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2018/10/6 住職コラム:永代供養墓とコミュニティ

以前も書いたが、首都圏の高層型納骨堂の林立ぶりには驚く。林立から乱立模様となって中には「値崩れ」も起きているとか。建築には素人だが、そもそもコンクリート造の複雑な内部構造の建物が本当に「永代に」維持できるのか、不安は拭えない。

「永代供養」がお寺の新しい方法として用いられたのは90年代の頃から。代々の墓から、個人の墓へ。家の責任から、寺への信任へ。時代の変化の中で、永代供養墓という記号に、私なりのうっすらとした希望を感じていた。それは寺と人々との新たな関係づくりの触媒になる。2000年代に入って、革新的といわれた新潟の妙光寺や四谷の東長寺を見学に回ったことも懐かしい。

それから十数年を経て、現在の永代供養墓について私は少なからずの懸念を憶えている。先の高層型もそうだが、樹木葬ともセットになって、大手墓石業者が永代供養墓の量産体制を敷いている。寺院には(多くは失敗しているが)巨大な石棺のような永代供養墓が設けられ、らには家墓の運営を危惧した寺院墓地に介入して、永代供養墓(ゾーン)を拡張しようとする動きもある。いろいろ事情はあるのだろうが、何百年、地域とともにあったお寺が退行現象といえるかもしれない。

しかし、それでも永代供養墓には可能性は少なくない。量産消費型ではない、もっと地域の網の目を紡ぐような、その要としてのお墓。高層だからデザインがいいから、永代供養墓が成功するわけではない。業者には絶対にない発想、お墓を仲立ちとした利用者との関係性をお寺がどう着目し構築していくのか、そこが鍵だと思う。

昔、一緒に仕事をした森口純一さんの企画で、12月10日に永代供養墓のセミナーを開催する。應典院としては、おてら終活プロジェクトの協力事業と位置付けている。これから考えている人もすでにやっている人も、一度耳を傾けてほしい。そこらのお墓ビジネスセミナーとは全く違う発見があるはずだ。

永代供養墓は、お寺の信用をアップデートする機会となってほしい、と思う。

人物(五十音順)

秋田光彦
(浄土宗大蓮寺・應典院住職)