
2026/9/24【開催報告】むぬトーク vol.6 レポート:狩猟採集社会にみる、子育ての人類学。あそびとまねっこがひらく、こどもの社会化
2026年7月22日、大阪・應典院にて『むぬトーク vol.6 狩猟採集社会にみる、子育ての人類学』を開催しました。
身近な人の死に向き合うとき、多死社会の訪れを感じる知らせを聞いたとき、自分のこれからを想像したとき、思い出の品を手放すとき…日々の暮らしで、私たちは様々な「終わり」に遭遇します。しかし、そこから生まれるもやもやと、じっくり向き合える機会はそう多くありません。人もいきものも文化も、「終わり」と隣り合わせの今。私たちは「終わり=死」から「これからの時代をどう生きるか」を考えることができるのではないか。「むぬトーク」は、そうした「生と死」にまつわる問いを分かち合う場です。
今回は4月に行った前回のvol.5「保育実践とアニミズム」に続くかたちで、子育てと子どもをテーマの切り口に据えています。狩猟採集社会のフィールドワークを通じて、私たちの子育て観とどう違うのか、その前提にある社会関係のあり方や、他者同士の相互行為に焦点を当ててこられた京都大学の人類学者・高田さんをお招きしました。
母親と密着した長い授乳期を終えると、こどもは同年齢の集団ではなく、3歳から10代半ばまでが入り混じる幅広い年齢の子ども集団へと居場所を移していく。そこで繰り広げられる歌と踊り、そして「まねっこ」。教えるでも教えられるでもない、あそびを通じた社会化のかたち。私たち自身の子育て観や、学校という制度そのものを問い直す時間になりました。
狩猟採集民の特徴:長い授乳、抱っこ文化、多年齢の子ども集団
高田さんが調査を続けているのは、通称「ブッシュマン」として知られる狩猟採集社会の人々です。調査地はナミビアとボツワナにまたがるカラハリ砂漠周辺で、全体でおよそ10万人(ナミビアに5万人、ボツワナに4万5千人ほど)が暮らしていると言われています。
まず示されたのは、呼び名そのものが背負う歴史です。「サン」はイヌイットやアボリジニと同じく先住民のカテゴリーであり、その下にはツワナやクン・アコエなど、20〜30ほどの言語グループが存在します。「ブッシュマン」は17世紀にオランダ人が名付けた、植民地史を色濃く反映する語。一方の「サン」も、近隣の農牧民が「家畜を持たない人」という意味で下に見て使ってきた呼称で、いずれも外部からのまなざしを含んだ言葉だといいます。それでも近年は、それぞれの言語グループが単独では運動の力を合わせられないことから、あえて「サン」「ブッシュマン」という言葉を積極的に使い、地域を超えた連帯を築こうという動きも出てきていると付け加えられました。
サンの子育て研究が本格化したのは1960年代。中でも1976年に出版された『カラハリ・ハンターギャザラーズ』は、ハーバード大学のチームがジュ・ホアンシ(ジュンクアン)と呼ばれるグループを対象に行った、学際的な研究の記念碑的な成果です。当時の人類学には、人間本来の行動を明らかにするために、現代の狩猟採集民を調べようという進化史的な関心が強くありました。高田さん自身はこの立場に距離を取りつつも、まずはその視点から見えてくる「純粋な特徴」を4点、紹介してくれました。
ひとつは、母親が3〜4年にわたって乳幼児と密着し、長期間授乳を続けること。乾燥地の植物は繊維質が高く、動物の肉も乳幼児には適さないため、授乳がその期間の栄養をほぼ支えているのだといいます。ふたつめは、徹底した「抱っこ文化」。世界の子育ては、ずっと抱っこする文化と、早くからベビーベッドを使い子どもを離す文化に大別されるとされ、西洋は後者の典型。日本はちょうどその中間にあるものの、サンの抱っこ・授乳の頻度はアメリカの研究者から見ても衝撃的だったそうです。3つめは「赤ちゃん体操(ジムナスティック)」。赤ちゃんを早くからジャンプさせるような習慣で、感覚運動発達、とりわけ歩き始めが欧米より非常に早いという特徴に結びついています。
そして4つめが、今回の話の核心である多年齢の子ども集団です。長い授乳期が終わり、次の子が生まれると、母親は次の子に密着するために手を離す。すると子どもは、3、4歳から10代半ばまでの幅広い年齢の子ども集団に愛着の場を移していく。小規模な集団のなかで年齢の幅が広いからこそ、そこでのあそびが豊かに発達していくのだと高田さんは語ります。
模倣:まねるということ。ものをあげる/もらうから、歌と踊りへ
後半のテーマは「あそびと模倣」。ここでいう模倣とは、単に真似することではなく、他者の意図を理解し、それを再現する行為を指す、心理学と人類学がちょうど交差するテクニカルタームです。たとえば「あげる」という行為に対して、物が動いているだけでなく「あげようとしている」意図を理解し、手を出して受け取る。これができるようになるのは、大体10ヶ月から1歳半のあいだだといいます。
映像で紹介されたのは、1歳ほどの子と2、3歳の子が物のやり取りをする場面。1歳の子が相手の目を見て意図を読み取ろうとし、やがて自分もあげる側に回る「役割反転模倣」が成立する様子でした。もう一本、2歳ごろの子が10代半ばの女の子たちの輪に入って一緒に踊る映像も紹介されました。歌自体は近隣の農牧民オバンボの言葉に由来し、歌詞は実はある政治家を批判する、かなり政治的な内容だといいます。しかし子どもたちはそうした意図とはほとんど関係なく、替え歌にして遊んでいる。定住化が進み農牧民との交流が深まる中でも、圧倒的に遊ぶ量が多いサンの子どもの方が、その歌がずっと上手だという逸話も紹介されました。
高田さんが強調するのは、こうした歌踊りの活動が、日常会話とは異なる参加の構造を持っているという点です。挨拶や質問応答のような日常会話は、多くの場合ふたつのやりとりのセットで成り立ち、身体的・認知的な能力差が大きい相手とはなかなか難しい。一方、歌踊りは進行しているものに小さな子が参加しやすい構造を持っている。年長児は年少児を邪険に扱わず、むしろ輪の中心に持ってきて面白がる。少しくらい遅れても、逐一説明されなくても、流れていくものに少しずつ合わせていくことで、参加の度合いが自然と高まっていく…それが多年齢集団ならではの学びの形だといいます。
教育ではない、社会の再生産のありかた。制度・活動・行為という3層
模倣を通じて生まれるのは、単なる「まねっこ」にとどまりません。子どもは実演された行為のバリエーションを数多く試しながら、その行為にまつわる新しい意味を、仲間と共同で作り出していく。だからこそ、オバンボの政治的な歌もどんどん取り込まれ、あっという間に替え歌へと作り変えられていく。
教育活動という文脈で見れば、養育者が幼い子供の行為を「様式化(スタイライズ)」—文化的な文脈に沿ったかたちで、その行為の意味を再定義していくこと—がしばしば起きているといいます。これは学校教育に限った話ではなく、年齢の近い子供集団のなかでも同じように起きていて、幼い子もそれに寄り添うことで、新しい文化の維持や再編が可能になっていく。子ども自身にとっては「伝統的」か「新しい」かというラベルづけ自体にほとんど意味がなく、あるものとあるものを組み合わせて遊んでいるうちに、気づけば新しい文化がそこに立ち上がっている…それが高田さんの見立てです。
こうした研究がまなざしているのは、突き詰めれば「社会と文化の再生産」そのものだと高田さんは位置づけます。教育とは、広い意味で言えば社会文化を次の世代へと引き継いでいくための装置です。ところが今、グローバル化が進み冷戦も終わったことで、世界中で似通ったカリキュラムが一強状態になりつつあり、再生産のパターンそのものが画一化して、創造力がむしろ弱まりがちだという懸念が示されました。
一方、狩猟採集社会やもう少し広い伝統的な社会に目を向けると、学校教育が広まる前は、大人が意図的に「教える」ということ自体、それほど積極的にはされてこなかったという研究の方がむしろ多いといいます。それでも子どもは自らの意思で、周囲の文化をどんどん自分のものとして身につけていく。だからこそ今に続く多様な文化があるのであって、「教育とは何か」「それは人類にとって普遍的な営みなのか」という問いは、ここ20年ほどずっと議論され続けているトピックなのだと語られました。
こうした問いに応えるために、高田さんは教育というものを「制度・活動・行為」という3つのレベルで捉え直しています。今日じっくり見てきたのは、いちばんミクロな「行為」のレベルにある模倣。その一段上には、遊びの種類など、もう少し大きな括りの「活動」のレベルがある。さらにその上に、学校という「制度」のレベルが位置づく。学校のような制度が存在しない社会では、遊びそのものが、あたかもその制度の代わりを果たすかのような側面を持ちながら、社会化を担ってきた。
そういう理解に立って、今日冒頭で紹介した1970年代の初期研究を改めて見直すと、こう整理できるといいます。学校という制度が存在しなかった狩猟採集社会では、母親と子ども、そして多年齢からなる子供集団の密接な社会関係こそが、社会という集団そのものを可能にしていた。そこに今、学校というまったく別のシステムが入り込んできている。このふたつのシステムがぶつかり合うのか、それとも横に並んで共存していくのか。
その過程で社会がどう再生産されていくのかを研究するのが、高田さんと研究室の学生たちの、まさに現在の仕事だといいます。意図的な教育や、行為レベルでの教示が実際にはどう行われているのか、あるいは行われていないのか。その丁寧な検証が今後の課題として示され、高田さんの話題提供はいったん締めくくられました。
狩猟とあそびの境界、豊かな社会と学校教育のジレンマ
後半、川地との対話に移ります。まず投げかけられたのは、あそびと「労働」との境界についての問いでした。高田さんの答えは明快です。大人の狩猟採集活動自体もあそびの延長であり、「明日狩りに行くぞ」となれば、まるで私たちが「明日磯釣りに行くぞ」と言うときのようにみんなウキウキする。女性たちが行う採集活動も、キャンプを出て服を脱ぎ、川で戯れながら向かうような、楽しさの伴う営みだといいます。
いわゆる「原始の豊かな社会(オリジナル・アフルエント・ソサエティ)」という言葉も紹介されました。生活域が動植物に囲まれているため無理に多く取る必要も、貯めておく必要もない。労働時間はせいぜい1日3〜4時間で、残りの時間は自由に過ごせる。一方で、白人やバントゥー系農牧民の植民が17世紀以降じわじわと進み、狩猟採集民は生活域を追われ、カラハリ砂漠の中央部やナミビア・アンゴラ国境の森へと追いやられていった歴史も語られます。今では砂漠も自然保護区に囲われ、そこに居住地ができ、宣教団が来て、開発事業として学校教育が導入されてきた。「違うイデオロギーを子供が学ばざるを得ないという状況」だと高田さんは言います。
しかし学校を出ても、良い仕事はなかなかありません。SDGsの流れで初等・中等教育の無償化が進んだ一方、社会の実態とのずれは広がるばかり。もともと効率やタイパを考えないあそびの中で身につけてきた知識や経験のスタイルが十分に育たないまま、学校のカリキュラムの知識だけがあり、それを生かせる仕事がない…そんな状況が生まれやすいのだといいます。この構造的なジレンマに対して高田さんは今、「フューチャーメイキング」という大きなプロジェクトを進めているとのことでした。
循環するリアリティ:日本の子育てにも重ねて見えてくること
そして最後に、大きな問いがひとつ、川地から投げかけられました。スライドの中でも紹介されていた「狩猟採集民を見ていくことで、人間本来の子育てが見えてくるのではないか」という仮説について、高田さん自身は今日、何度も懐疑的な立場を口にしていた。30年にわたって研究を続けてきた今、率直にどう見ているのか、その景色を共有してほしい、という問いかけです。
高田さんの答えは、自身の研究のスタンスそのものに関わるものでした。20世紀半ばの初期の研究には、生業活動という経済的・物質的な基盤があり、その一番上に信念やイデオロギーというビリーフシステムが乗り、その間を行為がつなぐという、いわば積み上げ式のピラミッド構造のイメージがあったといいます。「僕自身はそうではなく、これ全部循環すると思っていて」、高田さんはそう語り、その循環のただ中で見えてくる相互行為こそが、社会的なリアリティを絶えず再生産していくプロセスなのだと続けます。子育ては、世代を超えたやりとりを直接観察できる、数少ない場面。社会自体が変化しながらも、そのリアリティがどのように更新されていくのかを見るための基盤として、括弧付きの「サン」という見方そのものを、絶えず再考し続けているといいます。
興味深いのは、この視点が日本の子育て研究にもそのまま接続されていることです。「日本は恥の文化だ」という、よく知られた日本文化論があります。しかし高田さんが親子の日常会話を実際に分析してみると見えてくるのは、親自身は普段から「日本文化」など意識してはいないという実態でした。子供がきちんと挨拶できたら物を渡してあげる、というような、ごく日常的な相互行為上の小さな課題をこなしていくなかで、結果的に「渡せなかった」「恥ずかしいことを言っちゃった」というやりとりが積み重なっていく。それが後から振り返ると「恥の文化」と名指されるようなパターンとして立ち現れてくるにすぎない。
同じように、道を外れそうになった子供に「お花を踏んだからお花が泣いてる、かわいそう、ごめんって言いなさい」と声をかける——それもまた、後から「アニミズム的なしつけ」と意味づけられる、日常のなかの小さな相互行為の積み重ねなのだといいます。「観察できる相互行為のレベルから見たいなっていうのが一貫している立場ですね」という言葉に、高田さんの研究を貫く軸が集約されていました。この見方について川地は、「行為から信念へ」という積み上げ式の枠組みにそのまま当てはめようとするのではなく、常に動き続ける社会のリアルタイムでのスナップショットを撮り続けているような感覚だと応じました。
「体で学ぶ」ことの喪失、多年齢集団の可能性
後半は参加者を交えた質疑応答の時間。ある参加者からは、学校教育を受けても就職口がないという状況そのものへの問いが投げかけられました。高田さんは、アジア・アフリカの教育制度の多くが欧米のシステムをベースに導入されており、社会の実際の経済を動かすセクターに比べて遅れて整備されやすいこと、理想を反映しやすい構造であることを説明しつつ、「万人への教育」から「質の高い教育」へと国際的な目標がシフトする中で、社会の実態とのギャップがむしろ広がってきていると語りました。
別の参加者からは、逆に日本の子どもたちが「体で学ぶ」経験をどんどん失っているという指摘がありました。大学に入って初めて森に行った、初めて自然の中の虫を見た学生も少なくない。そうした状況を研究の視点からどう捉えるか、という問いに対し、高田さんは自身の博士課程での経験ー大学院生が2年ほど現地に住み込み、時に苦労しながら学んでいく過程—を引きながら、あるものをそのまま別の場所に移植するようなやり方はうまくいかないという実感を語ります。それでも、日本の狩猟採集民研究者の若い学生たちと一緒に森でフィールドワークをしたり、狩猟採集民になってみようと劇をやってみたり、「小さいことからしか進められない」と、地道な試みを続けているとのことでした。
幼稚園に関わる参加者からは、儀礼と多年齢集団の関係について質問がありました。高田さんによれば、サンの儀礼は周りの農牧民に比べてシンプルで数も少ない。数週間から数ヶ月ごとに集団の構成を変えながら離合集散する「遊動生活」のため、決まった時期に決まった儀礼をする必然性が薄いのだといいます。例外的にアクティブに行われるのは、少女の初潮を祝って三日三晩踊り続ける儀礼と、病を治すヒーリングダンス。
一方、農牧民には戦争のための部隊編成とも関わって、通過儀礼—とりわけ男性のイニシエーション—が発達しているという対比も語られました。多年齢の子ども集団については、「教える立場と教わる立場がずっと続くし、システム的にインフラを整えなくても、それが可能な仕組みになっている」と評価し、日本の初等教育より前の段階に、同年齢だけでなく年齢幅のある交流の場面を作れれば、今あるものを補う形になるのではないか、という見立てが共有されました。
高田さんは最後に、遊動生活における離合集散(フィッション・アンド・フュージョン)の話を重ねます。コンフリクトが起きたときの解消法は「その場を離れる」こと。逃げた先にもまた知っている家族がいて、しばらくして戻ってくればまた仲良くやり直せる。そうした生活だからこそ、農牧民のような呪いや儀礼をあまり必要としない一方、特化した専門性よりも、幅広く何でもわかるジェネラリストが育ちやすい。模倣を通じて他者と同じ行為をしていくことの価値が、自己表現を重んじる私たちの社会とはまったく異なる規範として立ち上がっている。その対比の面白さが、対話の最後に確認されました。
おわりに
今回のむぬトークでは、狩猟採集社会のフィールドワークを重ねてきた高田さんの知見をもとに、「教える/教わる」という枠組みの外側にある、あそびを通じた社会化のかたちを考える時間となりました。母親から手を離れたこどもたちが、多年齢の子ども集団の中で歌い、踊り、模倣し合いながら育っていく様子は、私たちが当たり前だと思っている子育てや教育のあり方を、少し違う角度から照らし出してくれます。
同時に浮かび上がったのは、その狩猟採集という営み自体が、植民地化や土地の囲い込みによって成り立たなくなりつつあるという厳しい現実でした。学校という制度が入り込むことで、こどもたちの学びの環境は大きく揺れ動いています。あそびを軸にした社会化のあり方と、近代的な学校教育——このふたつのシステムがせめぎ合う場所に、これからの子育てや教育を考えるヒントがあるのかもしれません。「うまい両方との付き合い方がどう見出されようとしているのか」という問いは、遠いカラハリの話であると同時に、私たち自身の社会への問いでもありました。
むぬトークは10月末頃に次回の開催を予定しています。また、應典院では8月8日・9日に、着なくなった子ども服を回収してつなぎ合わせる「糞掃衣づくり」のワークショップも予定しています。
あそびの精舎 note
子どもからお年寄り、また祖先や未来の世代が集い、ともに「あそぶ」ことで、いのちのつながりに気づき、今の生き方を見つめ、生まれ死ぬまでの、暮らしをともに支えていく「ライフコモンズ」の拠点 應典院とDeep Care Labで運営
https://note.com/asobi_outenin








