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2018/6/29-7/1 杉本奈月:劇的集団まわりみち’39『誕生へのロードワーク』レビュー

本年度から全面リニューアルした應典院舞台芸術祭Space×Drama×Next2018は、これまでの短期集中型から年間開催に移行し、「いのちに気づく演劇プログラム」とテーマ設定がなされました。1年間の長期に渡る演劇祭にて、劇的集団まわりみち’39により6月末に上演された1作目『誕生へのロードワーク』は、現代社会に対する様々な問題意識が描かれた『問題意識、全部のせ』(作・演出の斜あゐり談)な作品でした。今回は、作家・N₂(エヌツー)代表の杉本奈月さんにレビューを執筆していただきました。


熱狂、暑苦しい街、傷つきの話をするには少し人が多すぎる。先日まで桜だった並木が枯れるには早く、夏の死骸が歩道を埋めはじめる前。太陽とともに南下するコンクリートの通い路は、聖俗をまたにかける一つの寺院と地つづきである。今、大阪の演劇公演とドラマ、戯曲文学は斜陽の一途をたどっているだろうか。ここも、声高に「震災以前/以後」の観光芸術、水準の低いSEA *¹ をうたう都落ちしたアーティストかぶれの根城となってはいないだろうか。ついてきた土をはらい本堂へ足を踏み入れると、プロセニアムのしつらえとなった「いつもの應典院」である。

つかい回されてきた暗幕には手あかがついているばかりで、どこまで美術を立てたとしても野暮ったさは残ってしまう。そこへ鏤められている氷晶は赤く、今ここで、ほんとうにためされているのは観客のわたしたちだとでもいうような、まるで夕陽を焼き込んだ試金石の傷あとである。舞台に華はないが、北国出身の感性から生まれた白い「ホネ」、青ざめた「ペール」、「熟した実/ミ」、「融ける氷/コオリ」*² ……彼らより一歩さがった場所で咲く「むつのはな」は五月雨をも通りすぎる七月の雪と化していた。

従来の家族のあり方を二の次にしたUT。UTの植民地とされずにすんだVT自治区。迫害しあう二つの国、そのあいだを行く人間もいる。生命に上も下もないからこそ、愛するもののいのちを軽んじられたことへの憎しみもあった。右往左往しながら悲しみに暮れる涙は、国境という境目から生まれたのではない。作者の立場はわからないが、あくまで物語はVTに近い視点で進んでいるように見える。また、出どころがわからないなりに “V” の一文字は視覚にかかわるイメージがある。――さて、本作において「たまにきず」だったのは先の「見えてこなさ」である。

一人の体つき、二つの影、三者三様の見た目……夜だって月明かりにさえ嫌われていなければ、それらは暗視カメラを内蔵せずとも肉眼でとらえられる。きっと望遠レンズをのぞいてみても、おもて立った「きず」は目視されないから欠陥もない。でも、耳をかたむけても本心がきこえてこない。書かれたせりふはストーリーのはこびを重視して読まれている。口にされることばに本音らしさから生じるゆらぎは含まれておらず、いまいち迫ってこないのだ。だから、声は音、やがては波となり、ただ「そういったものごと」として伝わってしまう。

いや「そう」であるとしか伝わらない。表現者たちの日の目を見てこなかった「傷」がひらかれないまま走りきるのも悪くはない。切り口が癒えず、止まらなくなった血をかけるものばかりが正しい演劇ではないのだから。ただし、あらすじの通り群像劇であって群衆のための作品とはなりえない――それが意味するところは熱がさめてしまわないうちに噛み砕き咀嚼しておかなければ、初回よりなまった足で一手遅れたリスタートを切ることになりかねないだろう。そして、彼らの芝居は語りにまで昇華されてはいないが、語りとなってもいけないはずだ。

* * *

あらゆる時事において先導者となれなかった人々がおこなう自分語りは、どこかひとり善がりでいて、どこかで「わたしでないあなた」を傷つける。でも、彼女の創作物は他人を含む「わたしたち」という存在をひとつづきにしない。神だなにあげられるあたらしさを「ただ一つ」と信じる訳でもなく、ふるくからある教えのように一つのこたえが示される訳でもない。さばきにかけられた「ヤポンスキ *³」の殺人でさえ病理を腑わけされないままだったのだ。いつだって我々は、あたえられた先入観のもとジャッジをくださなければならない。

痛覚ある気づきは一体、どこで生まれるというのだろう。命があっても、ない傷口をひらくことはできない。死人に口なし、すべてを失うとわかっていながら刃むかい亡くなったものだって甦らないというのに。

「ごめん」
「いいよ」
「わざとじゃないんだ」
「でもやめてほしい」*²

それでも、たったの四行詩が永久凍土へ眠りかけた傷心を雪解けのようにゆさぶり起こすことは十二分にありえるのだ。冷房のきいた劇場をあとにして流されるのは汗水だけでない。少なくとも、道理ある人を他愛なく踏みにじってきた後ろ暗い痕跡は未だ至るところで陰に葬られている。明けていく紫陽花のみぎり、みちゆく先々で一方通行につくられてしまった「あざ」が露わとなる日、もうすでに多くは血だまりとなっているのが世のつねである。燦々と降りそそぐ光のもと、人としてのほこりを埋もれさせないための道路工事/ロードワークは客席へむかっておこなわれている。

 

*¹ SEA(Socially Engaged Art)… ソーシャリー・エンゲイジド・アート
*² 劇的集団まわりみち’39/斜あゐり『誕生へのロードワーク』(2018 浄土宗應典院 本堂 初演)
*³ ヤポンスキ(Японский)… ロシア語で「日本(人)の」の意

 

〇レビュアープロフィール

杉本奈月(すぎもとなつき)
作家。1991年生まれ、27歳。N₂(エヌツー)代表。京都薬科大学薬学部薬学科細胞生物学分野藤室研究室4年次中退。「治癒/治療」のあいだに立つ演劇とケアのあり方を見い出しながら「物語の書き手」ではなく「語りの聞き手」として他者とかかわっていく作劇を行う。缶の階(2013-2014)、dracom(2015)にて演出助手。2015年、上演のたびに更新される創作と上演『居坐りのひ』へ従事。第15回AAF戯曲賞最終候補となり「大賞の次点」(地点 三浦基)と評され、ウイングカップ6最優秀賞受賞。第16回AAF戯曲賞『草藁』一次審査通過。2016年、書き言葉と話し言葉の物性を表在化する試み「Tab.」、処女戯曲の翻訳と複製「Fig.」を始動。第9回せんがわ劇場演劇コンクールファイナリスト、若手演出家コンクール一次審査通過、第18回AAF戯曲賞『雲路と氷床/赤裸々』一次審査通過(2018)。おおさか創造千島財団「スペース助成」採択(2019)。

*戯曲提供・上演許可・仕事依頼(執筆/デザイン/出演)についてのご連絡は、gekidann2@gmail.com(N₂)/sugimotonatsuki2@gmail.com(杉本奈月)までお願いいたします。

[ デザインワーク ]https://sugimotonatsuki2.myportfolio.com/
[ 居坐りのひ ]http://www.aac.pref.aichi.jp/syusai/aaf_bosyu15/index5.html|第15回AAF戯曲賞最終候補
[ 遠心、日々の背理 ]http://wing-f.main.jp/hotpress.html|ウイング月刊予定紙「WING HOTPRESS」2016年9月号/http://www.mag2.com/m/0001678567.html|百花繚乱文芸マガジン「ガーデン・パーティ」

*白水社『日本戯曲大事典』https://www.hakusuisha.co.jp/book/b228932.html
*思潮社『現代詩手帖』2018年11月号【特集】演劇に行こう〜越境する言語と身体「Pick up アンケート 山﨑健太選」http://www.shichosha.co.jp/gendaishitecho/item_2178.html

[ 次回公演|N₂ ]http://gekidann2.blogspot.jp/

2019年02月16日(土)~17日(日)カフェムリウイ屋上劇場|Tab.4『磔柱の梨子』作・演出 = 杉本奈月/テキスト・出演 = 鄭婀美 キャメロン瀬藤謙友 [ 主催 ] N₂ 国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2019 TPAMフリンジ参加作品

2019年03月08日(金)~11日(月)CCO ブラックチェンバー|Tab.5『退嬰色の桜』作・演出 = 杉本奈月/テキスト・出演 = 澤井里依 髙道屋沙姫 電電虫子 [ 助成 ] おおさか創造千島財団 [ 主催 ] N₂

[ 次回出演|大阪アーツカウンシル ]https://www.osaka-artscouncil.jp/

2019年01月27日(日)大阪府立江之子島文化芸術創造センター|第一回 大阪芸術文化交流シンポジウム「世代を超えて『演劇』課題を共有できるのか:現代演劇つくり手の視点から」第Ⅰ部「大阪で演劇を続けて行きたい!?」結成10年未満の劇団の理想と現実

 

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杉本奈月
(作家・N₂(エヌツー)代表)