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【開催報告】秋田光彦「仏教+よもやま話」を開催しました。

去る5月23日に、應典院住職・パドマ幼稚園学園長の秋田光彦による「仏教+よもやま話」を、應典院ロビーにて開催しました。この会は、パドマ幼稚園や應典院内パドマエデュケーションセンターに通う、保護者向けにひらかれたもので、過去に大蓮寺で開催した「仏教教室」をさらに親しみやすく語りかけるような時間としてはじまりました。應典院のカラフルなロビー空間に、約30名のママさんパパさんが集い、秋田住職の話に耳を傾けていただきました。

冒頭は、今回の聴き手であり一児の母でもある、大蓮寺徒弟の沖田都光よりごあいさつと自己紹介をさせていただき、「同称十念」の作法で手を合わせてからスタートしました。その後、秋田住職より「南無阿弥陀仏」の意味、浄土宗宗歌「月影」や「ののさま」の歌もお伝えしながら、阿弥陀様や自然全体などの“大きなまなざし”をいかに自分のなかに育むことができるかというお話がありました。マシュマロテストにも表れるように「自律」を身体で覚えているか否かは、子どもたちの将来に少なからず影響すると言えます。本来子どもに自律心はありますが、だんだんと成長していくにつれ「他律」になっていくのが社会です。その他律を支えてきたもののひとつとして、仏教の「戒律」があり、代表的な五戒(不殺生、不偸盗、不邪婬、不妄語、不飲酒)を説明されました。自分自身を、自分の目線だけでなく、外側や上側から見ることができる、いわゆる「メタ認知」として、大いなる存在を感じ取れることが肝心です。「こんなことしたらパパママが悲しむな。だれも見てないけど、ののさまは見ているかも‥」と感じ取れる感覚は、いわば自律と他律のはざまにある幼少期にしか育むことはできないかもしれません、と秋田住職は語りました。

また、親の在り様にも触れられました。阿弥陀様は、私たちの罪を悲しみますが、なにも求めません。求めずに与え続け、期待よりも喜びを表されます。阿弥陀様と私たち一切の衆生との関係が「親縁」と言われるように、親と子の関係もまた同じようにありたいものです。親の側から「これもあれもできるようになりなさい」と多くを求めたり、期待をしすぎたりせず、子どもに愛情を向け、ともに喜びあえる関係を育んでいけたら何よりです。

そこで、では親は子へ何を与えればよいのかという質問が秋田住職から投げかけられました。そこでひとつ出たのは「体験」というキーワードです。子どもに対して「●●に連れて行ってあげたい」「●●と出会わせてあげたい」などの希望はよくもたれるものです。應典院の立地もそうですが「都市」である強みは、お寺や図書館、美術館、博物館などの文化資源が豊富なことです。もちろんどこへいってもお金がかかるという経済的な課題もありますが、できるだけ子どもと一緒に、そういった文化やアートに触れる機会をもつことは大切です。

しかしここで秋田住職は、「ただ一番大切な体験は、外にはなくて内側にある。そう、家庭のなかです。子どもは親を体験しているんです」と伝えました。子どもから「この人が親でよかった」と思えるような関わりをもつことができればこの上ないことです。

最後に、仏教の「無財の七施」をご紹介し、普段から心がけることができる「布施」のかたちをご説明しました。(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E7%84%A1%E8%B2%A1%E3%81%AE%E4%B8%83%E6%96%BD
眼施/やさしい眼差し
和顔施/和やかな顔つき
言辞施/思いやりのある言葉
身施/他者に尽くすこと
心施/相手への心づかい
床座施/席(地位)を譲る
房舎施/宿を提供する

以上の七つです。

ぜひみなさんも日ごろから心がけてみてください。