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2018/8/3 汐月陽子:寄稿「おてら終活カフェ〜生前契約について~」に参加して

去る8月3日、『第2回おてら終活カフェ』を開催いたしました。ゲストに、NPO法人りすシステム代表理事の杉山歩さんをお迎えして「生前契約について」お話しいただいたのち、應典院主査の齋藤からの質問、さらに住職からのコメントを交えました。その後の会場からの質疑応答では活発な意見が飛び交いました。最後には、会場のみなさま同士の意見交換の時間をもち、みなさまが明るく、食い入るように話され、瞬く間に時間が過ぎて行きました。前回に引き続き、應典院寺町倶楽部会員の汐月陽子さんにご寄稿いただきました。


20代の頃に、友人がオーダースーツを注文するのに付き合ったことがある。都内の百貨店の紳士服売場に一緒に行って採寸をしてもらい、店員と相談しながら仕上がりを決めていくのを眺めていた。当時で6年の付き合いになる彼が、子どもの頃から剣道を習っていたために人より腕が長く成長してしまい、ほとんどの既製服では袖が短いという悩みを持っていることを知ったのは、そのときが初めてだった。彼は基本的に着るものに恐ろしく無頓着な人で、しょっちゅう皺のついた服を着たりシャツをはみ出させたりしながら平気で都内のマンモス大学に通っていたが、出来上がったスーツを着ている姿は見違えるようだった。匿名の多数の人のために作られたのでない、誰かの必要に合わせてきちんと仕立てられたものは、その人を生かすのだ。そんなことを思った。

8月3日、應典院の1階にある研修室Bで、2回目となる「おてら終活カフェ」が開催された。会場は超満員。第1回はまさしくカフェか、あるいは結婚披露宴会場のように、丸テーブルがいくつも並べられてそこに座る形式だったが、今回は申込み多数のために、セミナー会場のような設えとなっていた。ゲストは、NPO法人りすシステム代表理事の杉山歩さん。りすシステムは「リビング・サポート・サービス・システム」の略で、最後まで自分らしく生き、自己責任で死の準備をする「21世紀型の社会保障システム」として、生前契約の受託をおこなっているそうだ。生前契約というのは、葬儀など死後のことはもちろん、入院に際しての困りごとや「老人ホームの保証人を引き受けて欲しい」などといったさまざまなニーズに対して、家族や親戚と同じように親身になって手助けをする社会的・経済的な互助関係をいう。第1回おてら終活カフェにゲストとして来られたおちあやこさんからもお話があったように、2018年現在、平均寿命と健康寿命には男性で9.60歳、女性で12.84歳の乖離がある。健康なうちに、死後のことや病気になったときのこと、万が一判断能力をなくしてしまったときのことを、あらかじめ考えておかなければいけない時代になったのだ。杉山さんは言う。「これまでは、亡くなったり病気になってからのことは、自分の子どもや親戚などの誰かがやってくれていましたが、今はもう “誰かがやってくれて当たり前” というのが難しくなってきました。お葬式にも、お経があってもいいしなくてもいい。自由にいろんなことを考えられる世の中になったのです」

「自由にいろんなことを考えられる世の中」。「自由には責任がともなう」とは手垢のついた言葉だが、私だったら、より正確を期して「自由には “手続き” がともなう」と言い換えたいと思う。

スーツのオーダーに同行した彼と知り合ったのは、高校時代だった。戦前には男子校だった歴史をもつその高校は、生徒の自主性と自律を重んじる校風で、私たちは世界有数の乗降者数を誇るターミナル駅から歩いて10分足らずの校舎に通いながら、事実上野放しにされて3年間を非常に楽しく過ごした。校舎からは、歩いて15分程度で、当時はアジア最大級と言われた歓楽街に足を踏み入れることができた。なんでもありの高校生活の中で、私たちはなるべく親や先生を悲しませず、危険な目にも遭わずに、いかに面白おかしく好き勝手に過ごすかを懸命に考えていた。何か起こったときに、未熟な10代の人間に責任なんて取れっこない。それでも、必要な情報を調べたり、あらかじめ共有したりすることで、家族や身近な人達を安心させながら若者なりの冒険や挑戦をすることはできた。手続きを省くことはできたかもしれない。しれない、と言うか、面倒臭がりで怠惰な私は、実際に省略してしまうことが結構あった。そしてそのたび、最後にはなにかしら大人に尻拭いをしてもらった。家主が亡くなって誰も手をつけられなくなった空き家を見るたび、過去の自分の「責任の取れなさ」を思い出してなんとも言えず沈んだ気持ちになるのだが、今回の終活カフェで「お家をどうするかも決めておかないと、最悪そのまま放っておくことになってしまいます」という杉山さんの言葉に非常にどきっとさせられたのは、言うまでもない。


杉山さんからは、「自分がどうしたいかを考えること」の重要性がたびたび強調された。私は、自分より遥かに高齢の参加者で「自分がどうしたいかを考えること」にとても意欲的なかたが何人もお越しになっていたことに、率直に言ってとても驚いてしまった。私自身はこんなふうに、歳を重ねて少しずつ体の自由も効かなくなった頃に、終末期と死後をどうしたいかを積極的に考えようと思えるだろうか?もう考えるのもしんどいから誰かに全部お任せしたい、死んだあとのことなんて知らない、となってしまいそうな気がする(空き家を見るたびに心が痛む私のことだ、本当にそうやって後先考えずに投げ出しかねない)。みなさま強いかただな、と思い、そして冒頭で書いたスーツの話を思い出したのだった。自由に考えて決定し、手続きを踏んで誰かにお願いすることは、コストの掛かることだが、自分の存在を生かしてくれるのだ。それはきっと、終末期でも死後においてもそうなのだろう。

秋田住職によると、大阪市は全国の政令指定都市の中で最も無縁仏の数が多く、9人に1人は無縁仏として亡くなるのだそうだ。その言葉を受けて、50名ほどの参加者でいっぱいになった会場からは、驚きの声が細波のように漏れた。質疑応答の時間には「終活について話をしたくても、まずどこに行って相談をしたらよいのか分からない」という質問が上がった。りすシステムも應典院も、そのための窓口ではあるが、まずは自分の希望を整理して考えるところからはじめてみては、という回答が杉山さんからあった。秋田住職は「よろず相談」という表現をしていたが、そのような縁にたどり着けずに、困りごとが整理できないまま時間だけが経っていってしまうようなケースも中にはあるのだろう。今回のおてら終活カフェのような試みが、参加者のかた同士で漠然と悩んでいることを共有して、それぞれの希望に輪郭をもたせられるような場になるとよいと思った。終盤では第1回と同様、車座になって参加者のかた同士で話し合う時間が持たれた。時間を過ぎても有志の方で活発な話し合いがなされているのを見て、安心すると同時に、このような試みがもっと多くの場で繰り返し行われる必要があるのだろうと、強く感じながら会場をあとにした。

人物(五十音順)

汐月陽子
(應典院寺町倶楽部会員)