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2018/1/12-14 杉本奈月:彗星マジック19景「花の栞」レビュー

應典院寺町倶楽部との協働により、モニターレビュアー制度を導入しています。去る1月12日(金)から14日(日)に應典院本堂にておこなわれた、彗星マジック「花の栞」。一冊の本に纏わる、空想の虚と実の物語が繰り広げられました。今回は劇作家、演出家、宣伝美術。N₂(エヌツー)代表の杉本奈月さんにレビューを執筆していただきました。


「離席中」と書かれたパンフレットのクレジットを読みながら、あらためて「宣伝美術」という言葉のデザインは素晴らしいと感じ入るとともに脚本と演出を手がけた彼――勝山修平によるチラシをうらがえしてみると、まだ一月の寒さに花吹雪とはならない紙片が散らされ、一面は白い薄化粧を施されている。それでも、本の厚みは油分が飛んだ指でページをめくってもドラマの重厚さにはなりえず、現実はベッドで寝たきりとなっている主人公・栞のように最後まで私は白木ではない椅子へ座っていた。死んだように眠る少女は最初から種明かしをすると、小説家であり “本の著者” である母の娘・花でもある。父と三人で暮らしていた日常は睡眠病に蝕まれ、子どもが悪夢から覚めたとき既に夫は蒸発している。妻は二重に人生の潤いを失くし、虚構にとざされた家の扉をあける唯一のキーパーソンである “本の読者” の心へも鮮烈な水飛沫をあげてはくれない。

物語の構造としては小説の中と外、二本の世界線が並走しているようで、うち一本、前者は産みの苦しみに実母がたえられなかったために “生まれなかった話” を上記の一人娘が夢中で立ちあげているだけに過ぎない。白昼夢ではなく文字通り “夢の中” を時代ごとに、栞と本の持ち主が二人三脚で歩みながら上演は進行する。だが、本書の小口をひらき語りはじめたストーリーテラーでもあるかのような蒐集家 “collector” の第一声が、はなから空めいているのだ。何も内容が読めないのだという。英語で訂正者を意味する “corrector” とのダブルミーニングであるとも考えられるが、劇中では “いち読者” としか言及されていないから作者の本意はわからない。眠れる病との冷戦がおわらないまま、年老いて夜泣きすらしなくなった赤子の寝言は女手一つでは治められない家政をも掌握する。

百年の歳月を経て母娘、女二人となった室内で辛うじて息をしている “花” の渇求から生まれた(花の)”栞” は、長方形ではなく短命であるはずの人の姿を採っている。演劇という様式に従わずとも実体は植物はおろか紙ですらない人間であるから、彼女の生命が枯れる冬は来ない。でも、本国の民はみな冬眠している。睡眠病である――表舞台は彼らの植民地となった人跡未踏の国土。しかし、まだ入植していなかった若き日の薬学医が祖国で火種を生んでしまう。郷愁に浮かばれる小さな島、大陸と地つづきでない海岸線には、ここを故国としない先住民が眠っている。砂浜で臥せる女は患者として、兵役しなかった男は医療従事者として、一人もバイリンガルにはあらず同時通訳する第三者もいないなりに、ジェスチャーではなくボディランゲージで外国語を覚えさせ世話を焼いていた。主治医が処方していた生薬を自ら手に入れようとした彼女は、戦時の荒波に飲まれた通行人にいわれるがまま、望みもしない毒を口にする。今や戦火なき夜空の星となった亡きがらは、燃やされない本とともに土へ埋められて――海のむこう、野巫医者でなくなった彼は罪状を明かされないまま昔話を掘りかえす。墓は、後に在野へ下りながらも、それぞれの職種で身を焦がし熱心に働く人物像が描き出される次世代の学者、星空、機関士たちにより、より深くあばかれる。

終始、短距離走のフォームをつらぬくロードムービー風の画作りは、三年前に観劇した『ポストグラフ』に思い起こされる絵筆ではなく、まるでポートスキャンを走らせているようだ。でも、王道のキャラクター芝居をする彼らが劇場の外へ歩み出すためのウィークポイントはない。戯曲としての構成が脆弱であるのだ。だから、神たる国を失うまいと愛国者を演じていた父が銃口をむけても、シアトリカル應典院の白壁に風穴はあかないし、暗幕とパンチカーペットの黒で塗りつぶせど客席のトーンは木灰のように燻んでいるから、本堂ホールはブラックボックスになりえない。たとえ、血潮に染められた章立てが真っ赤な嘘だったとしても、脳幹までめり込む弾頭のつよさに、かくいう「こころ」をうたれるくらいでなければ、人は救われも殺められもしない。湿気ていたのは薬ではなく火薬だったのか。ランタイムよりも体感が長い。劇を信じたい、信じさせてほしい――。

いちファンとして水性のインクに彩られた紙面を追いつづけてきた “コレクター” の助言をきき流し、おわらせられない、はじめられない――と、ナマの照明に中てられ「書けない」と宣っていた作家は一体、誰だったというのだろう。イメージのつきやすい小さな詩脚は軈てマジョリティという大意になる。生まれたばかりの太陽と消えゆく星、風土に根ざした病、桜の下で眠る死体――たかが四半世紀、されど四半世紀以上を生きる私が観測した景色は少なくとも、もう、どこかで多くの人々に見られてしまっている。目の前にひろがるキャンバスの内にあるのは、みちゆきに落ちているようなライトなコピーでも構わない。初めて、あるいは再び、あたらしい和暦をむかえる私たちの視野よりも世界のほうが狭くなっているのだとしても、古つわもののデザイナーとして、最小の単位でガイドラインをひく演出家の手捌きに感情を動員されたい。

 

〇レビュアープロフィール

杉本奈月(すぎもとなつき)
劇作家、演出家、宣伝美術。N₂(エヌツー)代表。1991年生まれ、26歳。京都薬科大学薬学部薬学科細胞生物学分野藤室研究室中退。2015年、上演のたびに更新される創作と上演『居坐りのひ』へ従事。第15回AAF戯曲賞最終候補となり「大賞の次点」(地点 三浦基)と評され、ウイングカップ6最優秀賞受賞、第16回AAF戯曲賞一次審査通過。2016年、書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み「Tab.」、処女戯曲の翻訳と複製「Fig.」を始動。外部活動は、缶の階、dracomにて演出助手、百花繚乱文芸マガジン「ガーデン・パーティ」(LittleSophy 落雅季子 責任編集)にて京都日記『遠心、日々の背理』エッセイ連載など。第9回せんがわ劇場演劇コンクールファイナリスト。

〇レビュアー公演情報
|連載|2017年04月~2018年06月
百花繚乱文芸マガジン「ガーデン・パーティ」
京都日記『遠心、日々の背理』
http://www.mag2.com/m/0001678567.html

|第9回せんがわ劇場演劇コンクール|
2018年07月15日(日) せんがわ劇場『桜紙』
http://www.sengawa-gekijo.jp/kouen/20255.html

|N₂|http://gekidann2.blogspot.jp/
2018年08月03日(金)~08日(水) <避暑地> 於 studio seedbox
2018年11月09日(金)~11日(日) Tab.4『磔柱の梨子』於 浄土宗應典院
2019年03月08日(金)~11日(月) Fig.2『桜紙』― Tab.5『退嬰色の桜』於 CCO

人物(五十音順)

杉本奈月
(作家・N₂(エヌツー)代表)