典院寺町倶楽部との協働により、モニターレビュアー制度を導入しています。1月21日(日)に應典院2階気づきの広場にて開催した、コモンズフェスタ2018企画「グリーフの基礎知識講座」。グリーフタイム×演劇×仏教の1日の中でおこなわれた、難し過ぎない基礎知識を共有する機会でした。今回は、作家の横林大々さんにレビューを執筆していただきました。


グリーフとは、大切な人やモノを失うことによる反応と過程の事を言う。講座へ足を運んだ私の目の前、ホワイトボードに飛び込んで来たその言葉は、当たり前のようでいて今まで時間を割いて考えた事がないような『なにか』に名前をつけられたような気持ちになった。

應典院でのレビュアーを始めて思ったこと。それは『失う』という概念に対して、今まで以上に触れる機会が増え、また考える時間が多くなったということだ。これまで私の人生では、この『失う』ことによって生じる反応は物語などを盛り上げる『仕掛け』でしかなかった。恋人を『失う』恋愛映画、家族を『失う』小説。それらはあくまで物語のエッセンスとしての一要素でしかない。『失う』事によるドラマ性の構築は、安直な手法として卑下されることもあるが、ゆえに何もない物語に幅を持たせることも可能な代物だ。喪失に対する反応は、往々にして『悲しいもの』として登場人物の前に立ちはだかる。私自身も己が作りあげた物語のために、この『仕掛け』を使う事が頻繁にあった。

しかし、今回の講座を受けて感じたのは、その喪失の現実的な手触りと、それぞれの感じ方の違いだった。『失う』ことへの反応に、ドラマなどは存在しない。現実の人やモノを失った時に抱く感情は『悲しみ』だけではなく、そこに『罪悪感』や、『ホッとする』といった感情を持つ者もいる。また『怒り』や『何も感じない』という誰かもいる。つまり『喪失』への反応は、物語の仕掛けのような一辺倒では決してなく、百人いれば百様の過程が存在するのである。

また、『怒り』や『何も感じない』といった反応に対して「悲しまないといけないのではないか」「悲しまない自分は、おかしいのではないか」等のような固定概念を抱いてしまうことに関しては、臨床心理士の先生方が「そのようなことはなく、どの感情も大切なもの」と話されていたのも印象的だった。『物語の仕掛け』として使用していた『失う』ことの過程と反応は、私自身の悲しみの押しつけだったのか。そのようなことを脳裏に浮かべる。永遠の別れとはこうであるから、登場人物の心象はこうなるだろう。だから、それを追体験した者の反応もこうでなければならない。以前の私の思考回路。しかし、これらのすべてが反応の押しつけであり、書き手の横暴だったのではないか。人の感情が、ボタンを押せば明かりを灯すような分かり易いものであるはずがない。その不明瞭さこそ、物語として書かなければならない部分ではないか。私は講座の片隅で、ぐるぐるとグリーフについて考え続けた。

臨床心理士の先生方が、喪失の過程には『喪失志向』と『回復志向』の二種類があると話されていた。『喪失志向』は失った人やモノに目を向け、向き合う過程のことで、反対に『回復志向』は失った悲しみから少し離れ、新しい生活に取り組む過程のことをそう呼ぶのだという。喪失の過程において、その二つの志向を行き来しながら人は生きていく。つまり、よく物語などで耳にする『悲しみを乗り越える』などという言葉は、事実とは少し異なるのだという。急に失った何かを乗り越え、忘れたりなどは出来ない。人は、喪失で生まれた感情は日常と寄り添いながら、時々思い出すように小さな痛みを再発しながら生きていく。それは失った悲しみをバネにハッピーエンドへ躍進するような物語とは大きく異なる、本当のグリーフの手触りであり、本物の人生の時間であるに違いない。

日常という物語に正義のヒーローは訪れない。記憶を忘却させるSFマシーンも存在しないし、吉岡里帆のようなキツネも現れはしない。あるのは地続きの日常と、それを歩く人々の足跡だけだ。今回の講座で『グリーフ』と名前がつけられた『なにか』を私は物語の仕掛けとして、これからは安直に使うことはないだろう。物語を書く事は、日々に何かを与えるものであっても、日々を捻じ曲げてまで誰かへ押し付けるものでは決して無いからだ。しかし、である。困ったことに、物語の仕掛けとしての『グリーフ』を喪失してしまった。……という事は『グリーフ』という仕掛けを失った『グリーフ』に、今私は直面していることとなる。さて、物書きとしての横林大々の物語は、これからどう展開をしていけばよいだろう。私は今、言葉では形状し難い反応と過程のなかにいる。きっと、この大きな手法を手放した私は後悔をしながらも物語を書き続けていくのだろう。失ったものの大きさを行ったり来たりしながら。それはとても辛い道である。けれど、私は應典院の講座で学んだのだ。グリーフとは、そういうものである、と。

 

〇レビュアープロフィール

横林大々(よこばやし だいだい)

2分30秒で綴られるリレー形式のライティング・ノベル・イベント『即興小説バトル』の主催者。また、Web上の小説投稿サイト『カクヨム』を拠点に商業作家を目指す。1990年生まれ。ふたご座。O型。劇作活動を経て現在に至る。好きな映画は『トイ・ストーリー』全作『モンスターズ・インク』『ラ・ラ・ランド』『ジョゼと虎と魚たち』『学校の怪談2』。好きな曲は星野源『茶碗』清竜人25『Will You Marry Me?』ROSSO『シャロン』。好きなラジオ番組は『アルコ&ピースのオールナイトニッポン』。作るのも、見聞きするのも、楽しいものが好き。自分の作品によって誰かが幸せになってくれれば、と常日ごろ考えている。

人物(五十音順)

横林大々
(作家・『即興小説バトル』主宰)