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2019/12/27~12/29 岩橋貞典:坂本企画16『セ ニ ハ ラ ヲ』(應典院舞台芸術祭Space×Drama×Next2019)レビュー

去る12月27日~12月29日に、坂本企画16『セ ニ ハ ラ ヲ』(應典院舞台芸術祭Space×Drama×Next2019)が開催されました。精神世界の深淵を覗くような今作品は、観る人によって見え方が変化し、またその日の自分自身をも投影されるような空間が広がっていました。今回は、作家・演出家の岩橋貞典さんにレビューを執筆していただきました。


私は誰だろう。
ちょっと唐突だな。こう言い換えよう。
私は、世界の中で、どのような役割を持って生きているのだろう。
これでも唐突感は否めない。なぜなら、私たちは常日頃、こんなことを考えて生きてはいないからだ。何か、のっぴきならない出来事に襲われたり、青春とか拗らせて果てのない自問自答を繰り返してみたりすると、或いはこんな問いを立ててしまうかもしれない。が、それでも、この問いには明確な答えは用意されることはなく、問うたこと自体を疑問に思うような、そんな含羞に満ちた問いでもある。
しかしでもやはり、私たちは否応なくこの世界に生きているのであり、そのことに対してなんらかの落とし前をつけたいと、密かに、こっそりと、考えている。
私は、誰なんだろう。
 
坂本企画『セニハラヲ』を観に行った。前回公演を観に行ってその誠実さに好感が持てたし、今回のチラシの饒舌な雰囲気も気に入ったし。そう、饒舌。
このチラシには、多くの情報が溢れている。オモテ面、タイトルと、謎の英文メッセージと、背景に薄く刷り込まれたことばたち。そして裏面には、公演情報とともに、登場人物たちにとってこの物語はどのようなものであるのかが、ツイッターの呟きくらいの分量で語られる。語っているのはもちろん作者の坂本氏であろう。ここにも情報だ。登場人物全員分の、詳しい、しかし断片的な情報。それを見る私たちはある種のもやもやを抱え込むことになる。でもまあ、そりゃそうだ。冷静に考えればわかろう。これから始まる物語をこの紙の上で始められてはたまらないから。物語は劇場で。
それら、饒舌にして断片の情報を持って、私たちは劇場に向かう。
   
いつもの應典院の中央に、大きな円形の舞台が立ち上がり、少し傾いて鎮座している。その円の中央に穴。そう、これは、この芝居は、どうやらドーナツらしいと、私たちは気付く。チラシの英文は当日配られたパンフレットにて種明かしされる。「ドーナツの穴を売ってはならない」。暗示的だ。そして、芝居は始まる。
チラシに示されたように、そして同じことばでパンフレットにも記されているように、登場人物たちはそれぞれの物語を背負い、舞台に現れる。傾斜する舞台天面は黒板加工されており、チョークを使ってどんどん情報が書き込まれていく。最初は足跡。それが徐々に落書きに、台詞に、と重さをもって立ち現れる。実は私には、正直、この書き込みこそがこの芝居そのものなのではないかと、途中から思えてならなかった。役者たちの達者な台詞、動き、アンサンブル、しかし、それ以上の存在感を、このドーナツに書き込まれた模様たちは発揮していたのではないか。饒舌に、世界を物語っていたのではないか。
多くのことばと情報と(それは同じものだが)、そしてそれを凌駕する何かを振りまいて、芝居は終わってゆく。饒舌な過剰な何かたち。しかしそれは、中央に穴の空いた舞台装置そのままに、ある種の空虚であり、ドーナツなのだった。
   
芝居を見ている間に、ふと、「私は誰であるか」が、分かった瞬間があったような気がした。私の、この世界の中での、役割。舞台上で役者たちが背負っていたものを、私もきっと、この世界という物語の中で抱えているのだ。
しかし劇場を出ると、それは(どこかの)中央に空いている穴に吸い込まれていった。
   
   
プロフィール
岩橋貞典
作家・演出家。オリゴ党代表。劇団は結成28年目を迎えます。
次回公演
『(演目未定)』作・演出/岩橋貞典
5月中旬 音太小屋テシス