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2018/12/27 インタビュー連載「應典院モニターレビュアーに聞く」第3回:坂本涼平

NPO應典院寺町倶楽部との協働により実施しているモニターレビュアー制度。発足から1年以上が経ち、浄土宗應典院で行われる企画について、この間さまざまな方からレビューをご寄稿いただいております。このインタビューは、應典院を定期的に観測していただいているレビュアーの皆さんからお話を伺うもの。第3回は劇団「坂本企画」を主宰されている坂本涼平さん(劇作家・演出家)にご登場いただきました(文責/寺務局)。


――どうぞよろしくお願いいたします。まずは、坂本さんの普段のご活動からご紹介いただけますか。

坂本 「坂本企画」というひとり劇団を主宰しています。そこでは毎回自分で企画を考えて、戯曲を書いて、いいなと思う役者さん・スタッフさんをお呼びして公演をしています。実は今年度から転職しまして、今までとちがってフルタイムの勤務になってしまい、なかなか企画をスピーディーに動かせていないのが現状ですね。若い頃は企画書で人を集めて、稽古や制作を動かしながら同時に戯曲を書いてましたけど、もうええ大人やし、ちゃんと書きあげてから動きだそうと思って、そうするとなかなか自分でももどかしい(笑)。2018年2月に應典院で上演した「寝室百景」が今のところ最後ですね。

――なるほど、仕事と両立できる演劇活動のスタイルを模索されているんでしょうか。

坂本 当面は、年間1本コンスタントに回していくのが目標ですね。今後劇団のメンバーが増えていけば、もっとハイペースになるかもしれませんけど。

そもそもモニターレビュアーをはじめたきっかけは、この連載に何度も登場されている泉寛介さん(應典院寺町倶楽部執行部役員、baghdad café)に誘われたことなんです。仕事と演劇の配分をまちがえて、2015~16年とお芝居ができていない時期があったんですが、2017年に大阪の小劇場であるウイングフィールドで、泉さんが「仕事と演劇」というテーマで講座をされていたんですね。ちょうどこのテーマに関心が湧いていたので参加して、結果的にこうしたご縁ができました。とにかく人前に出すものが書きたいタイミングで、それもじぶんのブログじゃなくて外の場所で書ければと思っていたので、お声かけいただいたのは正に願ったり叶ったりで。

――それももう2年近く前になると思いますが、應典院についてはどんな印象でしたか。

坂本 應典院については、自分たちの身の丈からすると、ちょっと大きめの劇場という印象でした。そんなに仏教や、演劇以外の文化的な側面と、劇場の側面とが結びついているとは思わなかったですね。お寺さんがなぜか知らないけど、本堂を劇場として使わせてもらえるらしい…、一体なんで?っていうかんじ(笑)。僕は大学から演劇をはじめたんですけど、大学を出て外の劇場でやっていくぞっていう時に、最初にスタッフワークの講座を受けたのが應典院だったんです。2009年に應典院寺町倶楽部が主催した「space×wave」ですね。うわ、外の劇場ってこんなかんじなんだっていう新鮮な印象を受けました。「実は黒幕の向こうにはご本尊がいらっしゃるらしい」とか、「仕込み日には住職のお説教があるらしい」とか、色々うわさは入ってきていて(笑)。

――(笑)。これまで坂本さんには、いのちと出会う会 第160回「喪失の悲しみに寄り添う試み『グリーフタイム』」(2017年7月)、詩の学校・お盆特別編「それから」(2017年8月)、「慰霊の空間」読書会(2017年9月)、Meyou「シエルソル」(2017年10月)、大塚久美子個展「私の中の命のかたち Shapes of Lives in Myself」(2017年10~11月)、コモンズフェスタ2018「應典院を俯瞰する~レビュアーから見た應典院寺町倶楽部~」(2018年1月)、同「グリーフの基礎知識講座」(2018年1月)、同「悲しみのための装置2018」(2018年1月)、應典院コミュニティ・シネマシリーズ「その日、恋は落ちてきた」(2018年9月)と、9本ものレビューを執筆いただきました。最も多く書かれている方のお一人ではないかと思いますが、特に印象に残っているものはありますか。

坂本 そうですね…、詩の学校「それから」はとりわけ面白かったですよ。墓地に立ち入って行う詩のワークショップということもあって、レビューにも書きましたが、実は終始居心地が悪かったんです。ああ、ここって、そういう居心地の悪さをもっと感じられる空間だよなと思って。お寺に入り込んで芝居をしていると考えると、お墓の中で詩をよむことに通じる居心地の悪さというか、食い合わせの微妙さってあるはずなんですよね。詩の学校は初期のレビューでしたけど、あそこで應典院に対して見方が変わったというか、こういうことなんだな、と。本質とまではいかないにせよ、奥にあるものに触れられた感触はありました。

――その居心地の悪さって、どういうことなんでしょう。

坂本 お墓って基本プライベートな空間だと思っていて、もし親類縁者がそこにいるんであればちがうと思うんですけど、全く縁もゆかりもない方々のお墓ということで、知らない人の家に勝手に上がり込んでいるようではありましたね。お寺も入りづらいというか、個人的に用があって入る場所というイメージです。自分が何かしら必要としているから入るところであって、お寺に興味本位でなんとなくとか、物見遊山で入るのはちょっとちがうのかなと。前回の室屋和美さんや、他のレビュアーさんは應典院を「ホーム」と呼ぶ人もいるので、そこはむしろプライベートとパブリックの狭間というか、平田オリザさんが言うところの「セミパブリック」さを、お寺ないし劇場という場が持っているってことかもしれません。でも、僕にとって應典院はある種の疎外感というか、きちんと一線を引いた場所であり、非日常に入る感覚を持ちうる場所でもあるんです。

――1997年の「space×drama」では平田オリザさんによるワークショップも開催していましたし、セミパブリックな要素は以前から應典院に影響を与えていますね。というか、お寺の本来の役割がそういうところにあったんですが。まず山門をひらいて誰でもふらっと立ち寄れるところから、はじめて生まれる出会いもあるだろうし、切実な、ごく個人的な問いに気づく人もいると思うんです。

坂本 あとは、今年應典院で公演をさせてもらったことで、お墓に入る時に感じた他人のプライベートに踏み入る感覚と、お芝居を観ている時の感覚がつながるんじゃないかっていうことが見えてきて。要するにお芝居を演じる、あるいはそれを観劇するって、他人の人生とか、普段は絶対吐露しないような感情にも踏み込んでいくわけじゃないですか。そういうことを当たり前にできる空気が、ここには整っていると思う。演劇以外にも、たとえば大事な人を亡くしたグリーフ(悲嘆)の話とか、人間って日常ではそんなに心をオープンにしてないと思うんですけど、應典院というお寺でこういう話をしますという時に、ちょっと心を半開きにしておく場だなというのは共通認識である気がしていて。そういう意味で應典院でお芝居をするというのは、あるいはレビューを書くときもそうですけど、この場の力をお借りできる、そして自分がそれをどう活かすかが問われるような、そんな空間であるのかなと考えています。

――なるほど、場がセミパブリックであるということは、そこに訪れる人が心を半開きにしておける環境でもあるのだと。面白いですね。

坂本 公演のあとに観客も参加するトークを時々されているじゃないですか。観劇した人が自分の感覚をひらくような企画に合っているんだろうと思います。お客さんもここがお寺であることをどこかで意識していますし、名前を「浄土宗應典院」に変えられたこともあって、そういう作用は強まっているんじゃないかな。

――ありがとうございました。最後にひとことお願いします。

坂本 僕の関心としては、モニターレビュアーとしてはもちろん、今後も應典院で公演をさせてもらいたいなと思っています。應典院の本堂って、実はささやき声をよく拾ってくれる場所で、出演された役者さんの評判もすごく高かったんです。應典院は単純に芝居をする場所としても非常に魅力的なので、いつかこの広い空間で、少人数の静かなお芝居が実現できればと願っています。

 

 

人物(五十音順)

坂本涼平
(劇作家・演出家)