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【開催報告】應典院寺務局:家じまいを考える写真展「キオクノキロク」を開催しました。

去る2023年3月11日から20日にかけて、家じまいを考える写真展「キオクノキロク」を開催しました。(開催内容はこちら→ https://www.outenin.com/article/article-17640/ )開催の様子を應典院寺務局より報告いたします。

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「ちょっと紹介したい人がおるんです」と、長年お世話になっている一般社団法人つむぐ・相続手続支援センター関西代表の長井俊行さんから連絡をうけたのは去年(2022)の夏でした。写真家・藤田温さんは、主に家族(特に祖父母や両親)を亡くされたり、もしくは介護の必要で引っ越されたり、色々な事情で空き家となってしまった「家」の風景を撮影しているカメラマン。「ぼく、じつは珍しい脳の病気(自己免疫介在性脳炎)を抱えていて、そのせいで記憶ができなくなったことがあるんです。だから記憶を記録するって大事だなって思ってて、それで写真を撮りはじめたんです。」と聞き、驚きました。しかしながら、そんなことは微塵も感じさせない、明るくて言葉や行動に力のある藤田さんは、應典院の本堂に足を踏み入れてすぐに「ここで写真展をやらせてもらえませんか。」と決断されました。それから何度か下見に来られたのですが、あるとき家財整理のBUDDY株式会社の磯野竜也さんを一緒に連れてこられました。磯野さんは「トキのコトヅテ」という、家財整理で使わなくなった物品を再活用し、介護施設などさまざまな場所で懐かしの昭和時代へとタイムスリップできる体験型イベントを手がけています。磯野さんが本堂に入られて「これはやばい」とポツリと言い、なにか閃いたかのようでした。それから2023年3月に開催が決まり、すてきな招待状も出来上がって準備が進められ、いよいよ開催間近に迫ってきました。

仕込みの当日、普段から家財整理業で手慣れたプロのみなさんが、せっせと物品を運び入れ、あれよあれよといううちに会場が立ち上がっていきます。藤田さんはその様子をじっくりと見極めながら、お客さまの動線を想像し、写真の並びや開催内容を詰めておられる様子でした。

そして迎えた初日。まだ肌寒さの残る3月でしたが、驚くほど穏やかで暖かな日となりました。可愛らしい看板スタンドが山門に置かれ、扉を抜けて應典院2階へと続く階段を上がると、緑色のなんとも懐かしいカーテンがかかっており、くぐるとレトロな扇風機や湯沸かしポット、マッサージ器や熊の木彫りが目に飛び込んできます。「うわー、これうちにあったわ!なつかしー!」と言葉がこぼれてしまいます。そしてさらに、本堂の扉にかけられた、シャラシャラと鳴るビーズのカーテンをくぐると、そこにはまさに昭和のお家の風景を再現した空間が広がっていました。

使い古されたキッチンと冷蔵庫、米びつ、鍋に食器にお菓子入れまで勢ぞろい。おばあちゃんがすぐそこから出てきそうな雰囲気です。隣にはリビング。ゴブラン織りのソファとローテーブルに大きなガラスの灰皿。こげ茶色のキャビネットには石原裕次郎の写真つきのウィスキー。レコードにテレビも(修理の名人が現れて、会期中にどちらも見て聴けるようになりました!)置かれ、おじいちゃんがくつろいでいる隣で、孫が遊んでいる姿が思い描かれます。リビングの隣には子ども部屋。中学生くらいのお洒落な女の子と、まだ小さい弟が過ごしている様子が伝わってきました。引き出しには勉強道具、懐かしいゲームに雑誌、お洋服やおもちゃまで揃っています。来られたお客さまのなかには子どもも多く、見たことのないグッズに興味深々のようでした。

どれも自由に触ってよく、引き出しや棚を開けると、またまた懐かしい小物が出てきて胸が躍ります。時間を忘れて没頭してしまい、気づくと心のなかがポカポカになってきました。まわりにいらっしゃるお客様を見渡すと、まるでタイムスリップしたような、昭和シーンの演劇を見えているような気がしてきます。お客さまのなかには、思わず涙ぐんでおられる方もいらっしゃいました。

じっくりと空間を味わったあとは、気づきの広場へ。壁一面に写真パネルが並んでいます。一枚一枚を目にすると、そこには藤田さんの撮影された、家の思い出の数々が写されていました。毎日何気なく使っていた扉のノブ。食卓から見る台所の眺め。自分の産まれた年の100円玉を保管していたケース。兄弟で身長比べをしていた柱の跡など。そこに人物は全く映っていないのに、いたるところに「人」を感じることができます。自然な光が眩しく、使われなくなって時間が経ってしまっていても、息づかいが聞こえてくるほど懐かしく、近くに感じられました。そして、パネルを見終わると、実際に藤田さんの手がけた写真集を手に取ることができました。また、北海道にお住まいの藤田さんの大切なご友人からのお手紙もゆっくり読むことができるようになっていました。そして周りからはふんわりと美味しそう香りが‥。なんと神戸や尼崎など遠方から日替わりで、美味しいコーヒーやお菓子、リンゴ飴など出店にお越しくださっていました。淹れたてのコーヒーとお菓子をゆっくりと味わいながら、主催者のみなさんやお客さま同士でお話することもでき、心休まるひと時が広がってきました。

気づきの広場から、どうしても目に入りこんでくるのは、窓越しに広がるお墓の風景です。懐かしいあの人、家、暮らしを想いながら目にする墓地は、日常の暮らしを包みこむ大きな存在を感じ取らせてくれるようでした。「記憶ってなんだろう」「亡くなっても無くならないものがあるような気がする」「いまわたしは亡くなったあの人と一緒に生きてるんだ」などとぽつぽつ言葉が思い浮かんできました。

会期中、毎日午後から様々なゲストを招き座談会を開催しました。主催の藤田温さんと、磯野竜也さん、長井俊行さんはホスト役としてほぼ毎日登壇され、そのほかフロッグハウス代表の清水大介さん、コーポラスはりま西Ⅰ棟の藤田武彦さん、せいざん株式会社の池邊文香さん、関東学院大学教授の荒川一彦さん、家じまいアドバイザー・㈱スリーマインドの屋宜明彦さん、一社)日本介護協会理事の田井大介さん、そして應典院の秋田光彦住職、齋藤佳津子主査、職員の沖田都が日替わりで参加しました。それぞれの専門的立場から、今回の写真展の感想や意見を伺い、「家」にまつわる物理的実務的な課題と、「記憶」という身体的精神的な部分をいかに捉えていくかを見つめ直すような時間だったと感じています。それぞれの回ごとに素晴らしいお話が多々あり、すべてを書ききることはできませんが、いくつか話題にあがった内容をご紹介します。

「ぼくは家を撮ってるんじゃなくて、暮らしを撮っている。そして暮らしを一番わかっているのはご家族本人。だからぼくが撮るときは、とにかく家族さんと話して、一緒に撮る。そもそも、本当は自分で、自分の目線で撮ればいいと思ってる。磯野さんとも話しているけど、じつはぼくの仕事も家財整理の仕事も本来はなくていい仕事なんじゃないかとも思う。あと、ぼくが写真を撮らせてもらった家族から『やっぱり家を残すことにしました』という連絡を受けたこともある。それもまた家族みんなで、家と記憶と向き合った結果だと思う。」(藤田さん)

「どんなに狭くて掃除が行き届いてなくても、やはりみんな自分の家が好きで、喜んで介護施設に入る人はいない。ご本人にとっても、まわりのご家族にとっても何か支えになるようなことができないかいつも考えている。また、家を建てるときはお祝いするけど、家をしまうときは何もしないことが多い。長くお世話になった家とお別れをするときこそお祝いしたらいいと思っている。ネガティブなものだと思わないようになればいいと願っている。」(磯野さん)

「相続で一番揉めるのはじつは家のこと。いまは子どももそれぞれに家をもつ時代。だから親世代が亡くなったら、その家は空き家になる。それをどうするかは悩みの種になる。そんなとき、家族みんなで取り組める共同作業があれば、事が進みやすくなるのではないかと思う。すごくいい機会になるのが、このキオクノキロク。写真に撮って、写真集として残すことができるのは家族にとって拠り所になるんじゃないか。」(長井さん)

「建物は、使う人がいてはじめて活きるもの。だからなんとか使えないかとレンタルスペースをしたり、ワークショップやイベントをしたり工夫して人を呼び込む。縁が広がると、その場所に親しんでもらえる。そして住む人・使う人の声を聞く。ゴミ収集の置き場所を変えるだけで印象が変わったりする。いまはコーポ全体の部屋は一応すべて埋まっている状態にまでなった。」(藤田武彦さん)

「リノベーションの仕事が多いが、住む方がどんな暮らしをイメージしているのか、よく聞いてそして一緒に作っていくようにしている。動いている最中の現場に藤田さんに入ってもらって撮影してもらったこともあるほど。古い建物でもリノベすることで、若い世代も入ってきやすくなるし、新築を買うよりも費用も抑えられる。地域の架け橋になる可能性を秘めていると思う。」(清水さん)

「キオクノキロクはお墓みたい。思い出す装置なんだと思う。お墓ってなんのためにあるのか。いま自分や家族が在る“おかげさま”に気づくためだと思う。それはお寺など宗教空間もそうだし、宗教空間で行われる法要や儀礼もそう。供養の心に気づく、見つめるということだと思う。」(池邊さん)

「はじめて藤田温の写真集を見たとき、ぜんぜん知らない人の家のはずなのに、なぜか涙が止まらなくなった。うちは古民家を再利用した施設をやっているが、それでもなかなか馴染めない方もいる。そんなとき部屋の入口の扉に、ご実家の玄関の写真を大きくプリントして貼り付けた。すると自分の家のように親しみをもってくれた。写真はすごい力をもっていると感じた。あと、うちには障がいのある方もいて一緒に畑をやっているが、だんだんと活き活きしてくる。利用者さんみんなを家族だと思ってるし看取っていきたい。そして手を合わせる場所も必要だと思って、お墓もつくった。」(田井さん)

「家財整理の業者は色々で、ザザーッとただ無くしてしまうだけというところもたくさんあると思うが、うちは一つひとつ確認しながら進めていく。20年以上も疎遠になった父親の家を整理することになった息子さんがいて、はじめは『なんで俺がやらなあかんねん』と怒っていた。でも整理していくうちに息子の思い出の品(剣道の道具や賞状、写真など)があちこちから出て来て、最後息子さんはいっぱいになった思い出ボックスを持って涙ぐんでおられた。その姿をみて僕たちも学びや励ましをもらった。」(屋宜さん)

「私はみなさんよりもずいぶん世代は上だけど、私の両親の遺品はまだ手つかずで、どうにも触れられない。遺品整理って大変なことだと思う。昔は家を継ぎ、遺品を受け継ぐというのが当然だった。今は個の時代。止められようもない。けれど、このようなお寺という場にくると、紡がれつづける場について考えてしまうよね。」(荒川さん)

「應典院を25年間くらい、いろんな使い方を見てきたけど、ご本尊の前にこのようなしつらえを見たのは初めて。すごくいいね。見守られてる感じがするね。暮らしの積み重ねと、さらに仏様、ご先祖様の目線を同時に感じられるというのはすごいことだね。普段の時間軸(横軸)とは違う、いわば縦軸の繫がりをお寺や宗教空間は色濃く残していることが伝わってくる。」(秋田住職)

「(まず会場の設営を舞台に家族のシーンの即興演劇!父:長井 母:齋藤 長男:田井 次男:藤田温 三男:磯野)はい、ここまで!楽しいね~。自分の経験が出ちゃうよね。記憶って頭の中だけのことではなく、空間や身体そのものにも積み重なるんだよね。」(齋藤さん)

「グリーフケアを勉強するなかで先生や先輩が『生きてるだけでケアだ』と言っていた。その時はよく分からなかったけど、今回すごく腑に落ちた。きっと何気ない日常の記憶が、いつかやってくる死や悲しみを支えてくれるということなんだと思う。そして、今わたしが生きているのもこれまでの記憶あってのことなんだと改めて感謝が芽生えた。」(沖田)

毎日いくつもの出逢いと協力に支えられ、無事に開催をすべて終えることができました。会期中、合計で262名の方にご来場いただきました。改めて足をお運びくださった皆様に、心より感謝申し上げます。

終了後には、サプライズで特大カステラを磯野さんがご用意くださり、藤田さんは大号泣。さらに磯野さんの奥様と息子さんがサプライズのサプライズでお花をプレゼント。磯野さんも涙涙。長井さんもご挨拶いただくなかで感極まる姿があり、居合わせた全員で感激の涙涙でございました。

「家じまいしたくないなぁ」と言い合いながらも、やはりプロの技でさくさくと撤収作業を進め、写真展会場から、いつもの本堂に復帰していただきました。「写真展の会場はなくなっても、お寺はあり続けるから、またなにかあったらここに来てこの時のことを思い出すことができる。すごく有難いことです。」と藤田さんは言い残していかれました。本当に素晴らしい機会を、有難うございました。

▽以下は藤田温さんホームページに記された終了のご挨拶です。写真も盛りだくさんに掲載されていますので、合わせてご覧ください。
https://katachi-photo.com/blog/4945/?fbclid=IwAR3Jr7PC5BUl9o6U5A0EyB1kirVEPCFPwKd44ooN4fDeo_WqEG_1kEBwDmE

なお、初日は3月11日で、大蓮寺山門の梵鐘前にて「東日本大震災物故者供養」を行いました。キオクノキロクのみなさまにもお参りをいただきました。