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2019/4/7 陸奥賢:おてら終活 花まつり「おとむらいシアター」に参加して

3月27日から4月13日まで、應典院では「おてら終活 花まつり」を開催いたしました。プログラムのキャッチフレーズ『春爛漫、元祖<おてらの終活>で希望と元気の花を咲かせよう! 』にぴったりの美しい春の陽気に誘われて、多くの方にご来場いただきました。
今回は、4月7日に開催された『おとむらいシアター~いいお葬式のつくり方~』について、應典院寺町倶楽部執行部役員の陸奥賢さんに、開催報告を寄稿していただきました。


 

池邊さんと秋田光彦住職の対談「2019終活の極意教えます」のあとに「おとむらいシアター」に参加しました。(対談についてはこちら

「おとむらいシアター」は「終活ワークショップ&納棺体験」という副題がつけられているように、ワークショップであり、應典院寺務局スタッフの繁澤邦明さんと沖田都さんが企画したものです。おふたりとも演劇人であり、演劇的手法を用いて終活にアプローチしてみよう!という試みは、ある意味、若者たちの演劇表現の場として20年以上の実績を誇る應典院らしい企画といえるでしょう。

参加者は13名。20代から60代ぐらいの幅広い年齢の男女が集っていました。本堂をみると阿弥陀さんの前に誰も入っていない無人のお棺が置かれ、そして木魚や僧侶の席やお焼香などが置かれています。一体、どんな感じで進められるのかな?と思っていたら、進行役を務める繁澤さんと沖田さんが登場。おふたりのご挨拶のあとに、沖田さんから全体の主旨説明がはじまりました。簡単にいうと、「お葬式(お通夜)の場面をみんなで再現してみよう」というもののようですが、ここでいきなり沖田さんが「じつは『おとむらいシアター』をやるのは私たちも初めてで、どういう風になるのか、よくわからないのです…」とブッチャケ発言が(笑) 「今回の反省を踏まえて、またブラッシュアップしていきたい」とのことで、今回はトライアルのような場なのだな、ということが参加者に告げられました。

さて、いよいよワークショップですが、具体的な進行は以下のように進められました。

①参加者の中から1名、「死者役」を決める。死者役になった人は、死者の名前、性別、年齢、職業、死因、家族構成、知人・友人・仲間・同僚など、キャラクター設定と「人物相関図」を決めていく。

②死者役のキャラクター設定が定まったら、他の参加者は「人物相関図」の中から配役を決めていく。配役が決まると席順(お焼香をする順番。死者と関係性が近しい家族から席順が決まります)も定める。ここで死者役の人もお棺に入ります。

③参加者全員の配役と席順が決まると、僧侶が登場。読経が始まり、お通夜の場面が再現されます。

④度胸が終わると、ひとりづつ、お焼香をして、お棺の前までいって、何かひとこと、「お別れのことば」をいう。

⑤全員、「お別れのことば」を言い終わったら、また僧侶の読経と同称十念で場が〆られる。そのあとにふりかえり。

 

まず①では死者役を決めるのに、参加者から希望者を募ったのですが、これが人気になりました(笑) 「わたし、死者をやりたい」というので数名の女性の手が上がり、結局、ジャンケンで決めるということになりました。決まったのは40代の女性の方でした。名前や年齢、死因などを決めていったのですが、「40代女性で、交通事故死」という設定となり、なかなか悲劇性の高い葬式であることが決定づけられました。人物相関図では「①夫」「②長男」「③長女」、「④父」「⑤母」「⑥祖母」「⑦兄」「⑧妹」「⑨友人」「⑩友人」「⑪会社の上司」「⑫同僚」「⑬同僚」と13名の関係者を配置。

②の段階で、参加者を13名の人物相関図に当て嵌めていきましたが、こちらも希望者を募っていきます。なるべく実年齢と近い関係者がいいのでは?ということで決まっていきましたが、ぼくは「⑦兄」の役をやることになりました。

③では僧侶として秋田光軌應典院主幹が登場。ごあいさつをしてから、「これからお通夜を再現しますが、浄土宗の寺院ですので『同称十念』を唱えてください」と、そのやり方をレクチャーしていただきました。そして、読経が始まり、同称十念をみんなでお唱えします。

個人的には、最初の配役などは、どこか演劇的で、気恥ずかしい感じがありましたが、秋田主幹の読経を聞きながら、みんなで合掌して、一斉に「同称十念」を唱えだした頃から、「これからお通夜が始まるんだ」というマインドセットに自然となっていったように思います。それぐらいエトス(型)の力というのは影響が大きいといいますか、自分の精神状態が変容していくのがわかりました。

そして④では、ちょっとビックリするようなことが起こりました。最初の男性2名(①夫、②長男)の「お別れのことば」は、どこか気恥ずかしさが入り混じった様子で、笑いをとろうといったような雰囲気も見られたのですが、女性陣のみなさんが「お別れのことば」を言い始めると、完全に場がほんまもんのお通夜モードに。不思議なスイッチが入ってしまい、「⑤母」の方は、なんと娘との突然の交通事故死にショックをうけて、悲しみのあまりに、「お別れのことば」がいえない状態に…。涙で嗚咽するばかりでした。
そのあとをうけて「⑥祖母」の方も「またあっちで会おうね」なんて泣かせるようなことをいい、「⑦兄」のぼくも、その流れで完全に「兄モード」に…。ぼくは根がフマジメに出来上がっていて、こういう場では、笑いに走るタイプなんですが、そんなことはまったくできない精神状態になってしまいました。そんなことをしたら、不謹慎に思われそうなぐらい、場が重い。ムリです。ギャグとか、とてもじゃないですが、いえません(笑)
その後も妹、友人たち、上司、同僚たちと、粛々と「お別れのことば」が続いていきました。そして、すべての「お別れのことば」が終わったあとに、⑤の段階にうつり、また秋田主幹の読経が始まり、それに合わせて、みんなで「同称十念」をして、ようやく「おとむらいシアター」は終わりました。

 

ふりかえりでは、参加者のみなさん(とくに女性陣。女性の共感力の凄さにも圧倒されました…)から「思わず本気になって入り込んでしまった…」という声が多数みられたのですが、これはぼくもやってみて思いましたが、大抵の人がそういう精神状態になりそうです。考えてもみてください。お寺という場で、阿弥陀さんが目の前にいて、お棺の中に人が横たわっていて、自分はその親族という設定で、僧侶が読経して、一緒に同称十念して、これは、もう、どうしても、そうなります。「逃げ道」がまったくないですから(笑)

また、今回は死者役になった方が40代の女性で、その結果、「交通事故死」という死因を選んでしまい、これがゆえに「悲劇性の高いお通夜」の設定になりました。共感力の高い方なら泣いて嗚咽するのも当然だといえるかも知れません。今後、この「おといむらいシアター」をやるさいは「老衰死」といったような、ある意味、無難な設定がいいかも知れない…と思った次第です。

ふりかえりのあとは、納棺体験で、みんなでお棺に入って楽しみましたが(ぼくも入りました。狭くて驚きましたが楽しかったです。笑)、みんな、やたらと仲良くなってました。「おとむらいシアター=お通夜のリハーサルのようなもの」という、あんまり経験したことのない、特別かつ特殊な場の「共通体験者」となったことで、一気に関係性の距離感が縮まったように思います。

ちょっとトリッキーですが、池邊さんがいう「死のリテラシー」を考えるのには、もってこいの演劇ワークショップであり、大蓮寺・應典院がやる終活事業のキラーコンテンツになりそうです。例えば「ペット葬(お棺の中にぬいぐるみを置く?)バージョンでやってみる」とか、「ともいき堂でやってみる(劇場空間的な應典院よりも、より親密度が高いワークショップになりそうです)」なんてのもいいのでは?と思ったりもしました。今後の展開に大いに期待しています。

 

人物(五十音順)

沖田都
(應典院職員)
陸奥賢
(観光家/コモンズ・デザイナー)