
2026/4/28【開催報告】むぬトーク vol.5 レポート:生きているものどうしの想像力。こどもとアニミズムが教えてくれること
2026年4月22日、大阪・應典院にて、『むぬトーク vol.5 アニミズムの実践としての保育:こどもと自然をケアしあう地域へ』を開催しました。
身近な人の死に向き合うとき、多死社会の訪れを感じる知らせを聞いたとき、自分のこれからを想像したとき、思い出の品を手放すとき…日々の暮らしで、私たちは様々な「終わり」に遭遇します。しかし、そこから生まれるもやもやと、じっくり向き合える機会はそう多くありません。人もいきものも文化も、「終わり」と隣り合わせの今。私たちは「終わり=死」から「これからの時代をどう生きるか」を考えることができるのではないか。「むぬトーク」は、そうした「生と死」にまつわる問いを分かち合う場です。
今回は、山本 一成さん(滋賀大学 准教授)をお迎えし、子どもの世界に宿るアニミズム的な想像力と保育実践、それが現代の私たちの暮らしや社会に持つ意味について考えました。
カタツムリの気持ちを一年間考え続けた子どもたち。タコが「飛びたい」と言っているのを聞き取る耳。バナナに名前をつけたら、その皮を捨てることができなくなった娘さん。山本さんが紹介するエピソードは、一見「子どもならでは」の話に聞こえます。でも本当にそうでしょうか。「アニミズム的な想像力」とは何か。そしてそれが私たちの社会や暮らしのどこにつながりうるのか。参加者それぞれの経験を持ち寄りながら、ともに考えた時間のレポートをお届けします。
止まった世界と、生きている世界:問いの出発点
セッションの冒頭、「大人の世界は止まっている」という問いかけが場に投げられました。水筒を見れば「水を入れるモノ」として目に映る。お絵かきの紙は「絵を描くためのモノ」として機能する。物事の意味がひとつに固定され、それ以外の可能性が閉じていく。そうした状態をDeep Care Labの川地は「止まった世界」と呼び、現代の「生きづらさ」の感覚と無関係ではないのではないかと語ります。
「これはこのためのモノである」という関わり方が続いていくと、やがて自分もそういう「モノ」になり交換可能な存在になってしまう感覚。そうした問いを抱えながら、山本さんのお話へと場はつながっていきました。
「未熟な存在」としてのこどもを問い直す。コーヒーの泡がひらく”動いている世界”
教育人間学を専門とする山本さんの研究のキーワードは、「アニミズム」と「保育(子育て)」、そして「生態想像力」。
出発点となるのは、西洋近代の教育観への問い直しです。カントは「人間は教育されなければならない唯一の被造物である」と述べました。野蛮なもの、動物的なものを「人間にする」ことが長らく教育の理念の中心に据えられてきました。
この枠組みに従えば、言葉や理性が「欠けている」とされた存在ーこども、女性、先住民の人々ーは、一方的に未熟で劣った存在として扱われてきた歴史があります。しかし現代では、そうした見方そのものを疑う声が人文学から出てきています。むしろ子どもたちが生きている世界、まだ意味が固定されていない動いている世界に、何か大切なものが宿っているのではないか。そうした問いから研究が始まったと語ります。
研究の方向性を確信したのは、自分の娘との何気ない一瞬だったそう。コーヒーを入れていた朝。3,4歳の娘がそばに来て、泡立つコーヒーをじっと見ていた。そして言いました。「動いてるね、人間だね」と。
流そうと思えば流せる一言です。でもどうしても流せなかった。「どういう意味で人間だと思っているのだろう」と。幼児教育学では「子供の生活は生きて動いている」ということが、倉橋惣三の時代から100年以上前から語られてきました。子どもが絵を描く時に描いているのは「物」ではなく「動き」だということも。この「動いている」という感覚こそが大事な鍵なのではないかと考え始めた。そしてその感覚には、グラデーションがある——ただ「動く」のではなく、さまざまな関わり方で世界が動き続けているのだと語ります。
人間と非人間の境界が揺れる場所:ひとは虫にも葉っぱにもなる。
この「動いている世界」を理論化するにあたって参照したのが、人類学者ウィラースレフの研究です。
シベリアの先住民・ユカギールの人々は、エルク(シカ)と深く関係を結びながら暮らしています。狩りに出る前夜、彼らはエルクの霊に酒を贈り、霊との関係を結ぶ儀礼を行います。そして狩りの当日、狩人は「自分がエルクになる」感覚の中で行動する。エルクと出会った瞬間、それはエルク同士の関係として経験される。でも「結婚してしまうとエルクの世界に行ってしまうから」、結婚はしない。やがて人間の世界に戻ってくる。
「私はエルクではなかったらエルクではないというわけでもない」。この言葉が示すのは、人間かどうかが最初から決まっているのではなく、その都度その都度の出会いの中で決まっていくということです。
これを子どもの世界と重ね合わせると、子どもは虫と出会う瞬間、葉っぱと出会う瞬間に、半分自分が虫になっていくような感覚で世界に入り込んでいく。でも完全に虫になるわけでもない。その境界の揺らぎの中で、人間というものが立ち現れてくる。そうした見方が、アニミズム研究と保育実践をつなぐ理論的な骨格になっています。
カタツムリが「クラスの一員」になるまで: 半年にわたる保育実践
理論的な話は、豊かな実践のエピソードへとつながっていきます。共同研究を行っている宇治市の保育園で起きた、あるカタツムリをめぐる半年間の物語。
4月、4歳の子どもたちがカタツムリを捕まえてきます。先生はその様子を保育記録に取りながら、「じゃあ何か一緒に作れるかな」と静かに動き始める。給食の先生に頼んでいろいろな色の野菜を使ってもらったりしながら、子どもたちが「うんちの色が全部違う」ということに気づいていき、カタツムリに大興奮。
6月。虫かごが「狭くなってきた」ということになり、大きな籠に移すと「今度は広すぎて寂しい」。「どうしたらいいかな?」という問いから、子どもたちが出した答えは「カタツムリさんのための遊園地をつくってあげる」でした。色紙を貼り付けた遊園地でカタツムリが「虹色のうんこ」をすると、クラスは大騒ぎになります。
10月。紅葉狩りに行くと「カタツムリさんにも見せてあげたい」と言いだす。消防車を見に行くと「カタツムリさん用の消防車」が生まれる。クラスの壁面には、子どもの誕生日と並んで「カタツムリさん」の写真が貼られるようになっていく。
「カタツムリがどう思っているかを一年間考え続けた子どもたち」と語ります。自分のための遊園地ではなく、カタツムリのための遊園地。その「誰かのために」というモチベーションが、こどもたちの活動を半年間にわたって駆動し続けた。そしてこの実践は、こどもだけで完成したわけではありませんでした。先生がこどもの世界に「吸い込まれる」ことで、はじめてこどもだけでは作れないストーリーが生まれていったと指摘します。
紹介された保育記録の中で、とりわけ印象的だったのは、そのカタツムリの男の子を担当した先生の「後日談」でした。ある日、仕事を終えて帰る途中、先生はアスファルトの上を横断しているセミの幼虫を見つけました。バイクや自転車が通る道です。「せっかく出てこられたのに、死んでしまったら」と思った先生は、傘でセミを誘導し始める。「こっちこっち」と声をかけている自分の姿を可笑しく思いながら、先生はこう書き留めました。
「あの男の子の姿と言葉が自分の中に生きているのだ、と感謝の気持ちと喜びでいっぱいとなった時間でした」。
ここに保育が「ケアの往復」であることの核心がある、と山本さんは言います。先生がこどもをケアするのではなく、こどもと先生が互いに変わり合っていく。しかもその変化は、現場を離れた後の日常にまで波及していく。AIがどれほど上手に知識を教えても、この「共に変わっていく」というプロセスだけは代替できないのではないか。そうした問いが浮かび上がってきます。
バナナちゃんとコンポストの物語。大人の知恵と子どもの想像力が出会う場所
山本さん自身の「子育てエピソード」も、印象的。ある朝、研究者として「ちょっと試してみよう」と思い、バナナに名前を書いて「バナナちゃんだよ」と娘に紹介しました。娘はもちろん大喜び。「バナナちゃん食べる?」と嬉しそうに剥いて食べた。でも、食べた後に皮を捨てなければいけない。そこで娘は、泣き崩れました。
うろたえていると、家でやっていたコンポストのことを思い出した。「コンポストに入れてあげる?」と聞くと、娘の表情がパッと明るくなる。「バナナちゃん、美味しいお野菜になるかなー」という言葉とともに、娘は涙を拭いました。
「コンポストは大人の知恵です」と山本さんは語ります。命が次の命に還っていくという循環の仕組みを、大人は経験から知っている。コンポストをやっていたから、毎日バナナの皮を入れてきたから、その先に何があるかを知っていた。でも、その仕組みに「バナナちゃんへの弔い」という意味を与えたのは、娘の想像力でした。
大人の構想力と子どもの想像力が出会った時、コンポストは「生ごみを分解する装置」から「バナナちゃんを看取る場所」へと、その意味をまるごと変えた。それ以前と以降では、コンポストとの関わり方が変わっている…と続けます。
子どもの世界に「あいのり」する、保育実践としての共創
このエピソードは、保育の核心として語られることと重なります。先生がこどもの探究を「見守る」のでも「導く」のでもなく、こどもの世界に「吸い込まれていく」こと。それが共創の起点だと言います。
カタツムリの実践でも、先生はカタツムリが「寂しそう」というこどもの感覚に乗っかって、給食室に声をかけたり、遊園地のアイデアを一緒に膨らませたりしていきました。先生がこどもの世界に「あいのり」することで、子どもだけでは届かなかったストーリーに辿り着く。同時に、先生自身の世界も変わっていく。
ここで川地が持ち出したのが、ドミニク・チェンが研究する「NukaBot」の話です。ぬか床を毎日かき混ぜる職人が持っているような「微生物が呼んでいる感覚」を、素人でも育てられるよう設計されたロボット。ドミニクさんはこれを「卒業できるテクノロジー」と呼んでいる。ロボットに依存するためではなく、自分の身体感覚を育むための技術として。
保育の実践も、ある意味それと似ているのではないか。先生がずっとそばにいるのではなく、こどもが生きている世界の動き方を共に体験することで「感染」していく。やがてその感覚が先生の中に残り、こどもがいない帰り道でも、セミの幼虫に声をかけてしまうような変化が起きる。
大人が一方的にこどもを教えるのでなく、かといってこどもの世界を放置するのでもない。大人の構想力とこどもの想像力が、それぞれ相手に触れることで変容していく。それが「生きているものどうし」の共創であり、保育という実践の豊かさの核心なのかもしれないと語ります。
対話を聞きながら、川地は自身のミカンの木に産みつけられた卵が孵化してかえったナミアゲハチョウが玄関前に亡骸として落ちていたというエピソードを語ります。そして、それを弔うためにコンポストに入れたが、かきまぜられなかった経験があることを。バナナの皮と違い、毎回かき混ぜるたびに避けなければならない。一人でやっていては「一時的な安置所」にしかなれなかったコンポストが、山本さんの話では、誰かとの物語によって「弔いの場所」に変わっていく。その差異はどこから来るのか。対話はそこへと深まっていきました。
デューイの経験論から。「想像力」という言葉に込められたもの
セッションの終盤、「アニミズムという言葉だけでも良さそうなのに、なぜ『想像力』という言葉を使ったのか」という問いが川地から投げかけられました。
デューイという教育学者の言葉に起点を置いた答えが返ってきます。デューイは想像力を「経験を作り変えていく力」と定義しました。同じ水を見ても、その水がどこから来たのかというイメージがくっついていると、扱い方が変わってくる。自分以外の誰かの生き方を自分のものにして、見方が変わっていく。そうした力を想像力と呼んだのだと。
「生きているもの同士の見方」と「生きていないものとしての見方」——近代の科学は後者を磨くことで発展してきた。でも前者もある。生きているもの同士が、ともに何かを作っていくための「構想力」も想像力の射程に入る。
想像力は、過去にも、未来にも、遠い場所にも広がっていきます。実際に会ったことのないバナナを作っている人の存在を想像すること、街角の看板を前に「このお店を初めて作ったおじさんはどんな気持ちだったか」と思い浮かべること。おとなは、そうした注意の矛先を多様化して、こどもとともに想像力をひろげる時間を過ごすことが大切ではないか。AIが全ての情報を瞬時に届けられる時代に、それでも手放してはいけないものとして、「生きているものどうしのリアリティ」に根ざした想像力が語られました。
参加者との対話。アニミズムは「共感的」なのか?
後半は参加者を交えた対話の時間に。保育者として現場に関わる参加者からは、率直な問いが投げかけられました。
「子どもって、ダンゴムシを死骸になっても潰し続けることもある。アニミズム的な想像力って、必ずしも共感的に働くわけでもないんじゃないか」。
深くうなずきながら、保育士をしていた頃の経験が打ち明けられました。アリを潰す三歳の子どもを前に、「かわいそう」と止めようとした自分と、「それも大事な経験だから止めない」という同僚の男性保育者との間で、答えが出なかったと。死んだカエルをひたすら観察し続ける子どもが体験しているリアリティ…皮のヌメヌメ、動かない筋肉、これが生き物だということ——それを大人は持ちにくい、と山本さんは言います。
アニミズム的な想像力は、共感という一色で塗りつぶされるものではなく、その中には触れること、潰すこと、解剖すること、様々なグラデーションがある。こども同士でも、5歳と3歳では世界の見え方が違う。そこに対話が生まれる可能性がある。そうした豊かさを支えるのが、先生がこどもの世界に「吸い込まれる」ことから始まる保育の実践だと語られました。
また別の参加者からは、都市イベントとして自然体験の場を作ろうとするとき、安全性を確保するあまり「コントロールできなさ」や「自然への畏れ」が排除されてしまうという難しさが共有されました。蜂に刺されるかもしれない、怪我をするかもしれない。それを「想定外」として消去していくことで失われていくものとどう向き合うか。その問いを引き受けながら、「死を含めた経験」こそが保育の中にあってほしいものだと応じました。
おわりに
今回のむぬトークでは、山本さんから投げかけられたエピソードを起点に、「生きている世界と出逢うには?」という問いを様々な角度から考える時間となりました。子どもの世界は「動いている」。それは比喩ではなく、文字通り、意味が固定されない状態で世界が現れているということかもしれません。カタツムリのための遊園地を作り続けた子どもたちの一年間が示しているのは、生きているものへのケアが、探究や想像力を長期にわたって駆動し続けるということです。
一方で、大人の世界は「止まりやすい」。水筒は水を入れるためのもの、コンポストは生ごみを処理するためのもの。そうした意味の固定化は、社会を効率的に動かしながら、同時に私たちから何かを奪っていくかもしれない。
ただ、大人には大人の想像力がある。バナナちゃんを弔う娘の涙に応えたのは、循環という大人の知恵でした。子どもの想像力と大人の構想力が出会う場所で、どちらにもできなかった物語が生まれる。山本さんが「生きているもの同士の共創」と呼ぶのは、そういうことなのかもしれません。
「動いている世界に、瞬間瞬間で入れるようになりたい」。川地のこの言葉が、今回の問いの余韻を残します。その入り口は、案外、日々の暮らしの中にある小さなエピソードの中に潜んでいるのかもしれません。
あそびの精舎 note
子どもからお年寄り、また祖先や未来の世代が集い、ともに「あそぶ」ことで、いのちのつながりに気づき、今の生き方を見つめ、生まれ死ぬまでの、暮らしをともに支えていく「ライフコモンズ」の拠点 應典院とDeep Care Labで運営
https://note.com/asobi_outenin




