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2026/11/5【語りのアーカイブ】應典院の魅力を語るシリーズ⑥中平了悟さんインタビュー(後編)

【後編】所属しない時代に、お寺は何をひらくのか

應典院のWEBサイトでは、事業やイベントの告知・記録だけでなく、「あそびの精舎」としての活動や理念を伝える読み物として、「語りのアーカイブ」を連載しています。應典院とご縁のある方々に、これまでの関わりや、この場所の魅力、可能性について語っていただきます。

第6弾は、浄土真宗本願寺派の僧侶であり、また龍谷大学教授として、長く「研究と実践」の両面から仏教と社会の関係を見つめてこられた中平了悟さんです。

前編では、中平了悟さんと應典院との出会いから、2017年の「葬式をしない寺」から「葬送を問い直す寺」への変化までを伺いました。後編では視点をこの30年の社会へと広げます。人々が組織に「所属する」ことを前提としなくなった時代に、宗教や寺院はどんな意味を持つのか。そして、應典院はこれからどのような場であり得るのでしょうか。

(インタビュー/秋田光彦・中嶋悠紀子)


▲前編はこちら


変化する学びの形

―應典院の30年と並走するように、中平さん自身も学生から研究者、そして住職へと歩んでこられました。この30年で社会はどう変わったと感じますか。

中平: 私が大学に入ったのが1996年、應典院の再建が1997年ですから、ほぼシンクロしています。

この30年、情報やコミュニケーションのインフラが大きく変わりつづけてきましたね。ポケベルから携帯電話、インターネット、SNS、そして今はAIです。インフラが変われば、人々のコミュニケーションや常識も劇的に変わります。

それと重なるように、「つながり」の形も変わりました。伝統教団であれ新宗教であれ、組織に所属する信者や檀家は減っています。従来は、お寺の檀家である、神社の氏子であるというのは当然/前提であったものが、なぜ関わるのかという意味が問われるようになりました。所属が「前提」ではなくて、「選択」であるような変化があったように思います。それは宗教だけではなく、町内会、PTA、労働組合など、さまざまな中間共同体に共通する変化です。

従来のような「所属していることが前提である社会」ではない中で、寺院をはじめとした宗教施設や、宗教そのものがどのような意味があるのかということが問われてくる状況になってきているのだと思います。

―大学や僧侶養成における「学び」も変わりましたか。

中平: 劇的に変わりました。

私が学生だった頃の仏教研究は、極端に言えば、大学の中で静かに文献を読んでいれば完結する学問でした。社会から少し隔絶したところで、自己完結的な問いと向き合うことができた。

ところが2010年代以降は社会の変化が速くなり、大学でもPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング・問題解決型学習)、つまり実践的なチャレンジを通して「答えのない問い」に向き合う学びが重視されるようになりました。

僧侶養成も同じです。用意されたお説教の場で上手に話すだけではなく、その前に「自分自身でどう人との接点をつくり、場を生み出すのか」が問われる。現実の社会課題に対して、お寺や僧侶としてどう「応答」するのか。そういう実践的な力が必要な時代になっています。

その意味では、應典院は30年前からずっと「実践的な場づくり」を続けてきたんですよね。改めて考えると、その取り組みは、とても早くから行われていたのだと思います。

―私自身は時代を予測していたというより、その時々で気になる人や問題に出会い、そこから場をつくってきた感覚です。大人数の講演会から、少人数で答えのない問いを語る車座へと、應典院の「学び」の形も変わってきました。

中平:そこが大事なのだと思います。

最初から答えがあって、それを誰かが教えるのではない。人が出会って、問いを共有し、対話しながら何かをつくっていく。今の大学教育で言われているような実践的な学びを、應典院は寺院という場所でずっとやってきた、と見ることもできると思います。

触媒としてのモデル

―では最後に、これからの社会で、お寺はどのような存在であるべきだと思いますか。

中平:私自身、一寺院の住職として強く思うのは、お寺の必要性や存在意義は、お寺側から「これが必要なんだ」と一方的に発信するものではない、ということです。

お寺に関わることも、お寺を維持することも、もはや当たり前ではありません。だから、その地域や人々との関係の中で、「このお寺は自分たちにとって必要なものだ」という共通認識や価値観を、時間をかけて一緒につくっていくしかない。

それができなければ、これからの時代、お寺を維持していくことは難しくなると思います。

特に今の40代後半から若い世代の僧侶たちは、「自分がお坊さんでなかったら、自分もお寺に所属しない側の人間だったかもしれない」という感覚を持っているように思います。だからこそ、寺院のあり方を内側から問い直そうとする危機感も強いのだと思います。

―そうした中で、これから應典院に期待する役割は何でしょうか。

中平: 應典院はこれまで、新しいお寺の一つのモデルとして、さまざまなチャレンジを続けてきました。

でも大切なのは、他のお寺が「應典院と同じことをすればいい」ということではありません。

應典院を見ながら、「では、自分たちのお寺の歴史や地域では何ができるのか」と、それぞれが自分たちの問いを立てることです。

ですから應典院には、これからも、他のお寺が自分たち自身のあり方を問い直すための「触媒としてのモデル」であってほしいと思います。成功例を示すだけではない。時には反発も生む。失敗や試行錯誤もある。それでも常に宗教界の「境界線(エッジ)」に立って、新しい風を送り続ける。應典院には、そういう存在であってほしいですね。

―来年の30周年に向けて、メッセージをいただいた気がします。ありがとうございました。

(おわり)


プロフィール:中平了悟(なかひら・りょうご)

浄土真宗本願寺派西正寺住職、龍谷大学文学部教授。専門は真宗学・実践真宗学。中国浄土教思想を研究する一方、現代社会における宗教者の社会活動と寺院の役割を研究・実践の両面から探究している。社会的包摂や生きづらさ、ジェンダー/セクシュアリティなど、現代社会が抱える課題と宗教との接点にも関心をもち、宗教者の社会実践を研究。伝統教学に足場を置きながら、宗教が現代社会で果たしうる役割と、その可能性を問い続けている。

また、自坊の西正寺では、地域の人々が社会や人生について語り合う「テラからはじまるこれからのハナシ。」、カレーを入口に異文化や地域と出会う「カリー寺」、「お寺でのんびりすごす日」など、多彩な活動を展開。寺院を、人と人、人と社会課題が出会い、異なる立場の人々がともに考える地域の場としてひらいている。