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2019/3/30 釋大智:おてら終活 花まつり「キッズ・ミート・アート2019」に参加して

3月30日、應典院研修室にて「おてら終活 花まつり」期間のアートプログラム「キッズ・ミート・アート」が開催されました。

キッズ・ミート・アート(以下KMA)とは、「子どもとアートの出会い」をコンセプトにしたアートフェスティバルです。今回で7回目を迎える本企画ですが、KMA2019のテーマは「〜地獄・極楽、どちらを選びますか?〜」と題し、宗活塾の講師でもある、真宗学を専門とする釋大智さんにレビューお願い致しました。


2019年3月30日、應典院にて「キッズ・ミート・アート2019〜地獄・極楽、どちらを選びますか?〜」が開催された。キッズ・ミート・アート(以下KMA)とは、「子どもとアートの出会い」をコンセプトにした、非常にユニークなアートフェスティバルである。今回で7回目を迎える本企画だが、KMA2019ではさらに新たなテーマが設けられている。それは「祖父母世代と孫世代での参加」である。これまでのKMAは、その名前が示すように、基本的には子どもを対象にした企画であった。しかし今回は、子どもが自分のおじいちゃんやおばあちゃんと一緒に、アートワークショップを体験するという仕組みになっている。

なぜこのような試みがなされたのか。それは應典院が昨年から取り組んでいる「終活プロジェクト」と関係している。應典院は、人々が人生の終わりを見据えて実務的な準備をしていくことや、仏教的な智慧に学びながら死生観を醸成するといった、「安心の人生の仕舞い」への寄与に向けて、様々な取り組みを始めている[1]。今回のKMAは、その終活プロジェクトの一環を担うものでもあるのだ。祖父母世代の参加や、「地獄・極楽、どちらを選びますか?」というサブタイトルが示すように、KMA2019はまさに「死生観の醸成」が大きなテーマの一つであった。

[1] 應典院HP 2019年2月7日記事参照 https://www.outenin.com/article/article-13410/

<極楽・地獄>という仏教的生命観の世界への扉

さて、今回のメインプログラムは「絵画ワークショップ~<極楽・地獄>どんな世界?~」と「造形ワークショップ~<おじぞうさん>を作ろう~」の二本立てである。絵画のWSは、講師の中井敦子さんにより以下の手順で進められていった。

①ブルーシートの上に画用紙が並べられる。画用紙は二列(一列4枚程度)に並べられており、一方の列は極楽を、他方の列は地獄を描く用である。

②参加者は好きな「石」を選び、それをブルーシートのふちに並べる。そして石より手前は「こっちの世界」、向こうは「あっちの世界」というアナウンスがあったあと、「こっちの世界」から「あっちの世界」へ飛び越えることから、絵画ワークショップはスタートする。

③参加者は好きな画用紙に、好きな絵の具で、それぞれの<極楽・地獄>を描いていく。一人一つの画用紙というわけではなく、描いている途中で別の画用紙へと移動しながら、参加者全員で絵画を制作していく。

④完成したら全ての画用紙をくっつけて、その上に華葩(けは)をまき、一つの作品に仕上げる。

僕はこのWSを見学していて、「祖父母世代と孫世代」という今回の趣旨が、存分に活かされていると感じた。そもそも、子どもたちは「極楽」や「地獄」といったものについて、ほとんど何も知らないのである。そこにおばあちゃんたちが「極楽には綺麗な花が咲いているのよ」「地獄には鬼さんがいてね〜」と、子どもたちに話しかけながら制作は進んでいった。祖父母世代に身体化されている<極楽・地獄>の物語が子どもたちへと伝えられ、子どもたちの無垢な感性はその物語に新たな表現を与える。そしておばあちゃんたちは、自分自身で死後の物語を語り直すことによって、あるいは子どもたちの絵を見て、應典院という場の力を感じて、あらためて<極楽・地獄>という仏教的生命観の世界に触れていた。「大人=教える立場/子ども=教わる立場」といった一方向の関係性ではなく、互いに影響をもたらしながら、それぞれが学びや気づきを深めていくところがKMA2019の特徴だったと言えるだろう。

そしてもう一つ、このWSの興味深い点は、絵を描くための様々な技法が小出しにして伝えられるところである。最初は水彩絵の具で普通に描いてみる。次に筆を振ることによって水滴を散らす方法が教えられる。その次は石に絵の具を塗ってスタンプにする、手で直接絵の具を伸ばす、絵の具をこぼす、などなど。子どもたちは新たな表現方法を獲得するたびに、自分のイメージをより具体的に形にしていった。いや、むしろ新たな技法によってイメージが拡張されたのかもしれない。何れにせよ、この巧みな進行は講師の技術と、應典院がこのような場を長年続けてきたことの成果だと思われる。

 

 

「物語」や「型」が持つ力、その強度

次は造形のWSである。

①應典院・秋田光軌氏による六地蔵のお話。

②紙粘土を骨子となるスポンジに貼り付け、自由に自分たちが思い描くお地蔵さんを作っていく。

③講師の村上佑介さんが最小限の手助けをしながら、木のヘラや水を使って形を整えていく。

④できたお地蔵さんを應典院の階段に並べ、秋田光軌氏が導師となって一緒に同唱十念を唱える。

普段僕たちは「仏像」なり「お地蔵さん」に直接触ることはほとんどない(もしかしたら子どもは平気で触ったりしているかも…)。そうした仏教のシンボルを、触れるどころか自ら制作するという営みは、子どもたちにどのような経験をもたらしたのだろうか。子どもたちは自分のお地蔵さんを作り上げると、余った粘土でお供え物を作り始めていた。「お地蔵さんといえばお供え物」という単純な連想によるものかもしれない。ただ、今目の前にある「自分が捏ねた紙粘土」に対して、何か「ありがたい雰囲気」を感じ取り、お供え物をした子どもたちに僕は驚かされたのである。自分で作り出したにも関わらず、出来上がったお地蔵さんにお供えものをしたくなる、手を合わせたくなる。秋田光軌氏による六地蔵の話や、お地蔵さんの姿形そのものによって、宗教的な感性が賦活されていたようだ。「物語」や「型」が持つ力、その強度をあらためて痛感させられた。

二つのWSに共通してみられたのは、子どもたちの積極性である。一緒に参加していた大人たちは白紙の画用紙になかなか手をつけられずにいたが、子どもたちはいきなり画用紙いっぱいに絵の具を落としていった。また、考えるよりも先に紙粘土を捏ねる。考えてから行為を始めるのではなく、環境と関わりながら思考するあり方を彼らは体現していた。アート×子ども、あるいはアート×仏教の可能性はここにあるのではないだろうか。心身を世界に開き、体を動かしたり直接手で触ったりしながら仏教を感じること。その魅力と展望を強く感じた一日であった。

人物(五十音順)

釋大智
(浄土真宗本願寺派如来寺副住職)
中井敦子
(薬師山美術研究所こどもアトリエ)
村上佑介
(彫刻家・大阪城南女子短期大学専任講師)