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2026/6/16【語りのアーカイブ】應典院の魅力を語るシリーズ⑤金哲義さんインタビュー(前編)

應典院のWEBサイトは現在、事業やイベントの告知のみならず、過去事業の開催報告などのアーカイブ、「あそびの精舎」としての活動や理念を仏教の教えと共に伝えていくことを主な目的としています。情報の提供だけでなく、読み物としても充実したサイトになっていくことを目指して、應典院に縁のある方々から、これまでの関わりや、應典院という場の魅力や可能性について語っていただくインタビュー記事の連載を行っています。

第5弾は、應典院の舞台芸術祭「Space×Drama[i](以下、スペドラ)」で多くの名作を上演され、現在は日韓でご活躍されている演出家・劇作家・俳優の金哲義(キム・チョリ)さんにお話を伺いました。前編では應典院との出会いや演劇祭についてお話いただきます。

(インタビュアー/中嶋悠紀子)

金哲義 (キム・チョリ)

 

1971年 大阪生まれ。
1993年劇団メイ(2002年にMayに改称)結成。座長・作・演出を務め、自身のルーツを題材に人間の立ち位置を問う作品を作り続けている。
新宿タイニイアリス主催アリスフェスティバルにて「風の市」(2007年度)、「夜にだって月はあるから」(2009年度)、「零度の掌」(2015年度)でAlice賞を3度受賞。
若手演出家コンクール2010にて「晴天長短」で最優秀賞及び観客賞を受賞。
應典院舞台芸術祭space×drama2011にて「夜にだって月はあるから」を上演し優秀劇団に選出される。2010年以後は韓国や東京の劇団が作品を上演する機会も増えている。
2020年 ”関西演劇祭2020”にて「タンデム・ボーダー・バード」を上演。MVO(最優秀賞)/脚本賞/最優秀演出賞/を受賞。2022年 劇団Mayを解散。
2018年の済州島4.3平和人権マダン劇祭参加をきっかけに近年まで韓国で仁川バイリンガル演劇祭やマルモイ祝祭、光州国際演劇祭、ミックスジャムinソウルなどで公演。
韓国の劇団 プレチョンチャや大学などで「タンデム・ボーダー・バード(韓国タイトル「猪飼野バイク)」「チャンソ」「晴天長短」「7(日本未発表)」などが上演され続けている


天井裏から始まった憧れ

ーまず簡単にご紹介させていただくと、金さんは、当時「劇団May」のメンバーとして、應典院での単独公演の他、「スぺドラ」にも複数回出場され、2011年には「スペドラ」優秀劇団に選出されるなど、当演劇祭にて大活躍されました。劇団を解散された現在は劇作家・演出家・俳優として日本と韓国の両方で活躍される傍ら、パドマエデュケーションセンターの放課後アフタースクール「vivid!」のスタッフとしても、こどもたちと日々関わり続けてくださっています。

 そしてなんと先日、初演が應典院で上演された「チャンソ」という、金さんが脚本を手掛けた作品が韓国の劇団プレチョンチャ(Precheoncha)によって上演され、百想(ペクサン)芸術大賞2026withGUCCIの若手演劇賞を受賞されました!

 長きに渡り應典院と縁のある金さんですが、最初の出会いはどのようなものだったでしょうか。

應典院は私の父が新聞を読んでいて、「お寺が劇場を持つんやって」と教えてくれたのがきっかけでした。「劇団May」は1993年に結成しましたが、10年近く動員が200人を超えたことがなかったんです。当時は動員が少ないと劇場側からも下に見られるような時代でしたから、実際に訪れた時は、自分たちがやっていた劇場よりも広く、天井も高いので大きな衝撃を受けましたね。「いつかあんなところに立ってみたいな」と眺めているような、憧れの場所でした。そんな状況だったので、最初は劇団としてではなく、舞台美術や大道具のお手伝いとして、天井に登ったりパネルを立てたりするなどの関わりが始まりでした。

そこから暫くして、ようやく動員が400を超えるようになってきて、2007年に念願叶っての公演。2008年から演劇祭に本格的に関わるようになりました。

作り手たちが自ら色を決める「制作者会議」

ー「スぺドラ」は「可能性の交差点」をキャッチコピーに、劇団と鑑賞者の出会いを通じて、表現の幅や意味を分かち合うことを目的に立ち上がった演劇祭でした。多様な人たちの持つ力を掛け合わせて新しい価値や可能性を見出していくという取り組みは、当時も今も應典院が大切にしているものです。参加されていた当時はこの演劇祭はどのように映っていたでしょうか。

僕は大好きな演劇祭でした。「制作者会議」というのがあって、毎月、劇団の代表者が集まって、この演劇祭をどういうものにするかを話し合って決めるんです。他の演劇祭はそれぞれが上演して終わりになることが多いのですが、「スぺドラ」では自分たちの演劇祭の色を自分たちで決めることが出来ました。この会議があったことでそれぞれの劇団の姿勢も見えましたし、先輩や後輩の劇団と交流を持てたことも良かったですね。

演劇祭には賞レースのような側面もあり、優秀劇団に選出されると翌年の演劇祭の「協働プロデュース」として、演劇祭の推薦劇団として特別招待で上演できる権利が得られました。僕が初めて参加した年に選出されたのは「特攻舞台Baku-団[i]」でした。作品が面白いのはもちろんですが、会議での積極的な発言や「僕やります!」という姿勢も本当に素晴らしくて、他の作り手たちに良い影響を与えていたと思います。演劇祭を作り上げるプロセスや周囲との関わりを大切に評価しようとする演劇祭でした。

演劇と地域の関係の在り方とは

ー実は、インタビュアーの私も演劇祭に参加していた劇団の一人であり、今は應典院のスタッフでもあるのですが、演劇祭が盛り上がりを見せる傍らで、双方に課題があったのではないかとも感じています。應典院は「いのちを考えるお寺」であり、前出の「鑑賞者」には地域で暮らす方々やこどもたちも含まれることを想定していましたが、実際は表現をする人たちの多くが、自身のステップアップと、演劇のファンを増やすためだけの場づくりに終始してしまい、結果や結束を強く求める閉じた場になってしまったように思います。

一方で、お寺側は描いていたヴィジョンを伝えきれていなかったし、そもそも小さなコミュニティので活動している表現者と、地域を繋ぐ橋渡し役になりきれなかったのではないか?とも思います。(後に秋田光彦住職は「それをお寺側から強く求めることが表現者に対して権力を振りかざすことになるのではないかと思い口にしなかった」と話されていました。)

終了して、数年経た今だからこそ見える、「スぺドラ」の真の意義とは何だったのでしょうか。

演劇界だけで盛り上がっていることについては、この演劇祭に限らず、全国で抱えている問題だと思います。自分もそうでしたが、作品を作っている間は自分たちのことで精いっぱいで、地域貢献とかを考えられない。映画は映画館の周りの飲食店も一緒に潤うけれど、日本の演劇文化にはそれがない。文化は地域の交流と共に育ってこそなのに、それをしない。自分たちだけのことのために地域の人たちが応援しようとは思わないですよね。日本のカルチャーの中心が漫画やアニメに取って代わられたのも、演劇がどこか「わかる人だけがわかればいい」というのがあったのではないかと思います。「地域あかんやん、もっと盛り上げなあかんやん!」って、作り手たちがもっと言っていくべきだったと思います。

韓国の大学路(テハンノ)という街に、劇場が200個くらいあるんですけど、デートで演劇を見に行くんです。そしてその後にご飯を食べに行く。若い人が来るからコスメの店が出来て、それで活性化している部分があります。このような街の在り方は日本にはないですね。どこか古いものに固執している部分があるかもしれません。應典院の周辺もお寺ばかりで飲食店は少ないですね。黒門市場は賑わっているのに、一緒に盛り上がってはいないですよね。

ー應典院は前の道路を挟んで天王寺区と中央区で分けられてしまったために、区をまたいで一緒に何かをやるのが難しいという地理的な問題もあります。文教の天王寺区と、文楽劇場や大阪松竹座(2026年5月に閉館)がある芸能の中央区とでは、区割りやカラーが異なることも一因だったかもしれません。

そうなんですね。今、劇場やアートが地域に開いていく必要性はとても強くあると思いますし、お寺も宗派を超えて何ができるかということを考えていかなければならない時代になってきている。それぞれの問題意識をもっと共有出来ればよかったかなという思いと、仮にもしそれが出来たとして、皆が関心を持てただろうかというと疑問で、結局みんな自分の作品が出来ればそれでいいと思ったのだろうとも思います。お互いが未来に何を繋いでいくかという意識を根底に持たないと難しいかもしれないなという、ジレンマと反省の両方がありますね。

ー双方に課題を抱えたまま幕を下ろすことになった「スぺドラ」ではありますが、今の應典院を見つめている一人として、良かったことも付け加えてさせてください。私が今、特に強く言いたいのは、「スぺドラ」があったからこそ培ったものを、今の應典院の取組みに還元させてくれようとしている人がいるということです。金さんが今、アフタースクールvivid!やキッズ・ミート・アートの企画でこどもたちと一緒に演劇体験の場を創出している。「いのちを考えるお寺」の中に演劇を置いて、(死者も含む)他者をからだで感じ、喜び合うことが出来る。金さん以外にも、例えば同じくスぺドラで活躍された無名劇団さんも「何かできませんか?」と名乗りをあげていただいて、vivid!の探究パートナーとして協働いただいている。これは、「スぺドラ」が無ければ実現しなかった、最大の功績だと思います。

もしかしたらこのような成果は、演劇祭を実施している最中に起こるものではなく、少し時間が経った後、遅れて表れてくるものなのかもしれません。

 


[i] 應典院舞台芸術祭「Space×Drama」:通称「スぺドラ」。應典院の本堂を舞台に、1997年から2018年まで開催されていた演劇祭。関西の若手劇団の登竜門的存在として愛され、長きに渡り本堂が演劇公演で賑わった。毎年参加劇団の中から優秀劇団が選ばれ、翌年に應典院と應典院寺町倶楽部(市民団体)との三者協働プロデュース公演を行う権利を得た。これをきっかけに多くの若手劇団が関西を代表する劇団へと成長していった。(https://www.outenin.com/project/space-drama/

[i] 特攻舞台Baku-団:現在、関西で活躍中の劇団「ステージタイガー」の前身劇団。「space×drama」には2003年~2009年まで計5回に参加し、2008年は優秀劇団に選出。「ステージタイガー」としても2016年に出演。最多出場劇団として長きに渡り演劇祭を盛り上げた(https://st-tg.net/_doc/profile.html

 


2026年5月より、「感じてつくる!こども演劇ラボ」を開催しています!

相手を見て、感じて、応える。「いま、この瞬間」を大切にしながら、子どもたち自身の発想と関係性からドラマを生み出していく体験型ワークショップを開催しています。全12回。
ファシリテーターは金哲義、中嶋悠紀子、齋藤佳津子。