
【開催報告】道の道場ゼミ キックオフ よき祖先としての企業を考える
米ハーバード大学などの研究チームが、世界の22カ国の幸福度について調査したところ、日本が最下位だったという報道があった(日経250501)同様の他の調査では、フィンランドとかブータンとか「世界で一番幸福な国」としてよく耳にするが、今回は少し趣が違う。インドネシアやフィリピン、メキシコが「幸福」上位で、G D Pを遥かに上回る日本がなぜ最下位なのか、その低迷について「宗教行事への参加が少ないことも関係があるかもしれない」という研究者の指摘が興味深かった。生きがいに関わる宗教の教えや行事を通じた人間関係の広がりが幸福度を押し上げた可能性があるというのである。
去る5月20日、應典院で「道の道場キックオフ:未来に応える経営へ よき祖先としての企業を考える」が開催された。道場長は産業僧を名乗り、ダボス会議の常連でもある松本紹圭さんだ。
参加者は全員ビジネスパーソン、自己紹介もあったのだが、エネルギー大手、広告代理店、経済団体と経済界の一線で働く人たちだが、一般的にはお寺に一番縁遠いとされるかもしれない。
道場長松本さんのフォロソフィーは明快だ。例えば社会の構造がこれほど複雑化して中で、従来の株主中心、市場中心だけでなく、マルチステークホルダー資本主義への移行が言われている。生産者と中間者、消費者だけでなく、あらゆるものがかかわりあって持続可能な社会を構成しているわけだが、だからこそ仏教思想や哲学に価値が見出せると指摘する。西洋思想の人間優先主義はA Iが拡大するほど成り立たなくなり、むしろ伝統仏教があたためてきた「縁起」「空」「山川草木思想」や「三方よし」が再評価されるというのだ。
松本さんの訳書「グッドアンセスター」(ローマン・クルツナリック著)は、「私たちはよき祖先になれるか」と大きく問いかけて、短期的で効率的な短期成果主義から、次元の異なる長期思考(ディープシンク)の必要を説いているが、まさにそれとビジネスパーソンの抱える「苦」の問題と重なるのではないか。考えるフレームや視界のスコープを、仏教からアプローチして転換する。松本さんらしい学びの道場となるだろう。
冒頭の幸福度調査でいう「幸福」とは、いいもの食べて、いい所に住んで、高い報酬を得る、といった「消費的幸福感」ではない。本当のウェルビーイング(一人一人が健康であり、精神的にも社会的にも満たされている状態)=幸福社会の実現に企業人がどのようにコミット可能なのか、そのための内発的な変化がこのセミナーから促されると見える。
この日のワークの最後には、こんなスライドが投影された。
「企業(人)にとってよき祖先として振る舞うとは?」
ビジネスパーソンたちはやや戸惑ったことだろう。しかし、問われたこともないような問いに向き合い、答えようにないものを巡って、他者と関わり合い続ける。おそらく日本人の「幸福感」とはそういう探究の旅(情も必要だが)の行方にゆっくりと立ち現れてくるものなのではないか。
(写真は2025年6月13日発行「文化時報」 1面にご掲載いただきました)