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2018/11/22-11/25 岩橋貞典:無名劇団『ハマったら出られなくなりまして』レビュー

去る11月22日から25日に、無名劇団『ハマったら出られなくなりまして』(應典院舞台芸術祭Space×Drama×Next2018)が開催されました。人物の精神面の闇と光を繊細に描きつつ、人間とそれぞれの執着について考えさせられる意欲作でした。今回は、脚本家・演出家の岩橋貞典さんにレビューを執筆していただきました。


私という迷宮


私とは誰だろうか。私は、いつから私になったのだろう。そして、いつまで私でいられるのだろう。人は、生活のどこかで、そう思い、そう考え、そして、特に結論も得ぬまま、再び日々の暮らしに舞い戻っていく。それが多数なのか、少数なのかは分からない。だが、私は明らかにそちら側の人間で、そしてそんな人間は、こうやって芝居なんかやっていたりするのだ。『ハマったら出られなくなりまして』(無名劇団)を見に行った。座長の島原夏海さんには以前お世話になったこともあり、ちょくちょく見に行っている。さて今回はどうだろうか。島原さん率いる無名劇団は、積極的に公演を続ける精力的な劇団である。私も自前の劇団を抱える身なので、元気な集団を見ると嬉しくなる。とHPを見れば、公演数も各賞受賞歴も豊富で、もう若手とか言ってる場合ではない。大阪を代表する劇団といって差し支えない。すばらしい。さて、芝居は、主人公・幸子の姉が亡くなって、その葬式から始まる。幸子とその彼氏が斎場でうだうだと喋っている。幸子は姉の死をまるで悼んでいない。田舎を憎み、周囲を嘲り、見栄を張る。とても共感できない人物設定だ。私はどうやってこの物語に入っていこうかと辺りをさぐり始める。私が彼女に共感できないのは、私も同じところを持つ人間だからだ。私も、田舎を憎み、周囲を嘲りながら、見栄を張って生きてきた。姉に異常なコンプレックスを持ち、逃げるように都会にやってきたのだ。だから、彼女は私かもしれない。そう考えて、彼女と寄り添うことにした。しかし。場面は転換し、舞台には妖怪っぽい子供たちが現れはしゃぎ回る。幸子の過去の世界だ。頑なで、そつなくて、寂しがり屋の幸子がどうして今のような人間になったのかが、描かれ始める。友人たち。姉。母親。彼女の周りには得体の知れない妖怪だらけだ。見れば幼き彼女自身も、猫のような格好をしている。彼らが妖怪の姿なのにも理由はあるのだが割愛。そこで繰り広げられるは、くだらない権力闘争。思わくだらけの人間関係。子供の世界はダイレクトに残酷だ。小器用にしたたかに子供世界を生き抜く幸子。彼女は社会的に一定の成功を収めるのだが、しかし。幸子が本当に欲しかったのは、そこではなかった。彼女の欲しかったものは、母親からの愛情だった。精神的に弱い姉を溺愛する母。いくら努力して成果を出しても、母には認められない。頑張れば頑張るほど抜けだせない穴。舞台中央に掘られた奈落の大穴に、幸子はいろんなものを捨てて行く。最後には、子供だった幸子自身も、その穴へ。これも、私のありうべき姿だったろうか。これも、私だったろうか。しかし。幸子は救われない。過去が地獄なら、現在もまた地獄に他ならない。彼女の内面を巡るこの地獄話は、現在に戻っても終わることはない。彼氏と仲違いした幸子を、地元で慕い続けてきた男友達の心の闇が、口を広げて待っている。幸子は救われない。迷宮はさらに続く。しかし。幸子の抱えるコンプレックス、誠実さ、健気さ、傲慢さ、卑屈さ、それらの空白が暴かれるたび、私は幸子ではないと突き放される。これは多分、幸子と自分を重ね合わせたときに、幼少時の幸子と、今の幸子と、その間を埋める「何か」が、どうしても(私にとって)明らかにされないからだ。幸子の不幸は、私の不幸ではなかった。では、私の不幸とはなにか。彷徨い続ける幸子の中には、しかし本当には、姉も、母親も、いないのではないか。劇中で幸子と姉と母親の場面は、(私には)切実さをもって訴えかけてはこなかった。彼女の屈託を支え続けてきた承認欲求は、もう現在の彼女には必要ないように見える。彼女は、現実を騙すことで、自分を救うべき「何か」に、背をむけてしまった。今の彼女に母親も姉も必要ないのだ。としたら、では彼女には何があるのか。彼女はどうすれば救われるのか。私はどうすれば救われるのか。作品の中には迷宮を抜け出す鍵が見つからなかった。彼女は鍵を捨ててしまった。それだけは分かる。では、私は?私は、たぶんまだ、迷宮を彷徨っているのだ。

プロフィール

岩橋貞典(いわはしさだのり)オリゴ党代表。ほぼ作・演出を担当。
ほか、ネットラジオ『大魔王・岩橋の貴族の嗜み』レギュラー出演、『七井コム斎のガンダム講談会』レギュラー出演など。

過去上演台本を製本して販売中。
公演期間外では、こちらの書店にて取扱しています。
http://dreammesse2005.cart.fc2.com/?ca=52

【公演情報】

2019年4月6・7日
オリゴ党第42回公演 『無と0』作・演出
2019年秋頃
オリゴ党プロデュース公演『演目未定』
大竹野正典作品を上演予定

人物(五十音順)

岩橋貞典
(脚本家・演出家)