
2026/4/16 【開催報告】「てつがくカフェ〜ケアから社会を考える〜」(報告:山本和則[余白製作所/カフェフィロ])
3月15日、大阪大学教授八木絵香さんが代表を務める研究プロジェクト「科学技術と社会をつなぐためのケア概念に基づく対話実践の再構築」(JST/RISTEX JPMJRS25M1)の活動の一環として、「てつがくカフェ〜ケアから社会を考える〜」を開催しました。
プロジェクト全体は、科学技術の問題をめぐるケア概念に基づく対話を対象としていますが、本企画では、まず広く一般論としてのケアにまつわる身近なテーマを手がかりに、社会のあり方を見つめなおすことを目的として開催しました。今回は「押し付ける/押し付けられる」をテーマに選びました。
「本当はやりたくないけれど、断りきれずに役割を引き受けてしまった」
「良かれと思ってしたのに、相手に煙たがられてしまった」
このような経験をしたことのある方も多いのではないでしょうか。今回は、参加者が日常的に経験する「押し付け」の事例を共有しながら、そこに潜む共通点についてじっくりと考える時間となりました。
当日は、電車などの公共交通機関で席を譲るかどうかという場面や、家庭内での家事・育児の分担といった身近な話題に加え、医療におけるインフォームドコンセントや、公共スペースにおける緩やかな排除の問題、さらに国家の政策など、「押し付け」というキーワードから多岐にわたる事例が挙げられました。
対話の中では、さまざまな「押し付け」の姿について考えました。特に印象的だったのは、仕事を頼まれるといった明確な場面よりも、「自分が引き受けざるをえない」と感じる無言の圧力がある状況のほうが、押し付けられていると感じるという意見が多かったことです。また、「選択肢を提示することは一見自由に思えるが、選択を迫る押し付けとなってしまうこともある」という指摘もありました。
一方で、「押し付けは決してなくならない」という前提に立ち、押し付けられた側がそれを跳ね返そうとする力を肯定的に捉える視点や、「持ちつ持たれつ」のように、公平な押し付け合いのあり方を探ろうとする論点も出されました。親子関係や社会における役割分担を「生きる上で不可欠な関係」として捉える視点に対し、そこに潜む無償のケアが見落されているのではと批判がある場面もありましたが、異なる意見の人々がともに考える対話の場こそが「押し付け」を改善していくためにも必要だという意見もありました。
今回「気づきの広場」をお借りしたことで、多くの方々にご参加いただくことができました。開催にご協力いただいた應典院の皆さまに改めて感謝申し上げます。お墓を背景にした哲学カフェも新鮮で、時間があればお墓をめぐる「押し付け」についても参加者と考えてみたかったところです。
「てつがくカフェ〜ケアから社会を考える〜」は今後も継続していく予定です。引き続きご関心をお寄せいただけますと幸いです。
文章:山本和則(余白製作所/カフェフィロ)
